蛍村さんに連れて来られた先は、図書室だった。
そういえば、図書室がどーのこーのって藤岡と話してたような気が。
「っていうか。僕、図書館入るの初めてだよ」
そこは、一面本だらけだった。
この学校には、こんなにも沢山の本があったのか。
僕はゆっくりと辺りを見回す――
「さり気なく嘘を吐くな、桐生夏生。1年の時、施設案内で入っただろう」
感動に浸る僕に、蛍村さんは冷静に突っ込む。
・・・そんなことも、あったような、なかったような、なかったことにしたような。
「何だその口ぶりは。施設案内に嫌な思い出でもあるのか?」
「・・・うん、実は」
目を逸らしながら、さらりと嘘を重ねてみた。
「そうか、それは済まない。知らなかったのだ、許してくれ」
信じられてしまった。
何だ、この純真な人は。こんな人見たことないよ。
ちょっとだけ良心が痛むような気がしたが、取り敢えず気にしないことにしておく。
「それより、僕はココで何をすればいいのさ?」
「あぁ、そうだな。まずはキミの能力を確認し、その上でスケジュールを組みたい」
「・・・はぁ」
「主な仕事は、書庫から廃棄本を抜き出し、再整理することだ。具体的には――」
――仕事の内容は、どうも簡単らしい。ただ、結構面倒臭そうだ。
なるほど、それで人手が欲しいということね。
「ああ、最低限体力があれば誰でも構わない。むしろ考えることをしない馬鹿歓迎」
「ふーん。だから僕が適任だと?」
「しかり」
・・・しかり、って何だろう。まぁ、気にしないんだけどさ。
そして昼休みが終わるまでの10分間、僕は蛍村さんに言われた通り作業をこなした。
この日から約2週間、僕の放課後はキッチリ1時間整頓作業に注がれることになる。
家に帰ってお風呂に入った瞬間、良いように騙されたことに気が付いた。
時既に、遅かった。
「じゃあ、これが今日の分。宜しく頼む」
「了解」
蛍村さんから廃棄本リストの一部を受け取り、1日の作業が始まる。
書庫へ向かい、リストにある本を抜き出し、廃棄本置き場へと移す。
――その間、蛍村さんはというと。
「・・・・・・」
いつも通りの無表情で、読書に没頭していた。
一応、細かく質問することもあるから書庫には居てくれる。
だが、居てくれるだけで手は貸してくれない。
曰く、彼女の仕事はそのリストを作成する時点で大半終わっているらしい。
強いてあげるなら、1日の作業チェックを最後に行う程度か。
・・・何か、すげー不平等な気がするんですけど。
「何を言う、桐生夏生。ボクは頭脳でもって労働しているのだよ」
よく分からない理屈だった。
「ま、馬鹿には分かるまい」
そう言われると、僕としては黙るしかないわけだけども。
こうして雑談には応じてくれるわけで、単調作業だけに終わらないのは嬉しい。
そこで僕がよく話題に取り上げるのは、蛍村さん自身のことだった。
同じクラスでありながら、僕は彼女のことを何も知らない。
家族構成の話から始まって、最近の学校での出来事、図書委員について――
と、思いつくままに聞いてみた。
が、今ひとつ面白味に欠ける。人の話に対しての感想として不適切だけども。
とはいえ、そろそろ質問も尽きてきたところだ。
「うーん、じゃあ、蛍村さんの趣味は?」
正直これがラスト。僕は苦し紛れに切り出した。
ところが――蛍村さんは、このつまらない問いに対して難しい表情を浮かべた。
「趣味――か。そう言われると、どうなんだろうな」
「あれ。読書、って即答されるかと思ってた」
「ああ、ボクは読書が好きだ。否、読書しか知らないと言って良いだろうね」
だからこそ、それを改めて趣味かと問われると答えるのは難しいものなのさ。
と、蛍村さんは僕には良く分からないことを呟く。
「うーん、でも、読書しか知らないってことはないでしょ。勉強だってできるし」
「それも全部本やその他の記録媒体から得た知識に過ぎないからな」
「でも、僕は凄いと思うよ」
「そうか・・・まぁ、キミは馬鹿だからな」
「前から言おうと思ってたんだけど、ナチュラルに馬鹿って言うな」
「おや、何だ桐生夏生。キミは馬鹿という言葉で傷ついていたのか」
何て残酷な人なんだ、と思った。思ったが、あんまり強く反論はできなかった。
気を取り直して、話を進める。
「・・・ちなみに、今どんな本読んでんの?」
彼女は常にブックカバーを用いている。
そのため、ぱっと見ではそれがどんな本なのかも分からないのだ。
「ファンタジーだな。タイトルは、『聖騎士アクエリアスの受難』という」
「ファンタジーなのに硬そうだな?」
「・・・キミがファンタジーにどんな偏見を持っているのか良く分かる一言だな」
小さくため息混じりに言った。
うん、多分、馬鹿にされているんだと思う。多分だけど。
「ちなみに、文章はそれほど硬くはない」
「でもなぁ、蛍村さんが言う『硬くない』はどうかなあ」
「ふむ、なるほど、キミはボクに常識がないと言いたいのだな?」
「いや、そうは言わないけどさ」
きっと、彼女にとっての硬さレベル10は、僕にとってのレベル100くらいだと思う。
「ボクは純文学も好きだが、同じくらいライトノベルや童話も好きだ」
「意外だね」
「そんなボクが思うに、この作品はむしろライトノベルに近い」
「じゃあ、普通のファンタジーか。硬いのは名前だけ?」
「そうだな。内容的には若干難しいところもあるが」
「哲学的だったりするの?」
「ああ、ある意味そうだな。まぁ、有り体に言うなら――」
「言うなら?」
そこで、彼女は少し言い淀む。悩んでいるというか、考えているような素振りだ。
「――エロい」
「何だと!?」
彼女の口から有り得ない言葉が飛び出した。
何だそれ!
