世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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雪の女王の物語・3

2014-03-30 03:39:39 | 夢幻詩語
3 花園の魔女

 カイがいなくなったので、家族の人や町の人は、カイを探し回りました。最後に見た人の話では、カイは大きな外国の人のそりに自分のそりをつなげて、そのそりとともに行ってしまったというのです。それで人々は、カイはさらわれて外国に連れていかれたのだと思い、警察にたのんでカイを探し回りました。でもカイは見つかりませんでした。
 しまいに、町の横にある川のところで、カイによく似た子どもを見かけたという人が出て来たので、カイは川におぼれてしまったのだということになりました。
 みんな、かわいそうなカイのために泣きました。お父さんとお母さんは、目も溶けるかと思うくらい涙を流しました。ゲルダも泣きました。もう永遠にカイと遊べなくなったかと思うと、つらくてしょうがありませんでした。あんなに明るい色をした髪の、かわいい友達が、どんなに好きだったか、ゲルダはカイがいなくなって初めてわかったのです。
 その冬は、みなカイのために陰気な心で過ごしました。とても寒い冬でした。
 しかし冬も、いつかは終わります。季節は巡り、春が来ました。屋根の上の花園にばらが咲き始めたころ、ゲルダは屋根裏部屋の窓から花園に降りて、言いました。
「ああ、もうここで、カイとお話ごっこをして遊べないのね」
 すると、咲き始めた薔薇がほころんで、ゲルダに何かを言いました。ゲルダはびっくりしました。ばらの言うことが、わかったからです。
「カイちゃんは、死んではいませんよ」
「えっ、それはほんとう?」
「ええ、ほんとうですとも」
「では、カイはどこにいるの?」
 ゲルダがきくと、ばらはいやいやをするように首を振り、そのままだまってしまいました。そこでゲルダは、花園に来たスズメに、尋ねてみました。
「カイが死んでないって本当かしら?」
「本当ですとも」とスズメも言いました。
「では、どこに行ったか知っている?」
 ゲルダが聞くと、スズメも何か言いにくいことを隠しているかのようによそを向いて、ちょんちょんとそこらを歩いたかと思うと、すぐに飛び立っていってしまいました。
「カイはどこに行ったのかしら? 死んでいないって、本当かしら?」
 そう思うと、ゲルダはいてもたってもいられなくなりました。
「そうだ、川にいって、川にきいてみましょう。カイは川に乗って、どこかにさらわれてしまったのかもしれないわ」
 そこでゲルダは家に戻り、まだはいたことのない一番新しい赤い靴をはいて、外に出ました。そして、町の横の川の方に行きました。
 川は春の日差しを浴びてゆったりと流れていました。
「川さん、川さん、カイはどこにいるの? カイを返してちょうだい。この新しい赤い靴をあげるから」
 そういうとゲルダは、新しい靴をぬいで、川に放り投げたのです。でも、靴はすぐに流れに乗って、ゲルダのもとに戻ってきました。なぜなら、川はカイをさらっていなかったので、そんなものをもらうわけにはいかなかったのです。でもゲルダは、靴を遠くに投げられなかったのが原因だと考えました。そこでもっと遠くに投げようと、近くに結わいつけられてあった小さな木の小船に乗り、もう一度靴を投げました。
 その拍子に、岸につなげてあったもやい綱がふとはずれて、小船は川に流れだしてしまいました。ゲルダはびっくりしました。あわてて岸に戻ろうとしましたが、船は川に乗ってあれよあれよという間に流れ出してしまいました。助けを呼ぼうにも、岸には誰の姿もありません。ゲルダは途方にくれましたが、あまりあわてて泣き叫ぶのもみっともないと思い、しばらく船に乗って流されていることにしました。
