醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  211号   聖海(白井一道)

2016-02-17 13:42:40 | 随筆・小説

  死刑について

侘助 刑事裁判は被害者のためにあるのか、それとも加害者のためにあるのか、どっちだと思う?
呑助 そりゃ、被害者の受けた被害を償うためにあるんじゃないですかね。心情的にもね。
侘助 裁判によって被害者の受けた損害が償われるのかというと実際はそうでもないようだよ。
呑助 そうなんですか。
侘助 「犯罪被害者等基本法」という犯罪被害者を救済する法律ができたのは2004年の事だからね。犯罪被害者は被害を受けたら、そのままというのが実際だったからね。
呑助 犯罪被害者は裁判で救済されることは何もないんですか。
侘助 何もない。
呑助 裁判というのは、誰のためにあるんですか。
侘助 国のためにあるようだよ。
呑助 国のためにですか?
侘助 昨日ね、ネットで「望むのは死刑ですか、考え悩む“世論”ドキュメント映画を作った長塚洋さんという映画作家と犯罪被害者、裁判員経験者によるトークセッションを見たんだ。
呑助 死刑制度の是非を巡る議論ですか。
侘助 実の弟を殺された兄が発言していた。「私の弟を殺した者は死刑になったが、私にとってはその刑罰によって何も解決していない」と。
呑助 死刑の執行によって何かが解決したのは国の方ですか。
侘助 国は国民を安心して生活させる義務がある。この義務を遂行したのが死刑の執行ということのようだ。
呑助 どうして、そうなるんですか。
侘助 安心安全の社会に傷をつける行為が犯罪じゃないのかな。傷つけられた社会を回復し、安心安全な秩序ある国家を維持する。このことを刑事裁判と言うみたいだ。
呑助 刑事裁判の被告とは国の被告ということですか。
侘助 そうなんだ。被告とは被害者の被告ではなく、国にとっての被告なんだ。だから償いを受けるのは国家であって、被害者ではないようなんだ。
呑助 だからなんですか。犯罪被害者救援は刑事裁判とは関係ないということですか。
侘助 でも、もっと被害者の立場を考えてもらいたいと思うね。
呑助 犯罪被害者にとっての解決とは何ですかね。
侘助 それは深い深い謝罪を加害者にしてもらうことなんじゃないかな。
呑助 なるほどね。
侘助 加害者が死刑囚の場合、被害者は事件を世間から忘れてもらいたくない。いつまでも記憶にとどめてもらいたい。謝罪と償いをしたもらいたい。それでも解決にはならないだろうけれどね。
呑助 被害者の知らないところで加害者の死刑が執行されたら、被害者にとっては本当に何の解決にもならないですね。
侘助 そうだよ。いつ身内が被害を受けた裁判が行われるのか、裁判所から被害者に連絡があるわけじゃないみたいだからね。
呑助 死刑の執行がいつなのか、もちろん連絡はないんでしようからね。
侘助 死刑は国の秩序維持のために執行される。話は変わるけれども自殺は犯罪だと思うかい?
呑助 自殺犯罪ですかね?
侘助 自殺は犯罪だよ。だって殺人だからね。ただ加害者が自分で被害者が自分自身だというだけの話だよ。
呑助 なるほど、自殺は殺人ですか。
侘助 自分でさえ、自分を殺すことができない。これが個人の尊重ということのようなんだ。だから誰でも人を殺すことはできない。個人の尊厳を守る以上、国家といえども人を殺すことはできないと主張した人にチェーザレ・ベッカリーアという十八世紀に生きたイタリア人がいる。イタリアの啓蒙思想家の一人のようなんだけれども、「犯罪と刑罰」という著作を十八世紀に著しているんだ。その著作の中で死刑廃止論を唱えている。死刑制度の存続は国民を殺す権限を国は持っているということを表明している。

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