和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

悪夢の終わり、物語の続き:6

2011-03-03 14:35:37 | 小説――「RUMOR」
言霊、という言葉がある。
言葉に宿る霊的な力、という意味だ。
日本人ならきっと、大多数の人がその存在を感じたことがあるだろう。
ここでは――僕をどこまでも強くする、そんな素敵な言葉。

「あたしの――恋人」
ぽーっとした顔で、小麦が呟く。
「・・・嫌か?」
「ううん!そ、そんなことないっ!ちょっと、びっくりしただけだよ!」
「遅くなってゴメンな。本当は、もっと早く覚悟を決めるべきだったんだ」
「・・・覚悟?」
「ま、小麦が気にすることじゃないよ」
それじゃあ、小麦を――大切な恋人を守るために。
ぶちかますとしましょうか。

「虎春君・・・まさかとは思うが、君が直接闘おうと言うつもりじゃあるまいね?」
「んだよ、悪ぃか?」
すると、夕月はさも哀れなものを見るような目で笑った。
「ふふふ、残念だ。残念だよ虎春君。君はもう少し賢い人間だと思っていたんだがね」
「そりゃあ、過大評価だよ」
僕はいつだって馬鹿だ。
ここまで追い詰められないと、小麦を命がけで守る決意すらできない愚か者だ。
みんなが言うほど――僕は万能なんかじゃない。
「分かっているのかい虎春君。君と輪廻の――小麦ちゃんとの力の差が」
「分かってるさ」
「ふふふ、そうか、まぁそれもいい。自分自身で体験しないと分からないこともある」
輪廻、と一言、強く夕月が命じる。
それを合図に、漆黒の巫女が動いた。

「――風舞カザマイウラ

来た。風舞カザマイウラから炎舞エンブのコンボ。
この凶悪な連携技は、超スピードによる移動と次の攻撃へのタメを同時に行うのがポイントだ。
と、いうことは。
「こんなもん――炎舞エンブが避けられれば、意味ねぇよな」
ひょい、と体をそらして炎の拳をかわす。
「――なん、だと?」
「何驚いてんだよ、夕月」
「ちっ、ならば遠距離攻撃だ!」
ザッ、と後ろへ下がり、そのまま炎の槍を生成。
唱える呪文は――
「――炎舞エンブ香車ヤリ
炎の槍を投擲する、遠距離攻撃だ。
信じがたい速度で飛来する槍。
しかし僕の目には、その軌道がはっきりと見える。
見えてしまえば、かわすことなど造作もない。
半歩ずらし、直撃を避けた。
が、相手の攻撃はそれだけでは終わらない。
避けた直後の隙を狙って、もう一発の槍が飛んでくる。
「おっと」
仕方なく、僕はそれを右手でひょいと掴む。
勢いをなくした炎の槍は、やがて夜の闇へと消えていく。
香車ヤリを、掴んだ――だと!?」
明らかに動揺する夕月。
「さてと」
次はこっちの番だ。
僕は投擲を終えた遠野輪廻へと詰め寄る。
勿論、体勢を立て直す隙など与えないほどの速度で、だ。
多分、夕月からすればそれは瞬間移動に見えるだろう。
そして、隙だらけの遠野輪廻の顔面へデタラメなパンチ。
・・・仕方ねーだろ、格闘技とかやったことねーんだよ。
「でもまぁ、手応えはあったぜ?」
軽く4、5メートルほど吹き飛んだ遠野輪廻。
小麦と同じその顔には――明らかに、大きなヒビが入っていた。
「一撃で!?馬鹿な、バカな、ばかなァァァ!き、君はただの『語り部』のはず!」
「さっき先生も言ってたけどよ、『語り部』は闘っちゃダメなんてルールは知らねえぜ」
「ふざけるな!そんなことは不可能のはずだ!ただの高校生に過ぎない君が――!?」
「あー、うるせー。こっちは時間がないんだよ。話はあとにしてくれ」
言って、よろよろと立ち上がる遠野輪廻にとどめを刺す――
が、密着したこの距離は。
「――炎舞エンブ玉将ギョク
炎の渦による全方位攻撃。
そして恐らく、遠野輪廻最強の技。
その範囲内だった。
炎は柱となり、周囲の全てを拒絶する――!
だけど、
「――っと。まぁ、大したことはないか」
そんなものは、僕には当然通じない。
ちょっと熱かったけど、それだけだ。普通に我慢できるレベルである。
「じゃあ――」
炎の渦の消失に合わせて、僕は遠野輪廻の顔を、仮面を掴む。
「――バイバイ、未来の小麦」
そのままグッと力をこめて。
小麦と同じ顔をした仮面を、粉々に握り潰した。