え?何?何の冗談ですか!?
僕は、両手に抱えた廃棄本を落としかけ、慌ててそれらを持ち直した。
「さすが18禁だな。経験のないボクには理解が及ばないことも多々ある」
「18禁!?18禁をそんな淡々と語るな!」
「何故だ。知らない知識を得ることの素晴らしさくらい分かるだろう」
「いや、そこはもっともかもしれないけど!アンタ今何歳だよ!」
「16歳だが」
「おもっっっくそ18歳未満じゃねえか!ってか学校で堂々と18禁読むな!」
普段はクールで知的な僕も、さすがにコレばかりは動揺を隠せない。
っていうか、蛍村さんまだ16歳なのな。僕より誕生日遅いんだ。
これでまたひとつ、蛍村豆知識が増えたぜ。
・・・じゃなくて。
何で僕が突っ込み役に回ってるんだよ!
・・・でもなくて。
うーん、いかん。頭が混乱してる。
「ま、そこはそれ、軽く流してくれたまえ」
「いやいや、それはスルーできない。僕そんなに大物じゃない」
現に、こうして焦りまくってるしな。
「何だ桐生夏生、馬鹿のくせに意外と融通が利かないな」
「う」
「いや、融通が利かないから馬鹿なのか?」
「あう」
「どちらにせよ、そんなことに目くじら立てるようでは大成できんぞ?」
「うぐぅ」
「というわけで、その点は気にするな。キミの得意技だろう」
・・・結局、そうなるのかよ。ま、いいんだけど。
でも、なんつーかさ、超気になるよね。
この人、僕が精一杯頑張ってる横で真面目な顔してエロ小説読んでたわけだろ?
シュールだ。
実にシュールだ。
鼻血が出そうなくらいシュールだ。
「む」
――そんな悶える僕をよそに。
蛍村さんは、本(エロ小説)をパタンと閉じて立ち上がった。
「時間だな。ちょうど、今キミが持っている本で最後だろう?」
時計を確認すると、17時。もうそんな時間か。
僕は今にもずり落ちそうな本を確認する。
ん・・・確かに、これらを廃棄エリアに運べば今日のノルマは終了だ。
「よく分かったね、蛍村さん」
「キミの作業効率はもう頭に入っている。雑談や休憩も込みでね」
にしても、それほど正確な予想が可能なものなのだろうか。
・・・現実にやってるんだから、可能なんだろうけどさ。
エロ小説片手に作業状況を調節できるなんて、世の中変な人もいるもんだ。
「今、いらんことを考えたな?桐生夏生」
「君はエスパーですか?」
「・・・ああ、ボクはエスパーだ。馬鹿なキミにとっては、ね」
そして彼女は、珍しく微笑んで言った。
「さ、今日の作業はそれで終わりだ。もう帰って構わないよ」
図書室を出たのは、17時10分。
そう言えば、僕はここ数日必ずこの時間に出ている。
まさか、狙ってやってるんだろうか。
・・・狙ってるよな、明らかに。あれだけ厳密に状況把握できてるんだし。
いや、僕の方に実感はないんだけどさ。
しかし、そこまでキッカリと時間を管理するのには何か意味があるのだろうか。
無駄に時間をかけたくないから?
まぁ、それもあるんだろうけど。
でもなー、それにしたって、ここまで徹底するものかな?
