新古今和歌集の部屋

平家物語巻第十二 五 判官都落ちの事1

 
 
 
 
五 判官都おちの事
こゝにあだち新三らといふざつしき有。きやつは下らう
なれ共、さが/"\しき者にて候。召つるはれ候へとて、かまくら
殿より判官につけらえたりけるとかや。是はない/\九ら
がふるまひをみて、我にしらせよと也。とさばうがきらる
るをみて、夜を日についてはせくだり、此由かくと申けれ
ば、かまくら殿大きにおどろき、しやてい三河の守のりより
にうつてのぼり給ふべきよしの給へば、しきりにじゝ申
されけれ共、いかにもかなふまじき由をかさねての給ふ間
ちから及ばず、いそぎ物ぐして、御いとましに參られたり
ければ、かまくら殿わ殿もまた、九らがふるまひし給ふなよ
との給ひける。御ことばにおそれて、しゆく所に帰りいそぎ物
のぐぬぎおき、京のぼりをば、思ひとゞまり給ひぬ。まつたく
             きしやうもん
ふちうなきよしの起請文を一日十枚づゝひるばかきよるは
御つぼのうちにて、よみあげ/"\、百日に千まいのきやう
をかいて、參らせたりけれ共、かなはずして、のりよりつゐに
うたれ給ひけり。つぎに北でうの四ろ時まさに、六万よき
をさしそへて、うつ手にのぼせらるゝ由聞えしかば、判官う
ぢせたのはしをも引、ふせがばやと思はれけるが、こゝにおが
たの三らこれよしは、平家を九国の中へも入ずして、おひ
出す程のたせいの者なり。我にたのまれよと宣えば、さ候
はゞ御うちに候、きくちの次らたかなをば、年ごろのかたき
で候間、給はつてきつて後、たのまれ奉らんと申ければ、判
官さうなうたふでけり。やがて六条がはらへ、引出ひてぞ
きりてげる。其後これよしりやうじやうす。同き十一月二
 

平家物語巻第十二
  五 判官都落ちの事
ここに足立新三郎といふ雑色有り。
「きやつは下臈なれども、さがさがしき者にて候。召つるはれ候へ」とて、鎌倉殿より判官に付けらえたりけるとかや。是は、内々、
「九郎が振る舞ひを見て、我に知らせよ」と也。
土佐坊が切らるるを見て、夜を日についで馳せ下り、この由かくと申ければ、鎌倉殿大きに驚き、舎弟三河の守範頼に討手上り給ふべき由宣へば、しきりに辞し申されけれども、いかにも叶ふまじき由を重ねて宣ふ間、力及ばず、急ぎ物具して、御暇しに參られたりければ、鎌倉殿、
「わ殿も又、九郎が振る舞ひし給ふなよ」と宣ひける。御言葉に畏れて、宿所に帰り、急ぎ物の具脱ぎ置き、京上りをば、思ひ止まり給ひぬ。
全く不忠無き由の起請文を、一日十枚づつ、昼ば書き、夜は御坪の内にて、読み上げ読み上げ、百日に千枚の起請を書いて、參らせたりけれども、叶はずして、範頼終に討たれ給ひけり。
次に北条の四郎時政に、六万余騎をさし添へて、討手に上せらるる由聞こえしかば、判官、宇治・瀬田の橋をも引き、防がばやと思はれけるが、ここに緒方の三郎維義は、平家を九国の中へも入れずして、追ひ出す程の多勢の者なり。
「我に頼まれよ」と宣えば、
「さ候はば、御内(みうち)に候、菊池の次郎髙直ば、年比の仇で候間、給はつて切って後、頼まれ奉らん」と申しければ、判官、左右なうたふでけり。やがて六条河原へ、引き出ひてぞ切りてげる。その後、維義了承す。
同き十一月二

※足立新三郎 安達清経(あだち きよつね)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武士。源頼朝の雑色。

※舎弟三河の守範頼 源範頼(みなもとののりより)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将。河内源氏の流れを汲む源義朝の六男。源頼朝の異母弟で、源義経の異母兄。
範頼は、この時には討たれず、富士の巻狩の曽我兄弟の仇討ちの後、頼朝の不信により討たれた。

※緒方の三郎維義 緒方惟栄(おがた これよし、生没年不詳)は、平安時代末期、鎌倉時代初期の武将。豊後国大野郡緒方荘(現在の大分県豊後大野市緒方地区)を領した。通称は三郎。諱は惟義、惟能とも。大神惟基の子孫で、兄弟に惟長、惟隆、惟憲がいる。
『平家物語』に登場し、その出生は地元豪族の姫と蛇神の子孫であるという伝説がある。
惟栄は、源義経が源頼朝に背反した際には義経に荷担し、都を落ちた義経と共に船で九州へ渡ろうとするが、嵐のために一行は離散、惟栄は捕らえられて上野国沼田へ流罪となる。このとき義経をかくまうために築城したのが岡城とされる。その後、惟栄は許されて豊後に戻り佐伯荘に住んだとも、途中病死したとも伝えられる。

※菊池の次郎髙直 菊池隆直(きくち たかなお)は、平安時代末期の肥後国の武将。九州において海陸の党類を広範囲に束ねる一国総梁的存在であった。
文治元年十一月、『平家物語』「判官都落」によると、長年敵対していた緒方惟栄の要請によって義経から惟栄に身柄を引き渡され、斬首されたという。
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