 船から眺める川の眺めは素敵なものでした。川岸の野原に咲く花々は、青や赤や黄色や白やのとても素敵な色でゲルダに語りかけてきました。花々の香りに酔う虫たちの悦びも聞こえてきました。小鳥は空に溶けているかのように姿は見えないのに、美しい声だけは滴のように繰り返ししたたり落ちてきます。まるで熱い光が落ちて来ているようだとゲルダは思いました。船はどんどん流れていきます。ゲルダは、靴をはかないで、くつしたのまま、小舟に立って、風景を眺めていました。
 やがて岸には、きれいなさくらやばらやゆりやたくさんのあでやかな花が咲き乱れる花園になりました。岸辺には小さな庭のある風変わりな茅葺の家が建っていました。何だろうと思って、ゲルダが思わず身を乗り出した時、おばあさんの声が聞こえました。
「まあおまえ、なんでそんな船に乗ってこんなところまで流されてきたんだい」
 見ると、撞木杖をもって、あざやかな花模様の夏帽子をかぶったおばあさんが岸辺に立って、驚いた眼でゲルダを見ているのです。おばあさんは、川にざぶざぶと入ってきて、撞木杖で船をひきよせてくれました。そして、ゲルダを船から下ろして、ゲルダに「なんでそんなことになったのだい」とききました。そこでゲルダはカイがいなくなってからこれまでのことを、すっかりおばあさんに話したのです。
「ああ、そうだったのかい。だが、この川でこの冬に子供が溺れたなどという話は聞かないよ。まあ、カイがどこにいるかわかったら、教えてあげよう」そう言っておばあさんは、ゲルダを家の中に入れてくれたのです。
 おばあさんの家には、不思議な色ガラスをはめ込んだ窓がありました。光はそこから差しこんで、家の中を不思議な光で照らしました。部屋の真ん中のテーブルには、サクランボの実を山ほど載せた皿がおいてあって、おばあさんがそれは好きなだけ食べていいと言ったので、ゲルダは喜んでそれを食べました。
 おばあさんは、家の戸に鍵をかけると、ふところからきれいな金の櫛をとりだして、うっとりとしながら、ゲルダの髪を梳きだしました。
「なんてかわいい娘なんだろう」とおばあさんがいうので、ゲルダは少し恥ずかしくなって言いました。
「こげ茶色の髪はいけないの。みっともなくて、ちんくしゃだから。金の髪のほうがいいの」
「何を言うんだろう。こんなきれいな髪があるものか。だれがみっともないなんていったのだい。おまえはこんな髪だからきれいなんだよ。なぜならおまえは、日陰でりんと咲いているすみれのような心をしているからさ」
 おばあさんにそんなことを言われると、ゲルダはもっと恥ずかしくなって、サクランボを食べているのが恥ずかしくなって、うつむいてしまいました。
「なんてかわいいんだろう。いいものをもらったよ」とおばあさんは言いました。
 おばあさんに髪を櫛とかれているうちに、ゲルダはだんだんとカイのことを忘れてしまいました。というのも、このおばあさんは魔女で、ゲルダに魔法をかけたのです。でも悪いことをする魔女なのではなくて、ただ、ゲルダのようなかわいい娘が欲しくて、手元に置きたかっただけなのでした。
 そこで魔女は庭に出ると、花園の中に咲いているばらというばらに、杖をふれて、それらを消してしまいました。ばらは魔法の杖に触れられると、びっくりしたように震えて、いっぺんに土にとけて消えてしまいました。おばあさんは、ゲルダがばらを見て、家の花園のことを思い出し、カイのことを思い出すといけないと思ったのです。
 それから、ゲルダは庭の花園に案内されました。そこはまた、すばらしいところでした。つゆくさやあさがおやひなぎきょうやまつゆきそうやさくら、れんぎょう、ゆきやなぎ、花という花が、季節を問わず咲いていました。あんまりにみごとなので、ゲルダはしばらく声を飲んで花園を眺めていました。
「ここで好きなだけ遊んでいいんだよ」と魔女のおばあさんは言いました。するとゲルダは大喜びで、花園に飛び込んで行きました。花々に囲まれて、ゲルダはお日さまが隠れてしまうまで、ひとりで遊びました。遊び疲れて家に帰ると、おばあさんは不思議な蘭の香りのするお茶と、美しいひときれのすみれパンを食べさしてくれました。そして、お姫さまが眠るような、宝石のような赤いクッションのある寝床で、暖かくして眠らせてくれました。
 このようにして、何日も何日もが、過ぎました。ゲルダは毎日が楽しくてしょうがありませんでした。花園の花たちは賑やかに歌ってくれて、ゲルダと一緒に遊んでくれました。でも、こんなにもたくさん花が咲いているのに、ゲルダは何かが足りないと感じていました。