「――有り得ない」
膝から崩れ落ちる夕月明。
そして、護衛のなくなった彼を取り囲む僕ら。
「虎春君、君は一体・・・どんなマジックを使ったというのだ」
怯えにも似た表情で、僕に問いかける。
「言っただろ――僕は、小麦の恋人だって」
「それがどうしたというのだ!そんなもの、強さの証明には――」
「『最強美少女・神荻小麦に彼氏ができた』」
「・・・何だと?」
「今、校内で噂になってるんだよな?委員長」
そこで、未だ立つのがやっとの委員長に声をかける。
「――ええ、確かに・・・」
「それ、半分は僕が流した噂なんだよね」
「確かに、あの時柊君が私にした『お願い』――」
「そう、その噂をもっと広めて欲しかったんだ」
「それは・・・分かりますけれど」
僕は、その噂の知名度を上げたかった。
小麦が恐ろしく強い、という噂。
そして、その小麦に彼氏ができたという噂。
「だから、その彼氏が柊君なのでしょう?」
「うん、それは、たった今正式にそうなったね」
「そんなことが!そんなことが・・・何の意味を持つというのだ!?」
割り込む夕月。
「それを下地に、僕は少しだけ色を付けたんだよ」
つまり。

「『その彼氏は、神荻小麦よりも強い』――ってね」

「なん・・・だと・・・!?」
「さすが思春期真っ盛りの高校生。この手の噂はすぐに広まったぜ」
小麦の噂を流しながら、そっと付け足すだけで。
それは面白いように伝播し、派生した。
だから彼氏である僕は――未来の姿であれ「小麦」に負ける道理などなかったわけだ。
「虎春・・・てめェ!」
そこで、先生が僕の胸ぐらを掴んで怒りをあらわにする。
「自分のしたこと・・・分かッてんのか!?」
「分かってますよ、先生。僕は――ロアになる、、、、、
僕の宣告に、先生以外の全員が驚愕する。
そう。
自ら噂を受け入れ、その化物じみた力を利用した僕は。
もう、人間じゃない。
「軽く言ッてくれるな・・・それは、お前がいつ消えても、、、、、、おかしくない、、、、、、ッてことだぞ?」
その目には、わずかに涙をためて。
先生は厳しくも・・・優しくそう言った。
分かっている。分かっているのだ。
ロアは――人々の噂の産物。
囁かれ、妄想され、騒がれることでその存在が維持される。
ならば、人を辞め、噂を具現化した怪物になった僕は。
――噂の消失と共に消え去るだろう。
正直なところ、僕は怖かった。
だから、傷つくみんなを見ながらも・・・ぎりぎりまで覚悟ができなかった。
なんて情けない男だろう。
好きな人が傷つく姿を目前に、自分の命の心配をしているなんて。
「――ふ、ふふふ。ははははは。あははははははは!」
突如、大声で笑う夕月。
「そうか。そうかそうか。虎春君、さすがだよ。さすが小麦ちゃんの隣に居続けた男だ。
 人を辞め、ロアとなり――まさに命をかけて小麦ちゃんを守ったというわけか。
 参った、その狂気あいじょうは間違いなく俺以上だ」
ごろん、と大の字に寝転ぶ。
怯えた表情から一転、晴れ晴れとした顔。
それは、夕月のものとは思えないほど、邪気のない笑顔だった。

「なあ、虎春君。ひとつだけ――約束してくれるか」
「何だ?」
「小麦ちゃんを――これからも、守ってくれ。幸せにしてやってくれ。
 俺には――できなかった。だからせめて、輪廻の子だけでも幸せに――」
「・・・てめーに言われるまでもねえよ、ロリコン野郎」
「そうか。ありがとう」

――こうして、長い闘いは終わって。
僕らは、日常に戻っていく。
人を辞めた僕と。
人でない小麦と。
今までと変わらない、人としての日常へ。
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雑記。

