「見奉り送るとて、このもかのもにあやしき、しばふる人とも、集まりゐて、涙を落しつつ、見奉る」
源心
さうなどおかしう成にけり。まし
て朝がほもねびまさり給へらんかし
と、思ひやるもたゞならず、おそろしや。
あはれこの比"ぞかし、のゝ宮のあは
れなりしことおぼし出て、あや
斎ゐん斎宮同やうとも
しう、やうのものと、神うらめしう
地
おぼさるゝ、御くせのみくるしきぞ
かしわうなうおぼさばさも有ぬべ
かりし。年比"はのどかにすぐし
給て、今はくやしうおぼさるべかめるも、
斎ゐん也
あやしき御心なりや。院もかくなべ
てならぬ御こゝろはべを、みしりき
こえ給へれば、たまさかなる御返し
などはえしももてはなれ聞え給
まじかめり。すこしあひなきこと
源 天台也
なりかし。六十巻といふふみ読
給ひ、おぼつかなき所々"、とかせなど
して、おはしますを、山寺にはいみ
じきひかりをこなひいだし奉れり
と、仏の御めんぼくありと、あやしの
ほうしばらまでよろこびあへり。
しめやかにて世中をおもほしつゞ
くるに、かへらんことものうかりぬべ
ければ、人ひとりの御ことおぼしやるが
ほだしなれば、ひさしうもえおは
しまさで寺にもみず經いかめ
しうせさせ給。あるべきかぎりかみ
しものそうども、そのわたりの山
かづまで物たび、たうときことの限
をつくしていで給。見たてまつりを
くるとて、このもかのもにあやしき、
しばふる人ともあつまりゐて
なみたをおとしつゝ見奉る。くろき
たもと
御車のうちにて、ふぢの御袂に
やつれ給へれば、ことに見え給はねど、
ほのかなる御有さまを世になく思
源心 紫
聞ゆべかめり。女君は日比"のほどに、
ねひまさり給へる心ちして、いと
いたうしづまり給て、世中いかゞあ
らんと思へる気色の、心ぐるしう
哀におぼえ給へば、あいなき心の
さま/"\みだるゝやしるからん。いろ
かはると有しもらうたう覚えて、
つねよりことにかたらひ聞え給。
山づとにもたせ給へりしもみぢ、
おまへのに御"らんじくらふれば、こと
にそめましける、露の心もみすぐ
しがたう、おぼつかなさも人わろき
草(さう)など、おかしう成りにけり。まして、朝顔もねびまさ
り給へらんかしと、思ひ遣るもただならず、恐ろしや。哀れこの
比ぞかし、野宮の哀れなりし事おぼし出でて、あやしう、やうの
ものと、神恨めしうおぼさるる、御癖の見苦しきぞかし。わうな
うおぼさば、さも有りぬべかりし。年比は、のどかに過ぐし給ひ
て、今は、悔しうおぼさるべかめるも、あやしき御心なりや。院
も、かく並べてならぬ御心映へを、見知り、聞こえ給へれば、た
まさかなる御返しなどは、えしももて、離れ聞こえ給ふまじかめ
り。少しあひなき事なりかし。
六十巻と云ふ書、読み給ひ、おぼつかなき所々、説かせなどして、
おはしますを、山寺にはいみじき光・行ひ出だし奉れりと、仏の
御面目ありと、あやしの法師ばらまで喜び合へり。しめやかにて、
世の中を思ほし続くるに、帰らん事、もの憂かりぬべければ、人
ひとりの御事、おぼしやるが、ほだしなれば、久しうも、えおは
しまさで、寺にも御誦経いかめしうせさせ給ふ。あるべき限り上
下僧ども、そのわたりの山賤まで物賜び、尊き事の限りを尽して
出で給ふ。見奉り送るとて、このもかのもにあやしき、しばふる
人ども、集まりゐて、涙を落しつつ、見奉る。黒き御車のうちに
て、藤の御袂にやつれ給へれば、ことに見え給はねど、ほのかな
る御有様を世になく思ひ聞こゆべかめり。
女君は、日比の程に、ねひまさり給へる心地して、いといたう靜
まり給ひて、世の中、如何あらんと思へる気色の、心苦しう哀れ
に覚え給へば、あいなき心の様々、乱るるや知るからん。「色変
はる」と有りしも、らうたう覚えて、常より、ことに語らひ、聞
こえ給ふ。山苞に持たせ給へりし紅葉、御前のに御覧じ比ぶれば、
ことに染めましける、露の心も、見過ぐし難う、覚束なさも人わ
ろき