世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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雪の女王の物語・2

2014-03-29 04:06:04 | 夢幻詩語
2 男の子と女の子

 庭も持てない、小さな家のひしめき合う、にぎやかで小さな町に、兄弟のように仲のいい男の子と女の子が住んでいました。男の子の名前はカイといい、女の子の名前はゲルダと言いました。
 カイとゲルダの家は、お隣さんでした。細いといをはさんで、屋根がくっついていて、屋根裏部屋の窓が向かい合っていました。ふたりの両親は、家に庭がないので、くっつきあった屋根の上に、ばらの鉢をたくさんおいて、小さな花園をこしらえました。それは、春や夏になると、とてもきれいなばらが咲いて、甘い香りをふりまいて、チョウチョや小さなハナバチがにぎやかに集まってきました。
 といの上に、丈夫な板を敷くと、そこはちょっとした庭にもなりましたので、カイとゲルダはよく、その屋根の上の薔薇の花園で、一緒に遊びました。ままごとをしたり、お姫様や兵隊の人形を使って、お話ごっこをしたりしました。ときには、おばあさんが教えてくれる、神さまやイエスさまをたたえる歌を、一緒に、きれいな声で歌ったりしました。
 冬になると、ばらも枯れて、庭で遊べなくなりましたから、ふたりは家の中で遊びました。家の中では、だんろのそばで、おばあさんが本を読んでくれたり、お話をしてくれたりしました。おばあさんのお話は、むかし、イエス様がおこなったやさしいことの話とか、女の子が賢い知恵で悪い小人をやっつける話だとか、ターバンをまいた異国の王子が魔法の絨毯にのってお姫様を助けたりする話で、ふたりはいつも、目をきらきらさせて耳を傾けていました。
 お話は、ふたりの胸に染み込んで、心臓の奥に、やさしい心の庭を作っていきます。ふたりの心には、イエスさまのやさしい心とか、女の子の賢い知恵だとか、王子様の勇敢さだとかが、花の種のように植えられていって、まるで、屋根の上の花園のように、すてきな美しい庭が作られていくのでした。
 外には雪が降っていました。おばあさんのお話が終わったので、二人は、暖炉で温めた銅貨を窓にくっつけて、雪で凍った窓に小さなのぞき窓をつくり、外を見ました。白い雪が、小さな蜂の群れのように待っていました。
「寒いねえ。雪ばっかり降るね」
「雪って、白い蜂みたいに、とびまわっているのね」
 ふたりが話をしていると、後ろからおばあさんが言いました。
「蜂にも女王がいるように、雪にも女王がいるんだよ」
 それを聞いたカイとゲルダは、また楽しいお話が始まると思って、おばあさんの前に戻ってきました。おばあさんは、ちょっと声を低くして、怖い顔を作って、言いました。
「それはそれは、見れば心が解けるように美しい女なのだが、心は氷のように冷たいのだよ。心臓は雪で出来ていて、氷の玉座に座って、遠い北の国にひとりで住んでいるそうだよ」
「雪の女王って、こわいの?」とゲルダがききました。
「こわいもんか」とカイがちょっと震えながら言いました。
「こわいともさ」とおばあさんは言いました。「心の冷たい子供は、雪の女王にさらわれてしまうのさ。そして、永遠に、氷の城で、こき使われるんだよ」
「ああ、なら、ぼくはだいじょうぶだ。冷たい心じゃないもの」
「わたしは? わたしはだいじょうぶ?」
「うん、ゲルダもだいじょうぶだよ。だってゲルダは、ばらの庭で、真心の歌をぼくのために歌ってくれるもの」
「ああ、よかった」
 ふたりは、手をとりあって、安心しました。
 それはある夏の日のことです。カイとゲルダは、屋根の上のばらの庭で、おはなしごっこをして遊んでいました。兵隊の人形とお姫様の人形を使って、ターバンの王子さまが、鬼につかまったお姫さまを助けにいくお話ごっこをするのです。ゲルダがお姫さまの人形を薔薇の根元に隠し、カイは魔法の絨毯のかわりに、古い花瓶敷きの上に、兵隊の人形をおきました。
 そのときです。急にカイがうずくまって、目と胸をおさえてうめきました。