2011-03-02 17:19:00 | いつもの日記。
RUMOR「悪夢の終わり、物語の続き:5」アップ。
あと2話で終わる・・・予定。
実はあと1話ストックがあったりするので実質残り1話です。
はぁ、何とかヤマ場は越えたな。
RUMORもこれで終わりかと思うと何やら感慨深いような気もします。

今週のサンデー。
「ノゾミとキミオ」、3週で完結。
・・・これ、何も起こってないよね!?
起承転結で言うと、起承くらいで終わってるよね!?
女の子の下着姿が描きたいだけの漫画ということがよく分かりました。
潔くて、僕は大好きです。
来週からサンデー何読めば良いんだよ、と落ち込むくらい。
いや、月光条例とかあるけどさ。

続いて今週のジャンプ。
「めだかボックス」、球磨川のカッコが取れましたね。
格好つけずに、カッコつけずに――ってのはなかなか面白かったです。
西尾維新は、それがやりたかったから球磨川にあんな喋りをさせてたんだろうなぁ。
っていうか安心院さんスキル持ち過ぎ。

ヤングアニマルあいらんど14号、何と発売日に届きました。
amazonすげえ。
こっちの地方じゃ2日遅れがデフォなのに。
――さて、今回も表紙・裏表紙はアマガミ。表紙は美也でした。
巻頭もアマガミ。この雑誌は今アマガミに頼って生きていることが分かりますね!
しかし、美也は可愛い。なにこの生き物。
子猫チックです。
あと、豪デレはどこへ向かっているのか。
取り敢えずセグT先生の嫁さんは豪気なお方で面白かったです。そこが救い。
それと、たまたまオトメは今回も安定して面白かったです、セグT先生!
セグT先生言うな。

ラノベの話。
僕のことをよく分かってる方々には大体想像がつくでしょうけど、今気になっているのは
「俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる」です。
タイトルはもう、最近こういうのがハヤリなんだね、程度にとらえるのがいいんでしょうか。
どうも、超有名な美少女と付き合うことになったんだけど幼馴染の女の子がそれに嫉妬して
修羅場に・・・という話っぽい。
ちょうど、僕が今考えてるラノベのヒントになりそうなネタなんですな。
というかほぼど真ん中なんじゃね?
場合によっては執筆を諦めるレベル。
これは・・・読んでおかないと駄目だろうなぁ。
っく、本棚が厳しいぜ。

・・・もうこれ「読書感想文」のくくりでよくないか?
と思わなくもない。
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悪夢の終わり、物語の続き:5

2011-03-02 16:05:51 | 小説――「RUMOR」
敵は攻守完璧、難攻不落。
さあ、どう攻める?どう守る?
一触即発の睨み合いは、いつ均衡が崩れても不思議はない。
――違うな。
この均衡すら、きっと相手の掌の上。
遠野輪廻はまだ全力を出していない。
根拠は、夕月の余裕の態度。
手の内を自ら語ったということは、更に奥の手を秘めていることの裏返しだ。
対して、こちらの切り札は――実は2枚ある。
さて、いつまでも後手に回るわけにもいかない。
それじゃあまずは、1枚目のカードを切ろうか。

「おう、虎春。あのコスプレ野郎スーパー強ェぞ。何か手はあるか?」
睨み合いを崩さないまま、先生が僕に問う。
「ありますよ」
「上等ォ」
改めて煙管を咥え、ひひ、と汚く笑う。
信頼されているというのは実に有り難いことだ。
「先生は近接戦が得意でしたよね?」
「おう」
「じゃあ、接近して押さえこんでください。ヤツの大技には基本タメが必要ですから」
「それを封じ込めてしまえばいいんだな?」
「はい。倒す必要はありません。封じることに専念して欲しいんです」
「了解ィ」
「で、小麦」
今度は小麦に指示を出す。
「お前は、もっと好きに闘え」
「・・・へ?」
ぽかんとする小麦。
「連携がどうのとか、そんな小さいこと考えるな。自由に、思うままに闘っていいんだ」
「うーん、そんなんで大丈夫なの?」
不安がるのも無理はない。
相手は、自分の未来の姿――。
「大丈夫。小麦は小麦、だろ?」
「・・・そっか。うん、ハル君が言うなら――そうするよ」
楽しそうに頷く。
そう、いつもの小麦でいいんだ。
ワケわからなくて、支離滅裂で、考えなしで――無敵の小麦。

