定家朝臣
年も經ぬいのる契ははつせ山をのへのかねのよそのゆふぐれ
二の句以下めでたし。詞もめでたし。 下句、尾上の鐘
なる故に、よそに遠く聞ゆる意にて、よそとつゞけたり。
さてよその夕暮とは、よその人の入相のかねに、來る人を
まちてあらふ意也。さてそれは、わが祈る契なるに、わが祈りは
しるしなくしてよその人のあふ契なるよと也。そのよ
その人にあふ人は、わがおもふ人なり。 こはいとめでたき
歌なるに、年も經ぬといへること、はたらかず。かけ合つる意
なきは、くちをし。
片思 俊成卿
うき身をば我だにいとふいとへたゞそをだに同じ心とおもはむ
上句人のいとふにつけて思へる心にて、いとへたゞといへるたゞは
ひたぶるにといふ意也。 うき身とは、賤き身をいふ。賤
き者は、うきこと多ければ也。 人のいとふにつきておもへば、
我はいやしき身なれば、我ながらみづからすらいとふなれば、
人のいとふはことわり也。よしやこのうへは、人もいよ/\ひたすら
にいとへと也。 下句は、我は人思ふに、人は我を思はざる
は、同じ心ならざるに、せめては我をいたふ心をなりとも、我と
おなじ心ぞと思ひて、なぐさめんとなり。 だにといふ詞
二ッ有、上なるはすらの意、下なるはなりともの意也。
題しらず 殷冨門院大輔
あすしらぬ命をぞ思ふおのづからあらばある夜を待につけても
めでたし。下句詞めでたし。 本歌拾遺√いかにしてし
ばし忘れむ命だにあらばあふよのありもこそすれ。
初二句は、明日死なむもしられぬ命なることを、かなしく思ふ
なり。おのづからあらばゝ、あらばおのづからといふ意にて、あら
ばゝ、命のあらばなり。 あふよをまつとはあふよもあらむ
かと待をいふ。さてかやうのおのづからは、俗言に、もし自然
としか/"\の事あらばといふ意。又たまさかに自然としか/"\
の事のあるなどいふ意也。歌に此類のおのづから多し。心
得おくべし。
西行
思ひしる人有明の世なりせばつきせず物は恨みざらまし
人有明といひかけ、つきせずに月をいへる。いやしきたくみにて
いとうるさし。そのうへ有明の月、此哥にいさゝかもよせなきこと也。