*
とたんに、不思議なことが起こりました。
アダムはイヴを見て、びっくりしました。あんなにかわいくて、愛おしかったイヴが、何だかつまらない、馬鹿みたいなものに見えたのです。
イヴもアダムを見て、びっくりしました。あんなにたくましくて、愛おしかったアダムが、なんだかとっても変な、馬鹿みたいなものに見えたのです。
次にふたりは、自分の姿を見て、びっくりしました。
自分たちは、神さまや天使に似た、とても立派なすてきなものだと思っていたのに、突然、なんてみっともない、みじめで、へんちきりんな、うそみたいにつまらない、いやなものに見えたのです。
ふたりは、そんな自分が恥ずかしくなって、近くのいちじくの葉をちぎって、あわてて自分の顔や体を隠しました。それでも足りなくて、ふたりは突然離れ離れになって、それぞれに草むらの中に隠れてしまいました。
いつも、片時も離れたことのないふたりが、ひとりひとりになって、草むらの中に小さくなって隠れているのを見て、天使ラファエルは、何があったのか、すぐにわかりました。
「ああ、君たち、約束をやぶったね。あれほど、食べてはならないと言ったのに」
「アダムが先に、食べようと言ったんです」と、イヴが言いました。
「いいえ、違います、イヴが先に言ったんです」と、アダムが言いました。
罪をなすりつけあう二人を見て、ラファエルはとても苦しそうな顔をしました。
「イヴなんかいやだ。ぼくに悪いことを言うんだ」
「アダムなんかいやだ。嘘ばっかり言うのよ」
ふたりは、互いを指さしながら、けんかしました。ラファエルは大きなため息をついて、言いました。
「ああ、これでは、君たちはもうここにいられなくなってしまうよ。エデンは、『よし』というものしか住めないところなんだよ。『いやだ』というものは、住めないんだよ」
そしてふたりは、いつしか、エデンの鳥や動物や魚たちとも、話ができなくなっているのに気づきました。前は、鳥も動物も魚も、みんなとてもすてきで、しゃれたことを言うとても面白いものだったのに、今ではみんな、てんで何もわかっていないような、馬鹿みたいなことばかり言う、ぜんぜん面白くないものに見えるのです。
「なんだ、こんなの、みんな馬鹿じゃないか。何もかも、みんな馬鹿みたいじゃないか」
アダムが言いました。イヴはアダムの隣で、アダムと同じように世界を見ていました。すてきなエデンが、いつの間にか、まるで馬鹿らしいつまらないものに見えるのです。
きれいな花や、おいしい木の実がたくさんある森も、なんだかうす汚れて、とってもいやなところに思えました。
「こんなとこ、出て行こう、イヴ。きっとほかに、すてきなとこがあるよ」
「ええ、そうね、アダム」
そういってふたりは、ある日、逃げるように、エデンから出て行ったのです。天使ラファエルは、ふたりが、手を取りあってエデンから去って行くのを、悲しげに見守っていました。
「さまよいはじめた魂よ。苦難の道が始まる。だが神は見捨てまい」
そういって、ラファエルは、大きな翼を揺らし、エデンを離れて、天に帰って行ったのです。
(おわり)
とたんに、不思議なことが起こりました。
アダムはイヴを見て、びっくりしました。あんなにかわいくて、愛おしかったイヴが、何だかつまらない、馬鹿みたいなものに見えたのです。
イヴもアダムを見て、びっくりしました。あんなにたくましくて、愛おしかったアダムが、なんだかとっても変な、馬鹿みたいなものに見えたのです。
次にふたりは、自分の姿を見て、びっくりしました。
自分たちは、神さまや天使に似た、とても立派なすてきなものだと思っていたのに、突然、なんてみっともない、みじめで、へんちきりんな、うそみたいにつまらない、いやなものに見えたのです。
ふたりは、そんな自分が恥ずかしくなって、近くのいちじくの葉をちぎって、あわてて自分の顔や体を隠しました。それでも足りなくて、ふたりは突然離れ離れになって、それぞれに草むらの中に隠れてしまいました。
いつも、片時も離れたことのないふたりが、ひとりひとりになって、草むらの中に小さくなって隠れているのを見て、天使ラファエルは、何があったのか、すぐにわかりました。
「ああ、君たち、約束をやぶったね。あれほど、食べてはならないと言ったのに」
「アダムが先に、食べようと言ったんです」と、イヴが言いました。
「いいえ、違います、イヴが先に言ったんです」と、アダムが言いました。
罪をなすりつけあう二人を見て、ラファエルはとても苦しそうな顔をしました。
「イヴなんかいやだ。ぼくに悪いことを言うんだ」
「アダムなんかいやだ。嘘ばっかり言うのよ」
ふたりは、互いを指さしながら、けんかしました。ラファエルは大きなため息をついて、言いました。
「ああ、これでは、君たちはもうここにいられなくなってしまうよ。エデンは、『よし』というものしか住めないところなんだよ。『いやだ』というものは、住めないんだよ」
そしてふたりは、いつしか、エデンの鳥や動物や魚たちとも、話ができなくなっているのに気づきました。前は、鳥も動物も魚も、みんなとてもすてきで、しゃれたことを言うとても面白いものだったのに、今ではみんな、てんで何もわかっていないような、馬鹿みたいなことばかり言う、ぜんぜん面白くないものに見えるのです。
「なんだ、こんなの、みんな馬鹿じゃないか。何もかも、みんな馬鹿みたいじゃないか」
アダムが言いました。イヴはアダムの隣で、アダムと同じように世界を見ていました。すてきなエデンが、いつの間にか、まるで馬鹿らしいつまらないものに見えるのです。
きれいな花や、おいしい木の実がたくさんある森も、なんだかうす汚れて、とってもいやなところに思えました。
「こんなとこ、出て行こう、イヴ。きっとほかに、すてきなとこがあるよ」
「ええ、そうね、アダム」
そういってふたりは、ある日、逃げるように、エデンから出て行ったのです。天使ラファエルは、ふたりが、手を取りあってエデンから去って行くのを、悲しげに見守っていました。
「さまよいはじめた魂よ。苦難の道が始まる。だが神は見捨てまい」
そういって、ラファエルは、大きな翼を揺らし、エデンを離れて、天に帰って行ったのです。
(おわり)