新古今和歌集の部屋

源氏物語 湖月抄 手習 物の怪出現

らん。いときゝにくかるべしとおぼし、でしと
もゝいひて、人にきかせじとかくす。僧都い
                         無慚
であなかま大゛とこたち。われむざんの法
                           かい
しにて、いむことの中に、やぶる戒はおほか
      孟戒の中に女の道にけがるゝ事はあらずと僧都の詞也
らめど、女のすぢにつけてまだそしり
とらずあやまつことなし。よはひ六十
         細今はたとひ名をたつとも不吉と也
にあまりて、今更に人のもどきおはんは、さ
それも定り事゙と也                 弟子共
るべきにこそはあらめとの給へば、よから
の言也
ぬ人の、ものをびんなくいひなし侍る時に
   ぶつほう
は、仏法のきづとなり侍ることなりと心
                   ずほう
よからず思ていふ。この修法の程にしるし
みえずはと、いみじきこと共゙をちかひ給て、
 
 
 
頭注
むざんの法しにていむ事
の中にやぶるかいはおほから
めども 戒法の中ニ破る
事多けれどゝ也。
識論曰云何無慚不
顧自法軽拒賢善
為性能障礙慚生長
悪行為業。諸戒
の中に麁強罪はをのづ
から止むれども、細隠罪
は悉に止がたき物也。五
戒八戒十戒等は麁強
也。二百五十戒、五百戒、菩
薩三聚戒、十無盡戒、一
切威儀たるべ
き歟。
この修法のほどにしるし見
えずはといみじきことゞもを

頭注
行者の物を祈るに
は平生の修練の行をも
此時の願にかけて祈る
なり。
                          よりましに也
夜ひとよかぢし給へるあか月に人にかり
うつして、何やうの物かく人をまどはしたる
ぞと、ありさまばかりいはせまほして、
弟子のあざり、とり/"\にかぢし給。月ごろ
                                調伏也
はいさゝかもあらはれざりつるものゝけ、てう
        よりましの詞也
ぜられて、をのれはこゝまでまうできて、
   調
かくてうぜられたてまつるべき身にもあら
ず。昔はをこなひせし法しのいさゝかなる
世にうらみをとゞめて、たゞよひありき
           宇治のうばそくの宮をいふ也
しほどに、よき女のあまたすみ給し所に
                  孟大君事也         浮舟也
すみつきて、かたへはうしなひてしに、この人
はこゝろと世をうらみ給てわれいかでしなん
頭注
昔はをこなひせしほうし
紺青鬼のことをひけ
り。或記云昔染殿の
后御悩みの時金峯山
より久修練行の行者ま
いりて加持し奉る。平癒
の後本山に歸りて年来
の行業を廻向して誓て
鬼となれり。紺青鬼と
いふ。常に后を煩はし奉
頭注
りけるを、智證大師懇に教誡し給ひければ紺青鬼恥たりける色ありて其座にあり
ながら、灰のやうに成て消にけり。其後后もとのごとくに成給ひにけり云々。善相
公の記にも見えたり。猶
柿本紀僧正、染殿皇后を
なやませしに無動寺の相
應和尚加持し結縛し給
事などあり。
といふことをよるひるの給しにたよりを
えて、いとくらき夜、ひとりものし給しを
               くはんをん
とりてしなり。されど観音、とざまかうざま
にはぐゝみ給ければ、この僧都にまけ
たてまつりぬ。今はまかりなんとのゝしる。
                          両説
かくいふはなにぞととへば、つきたるひと、もの
はかなきけにや、はか/"\しくもいはず。
さうじみのこゝちはさはやかに、いさゝかもの
おぼえてみまはしたれば、ひとりみしひとのか
              おい
ほはなくて、みな老法゙し、ゆがみおとろへたる
物のみおほかれば、しらぬくににきにけるこ
 
頭注
観音とざまかうざま
泊瀬の観音の大悲
を思ふべし。
 
つきたる人ものはかなき
浮舟のよわきさま也。
よりましのよわくて
物をいはずと也。
さうじみのこゝろは
浮舟也。浮舟の本
性に成て見まわせど一
人も見しりたる人も
なければしらぬ国にき
たると思ふ也。
 

らん。いと聞き難くかるべしとおぼし、弟子どもも言ひて、人に聞
かせじと隠す。僧都、
「いで、あなかま。大徳たち。我無惨の法師にて、忌む事の中に、
る戒は多からめど、女の筋に付けて、未だ誹り取らず、過
つ事無し。齢六十に余りて、今更に人のもどき負はんは、さ
るべきにこそはあらめ」と宣へば、
「善からぬ人の、物を便無く言ひなし侍る時には、仏法の瑕となり
侍ることなり」と心良からず思ひて言ふ。
「この修法の程に験見えずは」と、いみじき事ども誓ひ給ひて、
一夜加持し給へる暁に、人に借り移して、
「何やうの物、かく人を惑はしたるぞ」と、有樣ばかり言
せまほしうて、弟子の阿闍梨、とりどりに加持し給ふ。月比
は、聊かも顕れざりつる物の怪、調ぜられて、
「己は、ここまで詣で來て、かく調ぜられ奉るべき身にもあ
ず。昔は行なひせし、法師の、聊かなる世に恨みを留めて、
漂ひ歩りきし程に、良き女の数多住み給ひし所に住み着きて、片へ
は失ひてしに、この人は心と世を恨み給ひて、我如何で死なんと言
ふ事を、夜昼宣ひしに便りを得て、いと暗き夜、一人ものし給ひしを、
取りてしなり。されど観音、とざまかうざまに育み給ひければ、この
僧都に負け奉りぬ。今は罷りなん」と罵る。
「かく言ふは何ぞ」と問へば、憑きたる人、物儚きけにや、はかばか
しくも言はず。正身(さうじみ)の心地は爽やかに、聊か物覚えて見
廻したれば、一人見し人の顏はなくて、みな老法師、歪み衰へたる物
のみ多かれば、知らぬ国に來にける心(地)
 
紺青鬼 地獄にいて、紺青を塗ったような色をしているといわれる鬼。青鬼。
 
※智證大師 円珍。天台宗の仏教僧。天台寺門宗(寺門派)の宗祖。諡号は智証大師。宝号は「南無大師智慧金剛」。
 
※善相公の記 三善清行が書いた善家秘記。散逸。ウィキペディア真済参照。
 
略語
※奥入 源氏奥入 藤原伊行
※孟 孟律抄  九条禅閣植通
※河 河海抄  四辻左大臣善成
※細 細流抄  西三条右大臣公条
※花 花鳥余情 一条禅閣兼良
※哢 哢花抄  牡丹花肖柏
※和 和秘抄  一条禅閣兼良
※明 明星抄  西三条右大臣公条
※珉 珉江入楚の一説 西三条実澄の説
※師 師(簑形如庵)の説
※拾 源注拾遺
 
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