(シャルトルの街)
パリから列車で1時間少々。
地平線まで広がる小麦畑。ボーズ平野の中に、シャルトルという小さな感じの良い町があり、そこにシャルトルの大聖堂が建つ。
井上靖の小説 『化石』 の中で、主人公がこの町の大聖堂を訪れる場面があった。
ロダンが褒め称えた様式の異なる二つの塔。
ファーサードには飛鳥仏を連想させる聖人たちの古風な彫像。
そして、大聖堂の中に一歩入れば、暗闇の中に、宝石箱をひっくり返したように輝くステンドグラスの光の交響楽。
この大聖堂と静かなシャルトルの町並みをゆっくり味わいたいと、一人、パリのモンパルナス駅から列車に乗った。
( シャルトルの大聖堂 )
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アナウンスも、発車のベルもなく、時間になると、列車は静かにホームを滑り出す。ヨーロッパの鉄道の旅の、心ときめく瞬間である。
レンヌ行きの列車は、ヴェルサイユ宮殿のある駅や、現在は大統領の夏の避暑地として使われるランブイエ城のある駅などに停車しながら、畑や、牧草地や、せせらぎの流れる林の中を、シャルトルへと走る。
昼過ぎの1等の車両には、自分を含めて4人だけ。少し離れたボックスに中年の上品な夫妻。奥さんは、エリザベス・テイラーに似た美しい人だ。
通路をはさんだ隣のボックスには、「良い家庭でまっすぐに育った」という感じの、色の白い、ほっそりした少年が、一人で、座っている。
中学生くらいだろうか? 先ほどから、トーマス・クックの分厚い時刻表を膝に乗せ、その上にノートを開いて、一心不乱という感じで、筆記している。
やがて列車はヴェルサイユ駅に着き、他の車両から降りた人々に混じって、その少年も、出口のほうに歩いて行った。今日はヴェルサイユ宮殿を見学するのであろう。
少年の一人旅。
フランスのどこかから、もしかしたらEU圏のどこかの国から、列車の旅をしてやってきたのだろう。文化遺産を訪ねて歩く。途中、旅の行動や費用、そして印象を、忘れないうちに書き留める。
群れることなく、一人、自分の足で立つ。その訓練の旅でもある。
一人旅では、自分の知識・判断力・意志力・感受性が、鋭敏に、生き生きと活動する。
かつて日本でも見かけた、なつかしい少年の姿であった。