新古今和歌集の部屋

美濃の家づと 四の巻 恋歌二7

 

 

 

 

                  定家朝臣

年も經ぬいのる契ははつせ山をのへのかねのよそのゆふぐれ

二の句以下めでたし。詞もめでたし。 下句、尾上の鐘

なる故に、よそに遠く聞ゆる意にて、よそとつゞけたり。

さてよその夕暮とは、よその人の入相のかねに、來る人を

まちてあらふ意也。さてそれは、わが祈る契なるに、わが祈りは

しるしなくしてよその人のあふ契なるよと也。そのよ

その人にあふ人は、わがおもふ人なり。 こはいとめでたき

歌なるに、年も經ぬといへること、はたらかず。かけ合つる意

なきは、くちをし。

片思               俊成卿

うき身をば我だにいとふいとへたゞそをだに同じ心とおもはむ

上句人のいとふにつけて思へる心にて、いとへたゞといへるたゞは

ひたぶるにといふ意也。 うき身とは、賤き身をいふ。賤

き者は、うきこと多ければ也。 人のいとふにつきておもへば、

我はいやしき身なれば、我ながらみづからすらいとふなれば、


人のいとふはことわり也。よしやこのうへは、人もいよ/\ひたすら

にいとへと也。 下句は、我は人思ふに、人は我を思はざる

は、同じ心ならざるに、せめては我をいたふ心をなりとも、我と

おなじ心ぞと思ひて、なぐさめんとなり。 だにといふ詞

二ッ有、上なるはすらの意、下なるはなりともの意也。

題しらず             殷冨門院大輔

あすしらぬ命をぞ思ふおのづからあらばある夜を待につけても

めでたし。下句詞めでたし。 本歌拾遺√いかにしてし

ばし忘れむ命だにあらばあふよのありもこそすれ。

初二句は、明日死なむもしられぬ命なることを、かなしく思ふ

なり。おのづからあらばゝ、あらばおのづからといふ意にて、あら

ばゝ、命のあらばなり。 あふよをまつとはあふよもあらむ

かと待をいふ。さてかやうのおのづからは、俗言に、もし自然

としか/"\の事あらばといふ意。又たまさかに自然としか/"\

の事のあるなどいふ意也。歌に此類のおのづから多し。心

得おくべし。

                   西行

思ひしる人有明の世なりせばつきせず物は恨みざらまし

人有明といひかけ、つきせずに月をいへる。いやしきたくみにて

いとうるさし。そのうへ有明の月、此哥にいさゝかもよせなきこと也。


※本歌拾遺√いかにし
拾遺集 恋歌一
  題しらず        よみ人知らず
いかにしてしばしわすれんいのちだにあらばあふよのありもこそすれ


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