言霊、という言葉がある。
言葉に宿る霊的な力、という意味だ。
日本人ならきっと、大多数の人がその存在を感じたことがあるだろう。
ここでは――僕をどこまでも強くする、そんな素敵な言葉。
「あたしの――恋人」
ぽーっとした顔で、小麦が呟く。
「・・・嫌か?」
「ううん!そ、そんなことないっ!ちょっと、びっくりしただけだよ!」
「遅くなってゴメンな。本当は、もっと早く覚悟を決めるべきだったんだ」
「・・・覚悟?」
「ま、小麦が気にすることじゃないよ」
それじゃあ、小麦を――大切な恋人を守るために。
ぶちかますとしましょうか。
「虎春君・・・まさかとは思うが、君が直接闘おうと言うつもりじゃあるまいね?」
「んだよ、悪ぃか?」
すると、夕月はさも哀れなものを見るような目で笑った。
「ふふふ、残念だ。残念だよ虎春君。君はもう少し賢い人間だと思っていたんだがね」
「そりゃあ、過大評価だよ」
僕はいつだって馬鹿だ。
ここまで追い詰められないと、小麦を命がけで守る決意すらできない愚か者だ。
みんなが言うほど――僕は万能なんかじゃない。
「分かっているのかい虎春君。君と輪廻の――小麦ちゃんとの力の差が」
「分かってるさ」
「ふふふ、そうか、まぁそれもいい。自分自身で体験しないと分からないこともある」
輪廻、と一言、強く夕月が命じる。
それを合図に、漆黒の巫女が動いた。
「――風舞:裏」
来た。風舞:裏から炎舞のコンボ。
この凶悪な連携技は、超スピードによる移動と次の攻撃へのタメを同時に行うのがポイントだ。
と、いうことは。
「こんなもん――炎舞が避けられれば、意味ねぇよな」
ひょい、と体をそらして炎の拳をかわす。
「――なん、だと?」
「何驚いてんだよ、夕月」
「ちっ、ならば遠距離攻撃だ!」
ザッ、と後ろへ下がり、そのまま炎の槍を生成。
唱える呪文は――
「――炎舞:香車」
炎の槍を投擲する、遠距離攻撃だ。
信じがたい速度で飛来する槍。
しかし僕の目には、その軌道がはっきりと見える。
見えてしまえば、かわすことなど造作もない。
半歩ずらし、直撃を避けた。
が、相手の攻撃はそれだけでは終わらない。
避けた直後の隙を狙って、もう一発の槍が飛んでくる。
「おっと」
仕方なく、僕はそれを右手でひょいと掴む。
勢いをなくした炎の槍は、やがて夜の闇へと消えていく。
「香車を、掴んだ――だと!?」
明らかに動揺する夕月。
「さてと」
次はこっちの番だ。
僕は投擲を終えた遠野輪廻へと詰め寄る。
勿論、体勢を立て直す隙など与えないほどの速度で、だ。
多分、夕月からすればそれは瞬間移動に見えるだろう。
そして、隙だらけの遠野輪廻の顔面へデタラメなパンチ。
・・・仕方ねーだろ、格闘技とかやったことねーんだよ。
「でもまぁ、手応えはあったぜ?」
軽く4、5メートルほど吹き飛んだ遠野輪廻。
小麦と同じその顔には――明らかに、大きなヒビが入っていた。
「一撃で!?馬鹿な、バカな、ばかなァァァ!き、君はただの『語り部』のはず!」
「さっき先生も言ってたけどよ、『語り部』は闘っちゃダメなんてルールは知らねえぜ」
「ふざけるな!そんなことは不可能のはずだ!ただの高校生に過ぎない君が――!?」
「あー、うるせー。こっちは時間がないんだよ。話はあとにしてくれ」
言って、よろよろと立ち上がる遠野輪廻にとどめを刺す――
が、密着したこの距離は。
「――炎舞:玉将」
炎の渦による全方位攻撃。
そして恐らく、遠野輪廻最強の技。
その範囲内だった。
炎は柱となり、周囲の全てを拒絶する――!
