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これは、硫黄島の擂鉢山の山麓の南海岸の浜にある、鶉石(うずらいし)という珍しい石です。火山活動による特殊な環境でできたもののようです。世界的にも大変に珍しく、硫黄島以外には、イタリアの一部(一説によるとシシリー島)と、硫黄島の南海岸にしかない石です。
この南海岸は、擂鉢山の東側にあります。硫黄島戦で米軍が上陸をした浜で、多くの米軍兵の犠牲者が出た場所でもあります。
昨年は、硫黄島に上陸できませんでしたし、一昨年は、時間がなくてこの海岸には寄れなかったので、この南海岸で鶉石を拾えたのは、3年ぶりになります。
このブログを始めたばかりの頃にも、一度、鶉石を紹介したことがありました。
今回は、上陸した一日目の午後の時間に、この海岸に行きました。
やはり、この島の南東側も以前より、かなり、隆起が進んでいるようでした。
同じ海岸の中でも場所による違いもあるのかもしれませんが、以前よりは、大きくてきれいな鶉石は少なくて探して拾うのに苦労しました。
この写真は大きめで白いせんがはっきりしていてきれいに見えるものを集めて撮ってみました。大きいものの幅が8-9㎜ぐらいです。
今年、小笠原丸の行き帰りで、淵野辺高校の修学旅行の皆さんと一緒になりましたが、帰りの小笠原丸で、拾った鶉石のいくつかを、私たちのメンバーの中の先輩で戦前の硫黄島に生まれて住んだこともある方が淵野辺高校の先生に届けてくれて、どのような物であるかを、私と一緒に説明してくれました。その時に校長先生にもご挨拶させていただきました。硫黄島のことと、この珍しい鶉石のことを、高校の先生たちを通じて、高校生たちにも紹介していただけたことを、嬉しく思います。父島の修学旅行の思い出とともに、父島と同じ小笠原村に、激戦で有名になった硫黄島があって、そこには戦前は住民が豊かな暮らしをしていて、戦後の返還後も帰れない島になっているということと、その島に珍しい鶉石があるということを少しでも知ってもらえたらと思います。
この南海岸は、擂鉢山の東側にあります。硫黄島戦で米軍が上陸をした浜で、多くの米軍兵の犠牲者が出た場所でもあります。
昨年は、硫黄島に上陸できませんでしたし、一昨年は、時間がなくてこの海岸には寄れなかったので、この南海岸で鶉石を拾えたのは、3年ぶりになります。
このブログを始めたばかりの頃にも、一度、鶉石を紹介したことがありました。
今回は、上陸した一日目の午後の時間に、この海岸に行きました。
やはり、この島の南東側も以前より、かなり、隆起が進んでいるようでした。
同じ海岸の中でも場所による違いもあるのかもしれませんが、以前よりは、大きくてきれいな鶉石は少なくて探して拾うのに苦労しました。
この写真は大きめで白いせんがはっきりしていてきれいに見えるものを集めて撮ってみました。大きいものの幅が8-9㎜ぐらいです。
今年、小笠原丸の行き帰りで、淵野辺高校の修学旅行の皆さんと一緒になりましたが、帰りの小笠原丸で、拾った鶉石のいくつかを、私たちのメンバーの中の先輩で戦前の硫黄島に生まれて住んだこともある方が淵野辺高校の先生に届けてくれて、どのような物であるかを、私と一緒に説明してくれました。その時に校長先生にもご挨拶させていただきました。硫黄島のことと、この珍しい鶉石のことを、高校の先生たちを通じて、高校生たちにも紹介していただけたことを、嬉しく思います。父島の修学旅行の思い出とともに、父島と同じ小笠原村に、激戦で有名になった硫黄島があって、そこには戦前は住民が豊かな暮らしをしていて、戦後の返還後も帰れない島になっているということと、その島に珍しい鶉石があるということを少しでも知ってもらえたらと思います。