やねうら日記

~日常の中にある幸福

なぜか「スケバン刑事」

2013年06月30日 | 日記
スカパー!で再放送の「スケバン刑事」(初代)を見た。全24話。
斉藤由貴は好きだけど、ドラマは見ないので、当時も見ていなかった。
しかし約30年前の作品ということを差し引いても驚くべき破滅ぶりで、毎回頭を抱えながら見た。

歩き始めて1箇月半

2013年06月29日 | 日記
歩き始めて1箇月半がたった。最初2週間は夜のウォーキング。それからは徒歩通勤に変えた。だいたい一日8000歩から12000歩ほどあるくようになった。

2週間で1kgほど痩せ、その後変化なし。1箇月半たって再び体重が減少し始め、現在-2kg。
血圧も下がり良い感じ。
歩くことも苦にならず、待つことも苦にならなくなってきた。車生活の時は、待つのが非常に苦痛で、何だかイライラしていた気がする。歩くことの意外な効用。

棒茄子

2013年06月28日 | 日記
茄子は好きでない、というか嫌いだ。もう20年以上食べていない。
棒茄子は好きだ。でも、うちの会社からもうらう棒茄子は嫌いだ。
今日は支給日で、モチベーションが下がった、という話をあちこちで聞いた。

だって、売上前年比-1億なのに計画比-50億なのだ。
だって、利益+50億なのに、棒茄子-0.3ヶ月なのだ。
だって、支給2.2ヶ月なのに、計画いっていなくて、「お前ら役立たず」と罵られて、何だかんだマイナス査定で実質1.9ヶ月(推定)なのだ。
だって、株主増配なのに、社員へは実質-0.6ヶ月なのだ。(管理職はもっとひどい)
だって、査定の方法も好きか嫌いかだけなのだ。

おまけに、棒茄子支給日は、社長様にお礼メールをしなければならない。お礼メールがあったかなかったか、あった場合はその順番をつけているのだ。(社長談)

残念ながら、東証一部上場会社の実態だったりする。

「この!○○○野郎!」と叫んでしまいそうだ。




なぜか「JIN-仁」

2013年06月26日 | 日記
テレビドラマは見ない。
前回見たのは「セーラー服と機関銃」(2006年)、その前が「眠れる森」(1998年)だった。
だいたいは、見終わって後悔する。

ブルーレイ・レコーダーにキーワード検索で録画してくれる機能があり、<中谷美紀>に反応して再放送の「JIN-仁」が録画されていた。7年ぶりにドラマを見た。
2、3日に1話ずつ見て、珍しくちょっとした楽しみになった全11話だった。中谷美紀、綾瀬はるかはもちろん、主演の大沢たかお、坂本龍馬の内野聖陽が良かった。特に坂本龍馬はとても好きになった。続編もあるようなのでレンタルショップで借りてこようと思っている。


恥ずかしながら歴史が苦手だ。苦手というより、興味がないというべきか。昔、誰がどうしたとか、何があっただとか信じていないのだ。ある人に「歴史は信じるものではない。感じるものだ」と言われた。
でもこれではいけないという思いも少しはあり、歴史の本を借りてきてみたり、NHKの番組を録ってみたりするのだが、どうしても読めない、見られない。落語を聞いたり、仏閣を巡ったりするのに避けて通れないし、知れば必ず深まると思うのに。
坂本龍馬が何をしたのかもよく知らないでは、まともな大人とは言いがたい。歴史を知らないだけで十分無教養に見える。
「JIN-仁」を見て幸い興味がほんの少し沸いて来たのでこの勢いに乗じて、「龍馬がゆく」を読み始めた。
さて、読了できるか否か。

会議とは、

2013年06月25日 | 日記
19時半に会議が始まり、23時過ぎに終わった。
会議が進むにつれ、議題はどんどんずれて、理想論に終始する。夜が遅くなればなるほどその傾向は強まる。そして当然のごとく何も決まらない。
これを不毛という。
これを会議という。

◇『置かれた場所で咲きなさい』

2013年06月24日 | 
◇2013 BOOKS 16◇

『置かれた場所で咲きなさい』 渡辺 和子

非常に話題になっている(なった)本なので、図書館で予約して読んだ。
まずの感想は、「なぜ売れているのか、なぜ共感できるのか全く分からない」というものだった。僕がキリスト教信者ではないからなのかもしれない。あるいは僕に思慮が不足しているからなのかもしれない。
共感とは正反対の位置にあり、差別的ともとれる表現、自慢とも取れる表現、希望的ではなく諦めに似た表現、そんなものが随所に見られ、正直言って読むのが苦痛だった。感動を覚えた人も多いようだが、僕には合わなかった。