だけど、
「――っと。まぁ、大したことはないか」
そんなものは、僕には当然通じない。
ちょっと熱かったけど、それだけだ。普通に我慢できるレベルである。
「じゃあ――」
炎の渦の消失に合わせて、僕は遠野輪廻の顔を、仮面を掴む。
「――バイバイ、未来の小麦」
そのままグッと力をこめて。
小麦と同じ顔をした仮面を、粉々に握り潰した。
「――有り得ない」
膝から崩れ落ちる夕月明。
そして、護衛のなくなった彼を取り囲む僕ら。
「虎春君、君は一体・・・どんなマジックを使ったというのだ」
怯えにも似た表情で、僕に問いかける。
「言っただろ――僕は、小麦の恋人だって」
「それがどうしたというのだ!そんなもの、強さの証明には――」
「『最強美少女・神荻小麦に彼氏ができた』」
「・・・何だと?」
「今、校内で噂になってるんだよな?委員長」
そこで、未だ立つのがやっとの委員長に声をかける。
「――ええ、確かに・・・」
「それ、半分は僕が流した噂なんだよね」
「確かに、あの時柊君が私にした『お願い』――」
「そう、その噂をもっと広めて欲しかったんだ」
「それは・・・分かりますけれど」
僕は、その噂の知名度を上げたかった。
小麦が恐ろしく強い、という噂。
そして、その小麦に彼氏ができたという噂。
「だから、その彼氏が柊君なのでしょう?」
「うん、それは、たった今正式にそうなったね」
「そんなことが!そんなことが・・・何の意味を持つというのだ!?」
割り込む夕月。
「それを下地に、僕は少しだけ色を付けたんだよ」
つまり。
「『その彼氏は、神荻小麦よりも強い』――ってね」
「なん・・・だと・・・!?」
「さすが思春期真っ盛りの高校生。この手の噂はすぐに広まったぜ」
小麦の噂を流しながら、そっと付け足すだけで。
それは面白いように伝播し、派生した。
だから彼氏である僕は――未来の姿であれ「小麦」に負ける道理などなかったわけだ。
「虎春・・・てめェ!」
そこで、先生が僕の胸ぐらを掴んで怒りをあらわにする。
「自分のしたこと・・・分かッてんのか!?」
「分かってますよ、先生。僕は――ロアになる」
僕の宣告に、先生以外の全員が驚愕する。
そう。
自ら噂を受け入れ、その化物じみた力を利用した僕は。
もう、人間じゃない。
「軽く言ッてくれるな・・・それは、お前がいつ消えてもおかしくないッてことだぞ?」
その目には、わずかに涙をためて。
先生は厳しくも・・・優しくそう言った。
分かっている。分かっているのだ。
ロアは――人々の噂の産物。
囁かれ、妄想され、騒がれることでその存在が維持される。
ならば、人を辞め、噂を具現化した怪物になった僕は。
――噂の消失と共に消え去るだろう。
正直なところ、僕は怖かった。
だから、傷つくみんなを見ながらも・・・ぎりぎりまで覚悟ができなかった。
なんて情けない男だろう。
好きな人が傷つく姿を目前に、自分の命の心配をしているなんて。
「――ふ、ふふふ。ははははは。あははははははは!」
突如、大声で笑う夕月。
「そうか。そうかそうか。虎春君、さすがだよ。さすが小麦ちゃんの隣に居続けた男だ。
人を辞め、ロアとなり――まさに命をかけて小麦ちゃんを守ったというわけか。
参った、その狂気は間違いなく俺以上だ」
ごろん、と大の字に寝転ぶ。
怯えた表情から一転、晴れ晴れとした顔。
それは、夕月のものとは思えないほど、邪気のない笑顔だった。
「なあ、虎春君。ひとつだけ――約束してくれるか」
「何だ?」
「小麦ちゃんを――これからも、守ってくれ。幸せにしてやってくれ。
俺には――できなかった。だからせめて、輪廻の子だけでも幸せに――」
「・・・てめーに言われるまでもねえよ、ロリコン野郎」