「作戦会議は終わったかい?」
笑いを堪えるような、夕月の声。
「ああ、またせた――なッ!」
言い終わらない内に、先生が走りだす。
距離は一瞬で詰まった。
待ち構えたように、遠野輪廻は拳に炎を灯す。
そのまま両手で弧を描き、
「――炎舞エンブ
近距離用、通常の炎舞エンブ
威力は高いが、これさえかわしてしまえば――!
「喰らうかよッ!」
そのまま突進するかのように見せかけ、敢えてのバックステップ。
炎の拳が鼻先ギリギリに迫るものの、届かない。
よし、かわした!
そして今度こそ、本気のステップイン。
小さく、コンパクトに――まるでボクサーのような、丁寧なボディへの連打。
この人、本当に近距離専門なんだな。慣れてるなんてもんじゃねえ。
たまらずガードに集中する遠野輪廻。
一撃、二撃とガードの上からパンチが当たるが、さすがにこれは効果が薄い。
更に一歩バックしてついに攻撃がかわされる。
そこからすかさず反撃が飛んでくる!
右手刀による袈裟切り。
先生はこれを左手でいなし気味に回避し、がら空きの顔面へ掌底!
かん、という金属音――。
改めてコイツはロアなのだと、その小麦と同じ顔は仮面なのだなと感じる。
だったら、という訳でもないが。
容赦はいらない。
ノックバックする遠野輪廻。そのまま、
「――風舞カザマイ
瞬間移動で逃げる。
出現地点は――

僕の、目の前。

この野郎、非戦闘員を狙いに来やがった!?
しかしそうなると彼女が守るべき夕月明もがら空きになるのでは?
いや、ダメだ。夕月はこちらの攻撃圏外にいる。
もし今からダッシュで攻撃に向かっても、風舞カザマイの前には意味がない。
畜生!
「さっせるかぁぁぁ!」
けたたましい叫び声。
どこから現れたのか、小麦の回し蹴りが脇腹にクリーンヒットした。敵は大きくはじけ飛ぶ。
「うおお、こ、小麦っ!?お前、よく今の間に合ったなぁ」
正直、一撃は喰らう気でいた。
「うん、まぁ、あたしの思考回路と似てるみたいだからね。何となく読めたよ」
マジか。ちゃんと考えて行動したのか。意外だ・・・。
「じゃ、追撃行ってきまーす!」
言って、吹き飛んだ遠野輪廻へ向かってダッシュ――というより、ほぼ瞬間移動。
そしてそのまま、空高くジャンプする。
人間離れした跳躍で、そのまま空中で一回転。そして遠野輪廻へ向かって、
「これで、どうだぁっ!」
渾身のかかと落とし!
脳天に直撃し、そのまま転倒する。
「とどめ!」
ぐるん、と右手を大きく振り回して。
炎舞エンブ!」
炎を灯し、突き下ろす!
ぐしゃ、という嫌な音と共に、遠野輪廻の頭は地面に大きくめり込んだ。
「えりゃあっ!」
密着状態から、燃える拳が更に激しく輝く。
ドン、という衝撃が地面を通して伝わった。
砂煙が舞い、状況がいまいち飲み込めない。
――何をした!?
「へへ。炎の力を一点集中で注ぎこんで、爆発させてみた!」
一歩距離を取って砂煙から抜け出した小麦が、こちらを振り返りニコリと笑った。
なるほど、ここにきて新技である。
「おお――素晴らしい」
砂煙の向こう側から聞こえる、癪に障る声。
「この戦闘を通して小麦ちゃんは更に強くなっているね。実に見事だ」
しかし。
と、夕月は言う。
クリアになった視界には、まるで平気な顔をした遠野輪廻が。
そして、彼女は呪文のように唱える。
「――風舞カザマイウラ
それは瞬間移動、ではなく。
しかし、異常な速度で瞬きの間に距離を詰めてくる。
「まさしく裏技さ。瞬間移動の速度を敢えて落としたものだ。その代わり――」
「――炎舞エンブ
「硬直時間をなくし、次の技へ直結することができるというわけだ」
夕月の言う通り、接近した遠野輪廻の拳には既に炎が灯っていた。
そのまま小麦の腹へと直撃する!
「ぐはぁっ!」
――更に。