未だに、何考えてるのかよく分からん。
――要するに、考えるだけ無駄なんだ。
うん、やめたやめた。明日にでも、直接聞けばいい話だ。
僕はそんな風に切り替えて、コンビニに寄って帰宅した。
部屋に戻って、何か見たことのないガムを買っていたことに気がついた。
・・・まーた、やっちゃった。
そういえば、図書室がどーのこーのって藤岡と話してたような気が。
「っていうか。僕、図書館入るの初めてだよ」
そこは、一面本だらけだった。
この学校には、こんなにも沢山の本があったのか。
僕はゆっくりと辺りを見回す――
「さり気なく嘘を吐くな、桐生夏生。1年の時、施設案内で入っただろう」
感動に浸る僕に、蛍村さんは冷静に突っ込む。
・・・そんなことも、あったような、なかったような、なかったことにしたような。
「何だその口ぶりは。施設案内に嫌な思い出でもあるのか?」
「・・・うん、実は」
目を逸らしながら、さらりと嘘を重ねてみた。
「そうか、それは済まない。知らなかったのだ、許してくれ」
信じられてしまった。
何だ、この純真な人は。こんな人見たことないよ。
ちょっとだけ良心が痛むような気がしたが、取り敢えず気にしないことにしておく。
「それより、僕はココで何をすればいいのさ?」
「あぁ、そうだな。まずはキミの能力を確認し、その上でスケジュールを組みたい」
「・・・はぁ」
「主な仕事は、書庫から廃棄本を抜き出し、再整理することだ。具体的には――」
――仕事の内容は、どうも簡単らしい。ただ、結構面倒臭そうだ。
なるほど、それで人手が欲しいということね。
「ああ、最低限体力があれば誰でも構わない。むしろ考えることをしない馬鹿歓迎」
「ふーん。だから僕が適任だと?」
「しかり」
・・・しかり、って何だろう。まぁ、気にしないんだけどさ。
そして昼休みが終わるまでの10分間、僕は蛍村さんに言われた通り作業をこなした。
この日から約2週間、僕の放課後はキッチリ1時間整頓作業に注がれることになる。
家に帰ってお風呂に入った瞬間、良いように騙されたことに気が付いた。
時既に、遅かった。
「じゃあ、これが今日の分。宜しく頼む」
「了解」
蛍村さんから廃棄本リストの一部を受け取り、1日の作業が始まる。
書庫へ向かい、リストにある本を抜き出し、廃棄本置き場へと移す。
――その間、蛍村さんはというと。
「・・・・・・」
いつも通りの無表情で、読書に没頭していた。
一応、細かく質問することもあるから書庫には居てくれる。
だが、居てくれるだけで手は貸してくれない。
曰く、彼女の仕事はそのリストを作成する時点で大半終わっているらしい。
強いてあげるなら、1日の作業チェックを最後に行う程度か。
・・・何か、すげー不平等な気がするんですけど。
「何を言う、桐生夏生。ボクは頭脳でもって労働しているのだよ」
よく分からない理屈だった。
「ま、馬鹿には分かるまい」
そう言われると、僕としては黙るしかないわけだけども。
こうして雑談には応じてくれるわけで、単調作業だけに終わらないのは嬉しい。
そこで僕がよく話題に取り上げるのは、蛍村さん自身のことだった。
同じクラスでありながら、僕は彼女のことを何も知らない。
家族構成の話から始まって、最近の学校での出来事、図書委員について――
と、思いつくままに聞いてみた。
が、今ひとつ面白味に欠ける。人の話に対しての感想として不適切だけども。
とはいえ、そろそろ質問も尽きてきたところだ。
「うーん、じゃあ、蛍村さんの趣味は?」
正直これがラスト。僕は苦し紛れに切り出した。
ところが――蛍村さんは、このつまらない問いに対して難しい表情を浮かべた。
「趣味――か。そう言われると、どうなんだろうな」
「あれ。読書、って即答されるかと思ってた」
「ああ、ボクは読書が好きだ。否、読書しか知らないと言って良いだろうね」
だからこそ、それを改めて趣味かと問われると答えるのは難しいものなのさ。
と、蛍村さんは僕には良く分からないことを呟く。
「うーん、でも、読書しか知らないってことはないでしょ。勉強だってできるし」
「それも全部本やその他の記録媒体から得た知識に過ぎないからな」
「でも、僕は凄いと思うよ」
「そうか・・・まぁ、キミは馬鹿だからな」
「前から言おうと思ってたんだけど、ナチュラルに馬鹿って言うな」
「おや、何だ桐生夏生。キミは馬鹿という言葉で傷ついていたのか」
何て残酷な人なんだ、と思った。思ったが、あんまり強く反論はできなかった。
気を取り直して、話を進める。
「・・・ちなみに、今どんな本読んでんの?」
彼女は常にブックカバーを用いている。
そのため、ぱっと見ではそれがどんな本なのかも分からないのだ。
「ファンタジーだな。タイトルは、『聖騎士アクエリアスの受難』という」
「ファンタジーなのに硬そうだな?」
「・・・キミがファンタジーにどんな偏見を持っているのか良く分かる一言だな」
小さくため息混じりに言った。
うん、多分、馬鹿にされているんだと思う。多分だけど。
「ちなみに、文章はそれほど硬くはない」
「でもなぁ、蛍村さんが言う『硬くない』はどうかなあ」
「ふむ、なるほど、キミはボクに常識がないと言いたいのだな?」
「いや、そうは言わないけどさ」
きっと、彼女にとっての硬さレベル10は、僕にとってのレベル100くらいだと思う。
「ボクは純文学も好きだが、同じくらいライトノベルや童話も好きだ」
「意外だね」
「そんなボクが思うに、この作品はむしろライトノベルに近い」
「じゃあ、普通のファンタジーか。硬いのは名前だけ?」
「そうだな。内容的には若干難しいところもあるが」
「哲学的だったりするの?」
「ああ、ある意味そうだな。まぁ、有り体に言うなら――」
「言うなら?」
そこで、彼女は少し言い淀む。悩んでいるというか、考えているような素振りだ。
「――エロい」
「何だと!?」
彼女の口から有り得ない言葉が飛び出した。
何だそれ!