「そうか。ありがとう」
――こうして、長い闘いは終わって。
僕らは、日常に戻っていく。
人を辞めた僕と。
人でない小麦と。
今までと変わらない、人としての日常へ。
言葉に宿る霊的な力、という意味だ。
日本人ならきっと、大多数の人がその存在を感じたことがあるだろう。
ここでは――僕をどこまでも強くする、そんな素敵な言葉。
「あたしの――恋人」
ぽーっとした顔で、小麦が呟く。
「・・・嫌か?」
「ううん!そ、そんなことないっ!ちょっと、びっくりしただけだよ!」
「遅くなってゴメンな。本当は、もっと早く覚悟を決めるべきだったんだ」
「・・・覚悟?」
「ま、小麦が気にすることじゃないよ」
それじゃあ、小麦を――大切な恋人を守るために。
ぶちかますとしましょうか。
「虎春君・・・まさかとは思うが、君が直接闘おうと言うつもりじゃあるまいね?」
「んだよ、悪ぃか?」
すると、夕月はさも哀れなものを見るような目で笑った。
「ふふふ、残念だ。残念だよ虎春君。君はもう少し賢い人間だと思っていたんだがね」
「そりゃあ、過大評価だよ」
僕はいつだって馬鹿だ。
ここまで追い詰められないと、小麦を命がけで守る決意すらできない愚か者だ。
みんなが言うほど――僕は万能なんかじゃない。
「分かっているのかい虎春君。君と輪廻の――小麦ちゃんとの力の差が」
「分かってるさ」
「ふふふ、そうか、まぁそれもいい。自分自身で体験しないと分からないこともある」
輪廻、と一言、強く夕月が命じる。
それを合図に、漆黒の巫女が動いた。
「――風舞:裏」
来た。風舞:裏から炎舞のコンボ。
この凶悪な連携技は、超スピードによる移動と次の攻撃へのタメを同時に行うのがポイントだ。
と、いうことは。
「こんなもん――炎舞が避けられれば、意味ねぇよな」
ひょい、と体をそらして炎の拳をかわす。
「――なん、だと?」
「何驚いてんだよ、夕月」
「ちっ、ならば遠距離攻撃だ!」
ザッ、と後ろへ下がり、そのまま炎の槍を生成。
唱える呪文は――
「――炎舞:香車」
炎の槍を投擲する、遠距離攻撃だ。
信じがたい速度で飛来する槍。
しかし僕の目には、その軌道がはっきりと見える。
見えてしまえば、かわすことなど造作もない。
半歩ずらし、直撃を避けた。
が、相手の攻撃はそれだけでは終わらない。
避けた直後の隙を狙って、もう一発の槍が飛んでくる。
「おっと」
仕方なく、僕はそれを右手でひょいと掴む。
勢いをなくした炎の槍は、やがて夜の闇へと消えていく。
「香車を、掴んだ――だと!?」
明らかに動揺する夕月。
「さてと」
次はこっちの番だ。
僕は投擲を終えた遠野輪廻へと詰め寄る。
勿論、体勢を立て直す隙など与えないほどの速度で、だ。
多分、夕月からすればそれは瞬間移動に見えるだろう。
そして、隙だらけの遠野輪廻の顔面へデタラメなパンチ。
・・・仕方ねーだろ、格闘技とかやったことねーんだよ。
「でもまぁ、手応えはあったぜ?」
軽く4、5メートルほど吹き飛んだ遠野輪廻。
小麦と同じその顔には――明らかに、大きなヒビが入っていた。
「一撃で!?馬鹿な、バカな、ばかなァァァ!き、君はただの『語り部』のはず!」
「さっき先生も言ってたけどよ、『語り部』は闘っちゃダメなんてルールは知らねえぜ」
「ふざけるな!そんなことは不可能のはずだ!ただの高校生に過ぎない君が――!?」
「あー、うるせー。こっちは時間がないんだよ。話はあとにしてくれ」
言って、よろよろと立ち上がる遠野輪廻にとどめを刺す――
が、密着したこの距離は。
「――炎舞:玉将」
炎の渦による全方位攻撃。
そして恐らく、遠野輪廻最強の技。
その範囲内だった。
炎は柱となり、周囲の全てを拒絶する――!