「あっ、なにか冷たいものが目に入ったよ。あっ、心臓にも何か痛いものが入ったみたいだよ」
「だいじょうぶ? カイ」
 カイがうずくまったまま、ふるえて痛そうにしているので、ゲルダは心配そうに、カイに近寄りました。
 カイの目と胸に入ったもの、それこそは、最初のお話に語った、悪魔の鏡のかけらでした。それが目にはいると、どんなすてきなものでもつまらないものに見え、いけないものはいっそう悪く見え、ものごとのあらばっかり目立って見えてしまうという、災いの種だったのです。
 災いのかけらは、しばし痛く暴れていましたが、そのうち、雪がとけていくように、カイの目と胸の中に溶けていきました。すると、カイの心は氷のように冷たくなりました。目を開けて外を見ると、夏の明るい日差しの風景が、何とも暗くてすさんでいて、とてもつまらないものに見えました。カイはゲルダを見て言いました。
「なんだ、ぼくもうつらくないよ。君ってちんくしゃだなあ。こげ茶色の髪に、こげ茶色の目なんて。鼻だって丸すぎるよ。ぼくを見てごらん。きれいな金髪だろう。青い目だろう」
 カイが、突然言い出したので、ゲルダはびっくりして、涙が出てしまいました。カイは次に、花園のばらたちを見て、言いました。
「やあ、なんていやなばらなんだ。虫が食っているよ。薄っぽくて変な色だ。形だってみっともない。こんなのはちぎって捨ててやろう」
 言うがはやいか、カイは本当に、ばらの花を次々にひねりちぎっていくのです。ゲルダはまたびっくりして、言いました。
「やめて、カイ、ばらがかわいそうよ」
「こんなとこにへんな人形が隠してあるよ。やあ、髪がひとふさ焼けて縮んでいるよ。知ってるぞ、君が失敗して、一度暖炉に落としてしまったんだ。こんなのがお姫さまだなんて、ばかみたいだ」
 そういうとカイは、お姫さまの人形をつかみ、屋根の下に投げ捨ててしまいました。するともう、ゲルダは耐えきれずに、大声をあげて泣き出してしまいました。すると、カイも少しびっくりして、言いました。
「お話ごっこなんてつまらないや。馬鹿みたいなお話のまねするだけだろう。何のためにもなりゃしないよ。そうだ、ぼくは算数の勉強をしよう。そうすれば、頭がよくて、立派な人になれる」
 そうしてカイは、泣いているゲルダを放っておいて、屋根裏部屋の窓から、自分の家に帰って行ったのです。
 その日から、カイは人が変わったようになりました。ゲルダがいっしょに遊ぼうといっても、算数の勉強をするからと、相手にもしてくれません。両親にも、ほかの人にも、なにかにつけ尊大で、偉そうなものの言い方をするようになりました。いつもお話しをしてくれるおばあさんのことなんか、ひどく馬鹿にして、そのメガネを取って、猿みたいにふざけて、おばあさんのものまねをしたりするのです。そうしたら、ほかの大人の人は、カイのものまねがとてもうまいので、おもしろがってはやし立てたりするのでした。
 カイは、他の人のものまねもとてもうまくしました。小間物屋の親父さんの、少し足を引きずったような歩き方を大げさにまねして、からかいました。学校の先生が、しきりに頭をかく癖をまねして、勉強の邪魔をしたりしました。でも人は、そんなカイを見て、ずいぶんと頭のいいやつだと、感心したりもしたのです。実際、カイはとても勉強がよくできました。特に算数と理科は得意でした。
「やあ、ゲルダ。まだ二けたの引き算で苦労しているのかい。ぼくときたら、分数の暗算はできるし、三角形の面積だって計算できるんだよ」
 ゲルダが宿題に苦労をしている時など、カイはからかいました。またカイは、ある冬の日、大きな虫めがねを持って来て、ゲルダに雪の結晶を見せたことがありました。
 虫メガネの大きな丸いレンズのむこうには、それはきれいな、六角形の、宝石のように透き通った結晶が見えました。カイは言いました。
「ごらん。きれいだろう。これはね、立派な算数の計算が支配しているから、こうなるのさ。完璧だろう。どこにも欠点なんてない。これにくらべたら、ばらの花なんて、形も色もばらばらに崩れていて、てんでだめなものだよ」