「名付けて――炎舞エンブ歩兵、というのはどうだろう?」

ドン、と。
小麦の腹に突き刺さった拳が、激しく燃焼・爆発する!
僕の方へ向かって大きく吹き飛ばされる小麦。
「小麦ぃッ!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「オイオイ、大丈夫かッ!?」
そこに、先生も到着。心配そうな顔で覗き込む。
「・・・っく、い、痛ったぁー・・・」
体操服の腹部は焼け焦げ、大きく穴が空いていた。
更に臍の周りは赤く腫れ上がっていて、明らかに打撃と火傷のダメージがある。
だが、むしろあの爆発で生き延びたことを褒めるべきだろう。
「何・・・だよっ、今のっ!あたしが今考えた技だろっ!?」
そう。
本当に問題なのはそこである。
「ふふふ、近距離・中距離・遠距離・全方位に加えて零距離攻撃だ。
 どうだい小麦ちゃん。輪廻は強いだろう?」
むかつく笑みをたたえながら夕月が言う。
・・・まさか、ここまでとは。
「遠野輪廻は、未来の小麦――だったな?」
「ああ、そうだよ虎春君」
「だから、小麦が将来使えるはずの技が使える――そして。
 今使える技も、、、、、、リアルタイムに、、、、、、、増えていく、、、、、
「ご名答」
答える夕月に、
「・・・有り得ねェ。チートにも程があんだろ畜生」
と悪態を吐く先生。
・・・つまり。
小麦が今この場で考えた新技も、遠野輪廻は使えるようになるというわけだ。
僕の狙いは、この辺りにあった。
小麦が自由に闘えば、きっと闘いを通して成長していく。
その成長度合が「未来の小麦」へ反映されるには、タイムラグが生じると僕は予想した。
事実、対遠野輪廻戦の1戦目は勝っている。
夕月が「育成する」と言ったのはこのタイムラグを利用するものだという推測だ。
それはさながら蠱毒のように――小麦にロアを「けしかけ」、「食わせ」、強くする。
すると、いくらかのタイムラグを経て遠野輪廻も同じだけ強くなる。
これを夕月は「育成」と呼んだのだろう、と。
だったら、そのタイムラグの間に倒してしまえばいい。
そう思い、僕は小麦が戦闘中に新技を編み出すよう促した。
――だが。
「タイムラグなしで、小麦の成長が反映される・・・ということか?」
「その通り。俺が輪廻を育てると言ったのは、そのラグをゼロに近づけるという意味だ」
「・・・マジかよ」
僕の推測は、見当違いではなかった。
だが、一歩及ばなかった。
そしてその一歩は、致命傷になりうる一歩だった。
「・・・ごめんな、小麦」
「ハル君・・・」
小麦は、勝てない。
何せ相手は自分自身である。
どんなに強くなっても、策を弄しても、即時的に反映されるなら勝ち目がない。
「小麦ちゃん、虎春君。分かったかい?分かったら素直に負けを認めるんだ」
ふふふ、と愉快そうに笑う。
「ハル君・・・あたし、まだ強くなるよ!もっと、もっと強く――」
「ダメなんだ。それじゃあ、意味がないんだ」
「でも!」
「小麦が強くなれば、その分相手も強くなる。だから、このままじゃ勝てない」
「・・・そん、な・・・ハル君・・・?」
小麦の顔が絶望に染まる。
目にはみるみる涙が溢れ、流れ出す。
・・・そんな顔、するなよ。お前のそんな顔、見たくねぇよ。
だったら。
その涙を止めるのは――いつだって、僕の役割だ。

さあ。
怖がってなんていられない。
出し惜しみなんてしていられない。
僕に残された最後の切り札を、使おうか。

「――泣くなよ、小麦」
「ハル、君・・・」
「僕が――何とかしてやるからさ」
「虎春、まだ・・・何か手があんのか?」
小麦と同じく、絶望したような顔の先生。
それは、状況を理解した者ならば誰もが浮かべるであろう表情。
「大丈夫ですよ」
だからこそ僕は――できるだけ、明るく朗らかに。
「小麦も、先生も。僕に任せて」
この胸の内がバレないように、にっこりと笑って言った。

「だって僕は、小麦のことが好きだから」

「え――、えええええ!? は、はははハル君!?」
「うお、虎春てめェ!この状況で何言ッてやがる!?」

「夕月も、聞けよ。僕は――負けなんて認めない。お前なんかに絶対小麦は渡さない」

だって、僕は。
柊虎春は。

「僕は――神荻小麦の恋人、、、、、、、だから!」
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