だけど、
「――っと。まぁ、大したことはないか」
そんなものは、僕には当然通じない。
ちょっと熱かったけど、それだけだ。普通に我慢できるレベルである。
「じゃあ――」
炎の渦の消失に合わせて、僕は遠野輪廻の顔を、仮面を掴む。
「――バイバイ、未来の小麦」
そのままグッと力をこめて。
小麦と同じ顔をした仮面を、粉々に握り潰した。
「――有り得ない」
膝から崩れ落ちる夕月明。
そして、護衛のなくなった彼を取り囲む僕ら。
「虎春君、君は一体・・・どんなマジックを使ったというのだ」
怯えにも似た表情で、僕に問いかける。
「言っただろ――僕は、小麦の恋人だって」
「それがどうしたというのだ!そんなもの、強さの証明には――」
「『最強美少女・神荻小麦に彼氏ができた』」
「・・・何だと?」
「今、校内で噂になってるんだよな?委員長」
そこで、未だ立つのがやっとの委員長に声をかける。
「――ええ、確かに・・・」
「それ、半分は僕が流した噂なんだよね」
「確かに、あの時柊君が私にした『お願い』――」
「そう、その噂をもっと広めて欲しかったんだ」
「それは・・・分かりますけれど」
僕は、その噂の知名度を上げたかった。
小麦が恐ろしく強い、という噂。
そして、その小麦に彼氏ができたという噂。
「だから、その彼氏が柊君なのでしょう?」
「うん、それは、たった今正式にそうなったね」
「そんなことが!そんなことが・・・何の意味を持つというのだ!?」
割り込む夕月。
「それを下地に、僕は少しだけ色を付けたんだよ」
つまり。
「『その彼氏は、神荻小麦よりも強い』――ってね」
「なん・・・だと・・・!?」
「さすが思春期真っ盛りの高校生。この手の噂はすぐに広まったぜ」
小麦の噂を流しながら、そっと付け足すだけで。
それは面白いように伝播し、派生した。
だから彼氏である僕は――未来の姿であれ「小麦」に負ける道理などなかったわけだ。
「虎春・・・てめェ!」
そこで、先生が僕の胸ぐらを掴んで怒りをあらわにする。
「自分のしたこと・・・分かッてんのか!?」
「分かってますよ、先生。僕は――ロアになる」
僕の宣告に、先生以外の全員が驚愕する。
そう。
自ら噂を受け入れ、その化物じみた力を利用した僕は。
もう、人間じゃない。
「軽く言ッてくれるな・・・それは、お前がいつ消えてもおかしくないッてことだぞ?」
その目には、わずかに涙をためて。
先生は厳しくも・・・優しくそう言った。
分かっている。分かっているのだ。
ロアは――人々の噂の産物。
囁かれ、妄想され、騒がれることでその存在が維持される。
ならば、人を辞め、噂を具現化した怪物になった僕は。
――噂の消失と共に消え去るだろう。
正直なところ、僕は怖かった。
だから、傷つくみんなを見ながらも・・・ぎりぎりまで覚悟ができなかった。
なんて情けない男だろう。
好きな人が傷つく姿を目前に、自分の命の心配をしているなんて。
「――ふ、ふふふ。ははははは。あははははははは!」
突如、大声で笑う夕月。
「そうか。そうかそうか。虎春君、さすがだよ。さすが小麦ちゃんの隣に居続けた男だ。
人を辞め、ロアとなり――まさに命をかけて小麦ちゃんを守ったというわけか。
参った、その狂気は間違いなく俺以上だ」
ごろん、と大の字に寝転ぶ。
怯えた表情から一転、晴れ晴れとした顔。
それは、夕月のものとは思えないほど、邪気のない笑顔だった。
「なあ、虎春君。ひとつだけ――約束してくれるか」
「何だ?」
「小麦ちゃんを――これからも、守ってくれ。幸せにしてやってくれ。
俺には――できなかった。だからせめて、輪廻の子だけでも幸せに――」
「・・・てめーに言われるまでもねえよ、ロリコン野郎」
「そうか。ありがとう」
――こうして、長い闘いは終わって。
僕らは、日常に戻っていく。
人を辞めた僕と。
人でない小麦と。
今までと変わらない、人としての日常へ。