え?何?何の冗談ですか!?
僕は、両手に抱えた廃棄本を落としかけ、慌ててそれらを持ち直した。
「さすが18禁だな。経験のないボクには理解が及ばないことも多々ある」
「18禁!?18禁をそんな淡々と語るな!」
「何故だ。知らない知識を得ることの素晴らしさくらい分かるだろう」
「いや、そこはもっともかもしれないけど!アンタ今何歳だよ!」
「16歳だが」
「おもっっっくそ18歳未満じゃねえか!ってか学校で堂々と18禁読むな!」
普段はクールで知的な僕も、さすがにコレばかりは動揺を隠せない。
っていうか、蛍村さんまだ16歳なのな。僕より誕生日遅いんだ。
これでまたひとつ、蛍村豆知識が増えたぜ。
・・・じゃなくて。
何で僕が突っ込み役に回ってるんだよ!
・・・でもなくて。
うーん、いかん。頭が混乱してる。
「ま、そこはそれ、軽く流してくれたまえ」
「いやいや、それはスルーできない。僕そんなに大物じゃない」
現に、こうして焦りまくってるしな。
「何だ桐生夏生、馬鹿のくせに意外と融通が利かないな」
「う」
「いや、融通が利かないから馬鹿なのか?」
「あう」
「どちらにせよ、そんなことに目くじら立てるようでは大成できんぞ?」
「うぐぅ」
「というわけで、その点は気にするな。キミの得意技だろう」
・・・結局、そうなるのかよ。ま、いいんだけど。
でも、なんつーかさ、超気になるよね。
この人、僕が精一杯頑張ってる横で真面目な顔してエロ小説読んでたわけだろ?
シュールだ。
実にシュールだ。
鼻血が出そうなくらいシュールだ。
「む」
――そんな悶える僕をよそに。
蛍村さんは、本(エロ小説)をパタンと閉じて立ち上がった。
「時間だな。ちょうど、今キミが持っている本で最後だろう?」
時計を確認すると、17時。もうそんな時間か。
僕は今にもずり落ちそうな本を確認する。
ん・・・確かに、これらを廃棄エリアに運べば今日のノルマは終了だ。
「よく分かったね、蛍村さん」
「キミの作業効率はもう頭に入っている。雑談や休憩も込みでね」
にしても、それほど正確な予想が可能なものなのだろうか。
・・・現実にやってるんだから、可能なんだろうけどさ。
エロ小説片手に作業状況を調節できるなんて、世の中変な人もいるもんだ。
「今、いらんことを考えたな?桐生夏生」
「君はエスパーですか?」
「・・・ああ、ボクはエスパーだ。馬鹿なキミにとっては、ね」
そして彼女は、珍しく微笑んで言った。
「さ、今日の作業はそれで終わりだ。もう帰って構わないよ」
図書室を出たのは、17時10分。
そう言えば、僕はここ数日必ずこの時間に出ている。
まさか、狙ってやってるんだろうか。
・・・狙ってるよな、明らかに。あれだけ厳密に状況把握できてるんだし。
いや、僕の方に実感はないんだけどさ。
しかし、そこまでキッカリと時間を管理するのには何か意味があるのだろうか。
無駄に時間をかけたくないから?
まぁ、それもあるんだろうけど。
でもなー、それにしたって、ここまで徹底するものかな?
未だに、何考えてるのかよく分からん。
――要するに、考えるだけ無駄なんだ。
うん、やめたやめた。明日にでも、直接聞けばいい話だ。
僕はそんな風に切り替えて、コンビニに寄って帰宅した。
部屋に戻って、何か見たことのないガムを買っていたことに気がついた。
・・・まーた、やっちゃった。