 カイにそんなことを言われると、ゲルダはばらの花が好きな自分が恥ずかしくなって、こげ茶色の髪や目も恥ずかしくなって、カイの目の前から消えてしまいたいと思うくらい、つらくなるのでした。
 さて、その日からしばらくたった、雪の降る日、カイは厚い手袋をして、綱とそりをもって、広場に行きました。広場には、たくさんの子供たちがそりを持って集まっていました。そり遊びは、子供たちの冬の楽しい遊びだったのです。
「ぼくはかしこいから、広場の方に出て遊んでもいいって、おかあさんが言ったんだ」
 広場では、子供たちの中でも、いたずらっ気のおっきなやつが、通り過ぎるお百姓さんの馬車の後ろに綱をひっかけて、上手に馬車と一緒にそりをすべらせて、はやしたてていました。カイも、おんなじことをやってやろうと、通り過ぎる馬車や大そりを眺めていました。
「あっ、あれなどおもしろいぞ。毛皮などきて、たいそうお金持ちのそりみたいだ。ぼくの小さなそりをつけて、からかってやれ」
 カイは一台の馬にひかせた大きなそりを見つけて、言いました。そのそりには、白い毛皮を着た人が乗っていて、広場を二回ほど回りました。二回目に、自分の前に大そりが来た時、カイは走って首尾よく後ろにとびついて、綱をひっかけました。そしてその大そりにそりを引っ張らせて、「へーえい!」と歓声をあげました。
 大そりに乗った人は対して驚かず、広場をもう一度回ったと思うと、表の大通りに出て行きました。そしてそのまま、雪の降る大空の中へ飛び出していくのです。
 カイは、はっとしました。あわてて、そりの綱を離そうとしましたが、それはもうしっかり凍り付いていて、解くことができなくなっていました。下を見ると、いっぺんに町は小さくなっていました。カイが青くなって、大そりに乗っている人を見ました。するとその人はゆっくりとカイを振り向いて、まるでカイのことをよく知っているかとでも言うように、にっこりと笑い掛けました。
「ぼうや、こっちにいらっしゃい。わたしのそりにのせてあげよう」
 そういうとその人は、傍らの下僕に馬の手綱を任せて、そりの上にゆっくりと立ったのです。カイはびっくりしました。
 雪が、白い蜂のように、その人の周りを飛び回っていました。その人は、見ると心が溶けてくるような、美しい若い女の人の姿をしていました。銀の髪は透き通るようで、瞳は青い星を空からとってきて、凍らせて顔に張り付けてあるようでした。白い雪を織りあげたような美しい紗の着物を着ていて、頭には、透き通った氷のようなダイヤを幾つも飾り付けた、きれいな冠をかぶっていました。透けるような白い毛皮のローブもまとっていました。
 ああ、雪の女王だ、とカイはしびれるように思いました。そのとたん、全身を凍りつくような寒さに拭われました。心の冷たいものを迎えに来るという、雪の女王が、ぼくを迎えに来たのだ。
 女の人は、そんなカイの心がわかったのか、もう一度にこりとわらい、言いました。
「寒いのだね。さあ、わたしのところにきて、この白い蛇の毛皮の中におはいり」
 蛇に毛皮などあるものかな、などと思いながらも、カイは吸い込まれるように、雪の女王のローブの中に入って行きました。でもそこは、暖かくもなんともなく、かえって霜に包まれていくかのようで、カイは一層こごえました。
「かわいそうに、寒いのだね」
 雪の女王はそういうと、カイを抱き、カイに頬ずりをし、カイに小さく口づけをしました。するともう、カイの心も、氷のかけらのように冷たくなってしまって、寒いのも平気になり、かえって暖かく感じるようになりました。
「さあ、わたしの城においで。おまえの冷たい心と、遊んであげよう」
 カイは眠るように、雪の女王の腕の中で目を閉じました。女王はゆっくりとそりにすわり、カイを傍らに座らせ、もう一度手綱を受け取りました。大そりは一直線に、北の空を目指して飛んでいきます。雪嵐がごうごうなりました。どこからか狼の遠吠えが聞こえます。
 このようにして、カイは、雪の女王とともに、行ってしまったのです。
 



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