西国四十九薬師巡礼 第45番 魚山 三千院門跡

2013年06月23日 | 日記
西国四十九薬師巡礼、魚山 三千院門跡。

良く聞く、京都大原三千院は、いつか行きたいな、と思っていた。
こうやって何か目的、目標がないといつかするだろうことは、いつまでたってもしないことを確認する。

果たして三千院は、とても良い場所だった。
観光地でたくさんの人がいたが、みんな大人でゆっくりと日本庭園やその凛とした空気を楽しんでいた。巡る場所はかなり広く、ゆっくり歩きながら苔やシダなど陰の植物を愛でる。
紫陽花は少し早く、来週ぐらいが見頃だったか。

仏像も静かで、特に阿弥陀三尊坐像は目を見張る美しさだった。

また行きたくなるお寺のひとつだ。

西国四十九薬師巡礼 第44番 ~高尾山 神護寺

2013年06月22日 | 日記
西国三十三箇所に続いて、西国四十九薬師巡礼へ行くことにした。

お薬師さんは、病気や怪我を治してくれる、とされている。
真言「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」。

何より、寺巡りをして、体を動かすことを第一とする。第二に森の空気を吸って、免疫力を上げること。第三にお寺に行ったついでにその近辺を散策すること。
最近、欲望まみれになっているので、煩悩も捨てないと・・・。

まずは、一箇所目、高尾山 神護寺。京都、高野山真言宗のお寺。
軽い気持ちで行ったのだが、思いがけず遠く、駐車場に車を止めてからも30分ぐらい階段を上がって、ちょっとばてた。

ルイ・ヴィトン タンブール

2013年06月21日 | 時計
会社の慰安旅行で休みだったので、カミさんと京都へ出かけた。お義母さんの誕生日に財布を買うということで、下見を兼ねて。

ルイ・ヴィトンは好きなブランドのひとつだ。丁寧に扱うから、ということもあり、非常に長持ちする。財布を買ってもう5、6年になるが、まったく傷んでおらずまだまだ10年ぐらいは使えそうなほどだ。傷んできたら修理だってしてくれる。高価には違いないけれど、長い目でみ見るとお得だし、気に入った物を修理、メンテナンスして使うのは正しいことではないかな、と思うのだ。


時計のデザインもとても好きだ。時計メーカーではないので、キャリバーはどうか知らない。でもそれを差し引いても美しさは余りある。ヴィトン色の茶色の文字盤に黄色の針。こんな差し色があるととてもお洒落に見える。秒針の形もきれいだ。
よせばいいのに出してもらって、腕に巻いてみると、びびっと来た。時計は見るのと着けるのではかなり印象が違う。どんなに美しいと思っても着けてみると全然だめなものもある。例えばカルティエ・タンクは見る分はいくら見ても飽きないぐらいだが、着けると激しく似合わなかったりする。タンクは育ちの良さが必要なのかも知れない。
が、このルイ・ヴィトン タンブールは~自分で言うのも何だが~すごく似合っていて、これだけ第一印象が良かった時計は珍しい。欲しくなってしまった・・・
でももちろん買えない。店員さんはまた愛想良く、「64万円ですね~。革ベルトをブレスにすると+12万円になりますね~」

買う気のなさはバレバレなのに、丁寧に説明してくれて、あれこれ触らせてくれる。丁寧に恐縮するほどのカタログ(背表紙があり、ハードカバーで超高級感あり)もくれた。今後の商売に繋がるかもしれないとは言え、完璧な接客でとても気持ちの良い時間を過ごせるのがルイ・ヴィトンだな、と思う。

財布は・・・今日はあまり買う気はなかったのだが、7月から8%上がるとのことで、長財布を買った。

タブレット購入

2013年06月19日 | 日記
遅ればせながらタブレットを購入した。
アップルではなく、NECの10インチ。

電話は未だにスマートフォンではないし、購入予定もない。折りたたみ携帯で十分だ。
タブレットもそう必要性は感じていなかったんだが、カミさんがインターネットをしたいというので何となく。
ちょこっと触ってみたが、何ができて何が便利なのか正直分からない。完全において行かれてしまっている。でもそれに苦痛も何も感じていないのは、やは歳を取ったということだろうな。
困ったな~。(でも本当は困っていない)