「なにかしら?」とゲルダは首をかしげました。そしてある日ゲルダは、おばあさんが何げなく庭においてあった夏帽子を何げなく眺めていました。それはたくさんの花々を描いたそれは素敵な帽子でしたが、中でもいちばん美しいのは、ばらの花でした。ゲルダはやっと気づきました。
「ああ、この庭には、ばらの花がないんだわ」
 ああ、なんてことでしょう。おばあさんは、庭のばらの花はみんな消したのに、自分の帽子のばらは、消し忘れていたのです。ゲルダは、帽子のばらをみて、花園の中をめぐりましたが、一本もばらの花をみつけることはできません。ゲルダはなんだか胸が痛くなって、大事なことを忘れているような気がしてきて、とても悲しくなって、涙を落としました。すると、涙の落ちた地面から、土の中に抑え込まれていたばらがいっぺんにもりあがってきて、大きなばらの木になって、それはすてきなばらの花をいっぱいつけて、咲いたのです。ゲルダはびっくりしました。そして、自分のうちの庭のばらのことを思い出し、カイのことも思い出しました。
「なんてことでしょう。わたし、カイをさがしにいかなくちゃならないんだったわ。カイ、どこにいるんでしょう。あなたは何も知らない?」
 ゲルダはほろほろ泣きながら、ばらに尋ねました。するとばらはいいました。
「どこにいるかはしりません。でも死んではいませんよ。わたしは土の中に溶けている間、死んでいる人がいる国にいましたけれど、そこでカイは見かけませんでしたよ」
「そうなの? ありがとう」とゲルダは言いました。ゲルダは、ほかの花にも、カイがどこにいるか知らないかと聞いてみました。けれども、おにゆりもあさがおもまつゆきそうもひなぎきょうも、みんな知らないと言いました。ただ、たんぽぽは言いました。
「わたしは、カイがどこにいるかはわからないけれど、あなたのこころが、金色で暖かくて、美しいことはわかりますわ。わたしは、その、あなたのあたたかい金の心を、わたしの光で強めてあげましょう。そうすれば、あなたは、どんなことがあっても、やさしい心で耐え抜いて、カイを見つけることができるでしょう」
 すると、たんぽぽの金色の光が胸に飛び込んできて、ゲルダは胸の中に熱い光が満ちてくるように感じました。次に、きずいせんが言いました。
「わたしは、カイがどこにいるかは知らないけれど、あなたの心の中にいる、自分の強さはわかりますよ。だからわたしは、わたしの色と光で、あなたの中の、真実の自分の光を、強めてあげましょう。そうすれば、あなたの美しいまことの光を見て、だれもがあなたを助けたくなってしまうでしょう」
 すると、きずいせんの光が目に染みてきて、ゲルダは自分がずっと大きくなってきたような気がしました。どんなことでもがんばって、やりぬいて、カイを見つけ出そうという心が、胸の真ん中で動かなくなりました。
「わたしたちはみな、カイの行方は知らないけれど、わたしたちのできることで、あなたをたすけてあげますよ」
 花々はみんな、言いました。ゲルダはただただ、ありがとうと言うしかできませんでした。なぜみんな、そんなに自分にやさしくしてくれるんだろう。わたしは花に何にもいいことはしていないのに。そんなことを尋ねたくなりましたが、その心は、小さな白いりんごの花が、そっと吹き消して、忘れさせてしまいました。
 そしてゲルダは、庭のはしっこまでかけていって、門の掛け金をあけました。その門の掛け金はさびていましたが、力を入れると、簡単に外れました。ゲルダは外に裸足のまま飛び出しました。だれも追いかけてはきませんでした。ゲルダはどんどん走って行きました。そしていつしか、周りを見ると、風景は、夏を過ぎて、秋になっていました。
「なんてことでしょう。どれだけ道草をくってしまったのかしら。はやくカイを探しにいかなくては」
 そしてゲルダは、薄寒い灰色の冬の気配を帯び始めた秋の風景の中に、飛び込んで行ったのです。


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