◇『ロレックスの秘密』

2013年06月17日 | 
◇2013 BOOKS 15◇

『ロレックスの秘密』 出石 尚三

その名の通り、ROLEXの秘密の本。非常に興味深く、何度も「面白いなぁ」とつぶやきながら読んだ。
ロレックス社の始まりから、現在のステイタスを得る過程、各製品の成り立ち、意味などが事細かに記されている。

新ためて言われると、ROLEXの各モデルは特殊だ。探検用、洞窟探検用、2カ国、3カ国の時刻が分かるいわゆるGMT、ダイバーズ(潜水用)、深海用、超耐磁モデル・・・
どれだけこの事柄に関わる人間がいるのか、ROLEXも当然それを知った上で、しかも真剣に手を抜かずに作り、それが(意味はなくとも)セールスポイントになることも分かっていた。この矛盾ゆえの面白さがある。男はホンモノに憧れるものなのだ。

路面温度は54℃

2013年06月14日 | 日記
普段はほぼ事務所仕事なのだが、この一週間は外作業が多い。
製品の試験とその準備ばかりやっていて、体が疲れる。今日もほぼ一日を外で過ごし、えっちらおっちらと試験をやっていた。外気温32℃、路面温度54℃だった。

前向きでないこの一連の仕事は着地点が見えず、途方に暮れる。
月曜日もこの続きかと思うとげんなりする。。。

180度の空

2013年06月10日 | 日記
電車バス通勤を始めて一週間が経ち、歩くことにも随分慣れてきた。義務的に歩くのではなくて、音楽を聴いたり考え事をしたりして楽しめるようになってきた。

行きは15分歩き、帰りはバスを使わずに50分歩く。
帰りは文字通り、田んぼの真ん中の一本道をテクテク歩く。両側田んぼで空が広い。ぐるっと見渡すとほぼ180度見渡せることに気づいた。日が長くなったこともあり、今日は闇になる前に180度を見渡しながら歩いた。元ちとせを聴きながら歩くと、両手を天に差し出して、「ああぁ~」と叫びたくなった。よく知らない歌であるが、口ずさみたくなった。彼女の歌声は神々しい。
こうやって、普段聴かなかった、いつか聴こうと思って取りためたアルバムを聴いていけるのも歩く楽しみのひとつだ。

木を切る~その二

2013年06月09日 | 日記
庭の再構築前半戦も佳境を迎え、庭木4本を切り出した。電動のこぎりが大活躍で、これがなければとっくに諦めていただろう。しかし、この感動的電動のこぎりを使っても、根を掘り出すのに骨が折れ、腕が上がらないほど疲れ果てた。掘り出した根は、ハカイダーの頭ほどの大きさがあるのだ。

5時間ほどの作業の甲斐もあり、何とか木の撤去と残した木の剪定は完了した。剪定も脚立に登ってのこぎり(手動)で切るという過酷な物だった。

あとは、人工芝の敷設。秋になったら新しい木とグランドカバーを植える予定。
木を延ばしすぎないようにこまめに手入れをしようと心に誓うのだった。

西国三十三所満願 第三十三番 ~谷汲山 華厳寺

2013年06月08日 | 西国三十三所
2010年5月に始めた「西国三十三箇所の巡礼」も丸3年が経ち、とうとう三十三箇所目となった。
第三十三番、岐阜県は谷汲山、華厳寺。
終わりが近づいてくると神妙な気持ちになったりもしたが、実際に華厳寺で手を合わせるときは、特別な感慨はそんなに強くはなかった気がする。

ひとつひとつお寺をまわり、たったひとつの願をかけ、手を合わせた。はじめはお寺に強く興味があった訳でもなかったが、少しずつ仏教の成り立ちや仏像の美しさを知っていくと自然と引き込まれて行った。これをきっかけに仏教、仏像のテレビを見たり、本を読む機会が増え、知らないことがたくさんあることを知って、少々恥ずかしくも思った。僕の宗派である曹洞宗の、その開祖も本山も知らなかったぐらいだ。先祖のことを思うのにもちょうど良い機会だった。

もうひとつ。お寺を巡ることで季節ごとの自然の美しさを知り、季節の移ろいを知った。自然を楽しむ術を覚えた。これが、キャンプを楽しむことへ移行したり、歩くことへの楽しみへ繋がった気がする。


何はともあれ、西国三十三箇所は家族みんなで無事満願となり、この「無事」ということが、とても幸せなことだと心から思う。