既にラストラインのシリーズ第6弾として『灰色の階段 ラストライン0』が今年3月に刊行されている。この警察小説シリーズを読み継いで行くことにした。第1作『ラストライン』は、「週刊文春」(2017年8月17・24日夏の特大号~2018年6月7日号)に連載され、2018年11月に文庫本が刊行された。はや5年前になる。
ストーリーは、定年まであと10年のベテラン刑事、岩倉剛警部補が、島嶼部を除き東京都内で一番南にある南大田署に赴任した日から始まる。この冒頭部にまず興味を引く記述がある。
「自分なりに仕事をこなして、基本的には大人しくしているつもりだった」(p9)
「『追っ手』を逃れて、東京最南端-いや、二番目に南にある所轄を希望して異動してきたのだから、とにかく靜かに、目立たぬように仕事をこなしていくつもりだった」(p9)
「実際、この署は暇なはずである。・・・・それでいい。これからの数年は、自分の人生の後半生をどうするか決めるための準備期間でもあるのだ。そのためにじっくり考える時間が必要ーそれに、私生活でも整理しておかねばならないことがある」(p9-10)
「追っ手」とは何のこと? この「つもり」という意識は、それまでの刑事活動の裏返しの意味なのか? 私生活の整理? さりげなくまず読者に関心を抱かせる。
読み始めると早々に岩倉剛に絡むいくつかの背景情報がわかり始める。岩倉は警部補になってからは昇任試験に興味を失った。赴任した南大田署の刑事課長安原康介は、岩倉が警視庁捜査一課に所属したときの後輩。岩倉は別居中であり娘が居る。南大田署刑事課への異動に伴い、岩倉は署からほど近い東急池上線蓮沼駅近くの小さなマンションに移転した。舞台女優をめざしている赤沢実里と交際している。・・・・・岩倉の人物像をイメージできはじめる。
赴任当日、岩倉は許可を得て一人管内巡視に出る。午後4時、署に戻ろうとしていたときスマートフォンに連絡が入る。岩倉の隣席になる新任刑事伊東彩香からの連絡だった。萩中で殺し発生。岩倉は現場に直行し、彩香と現地で合流することに。
ここで一つ明らかになる。「岩倉が行く先々で事件が起きる」「つき」を持つ刑事、「事件の神様に好かれた人間」と周りからみなされてきた刑事だったということ。大人しく、目立たぬように・・・・は最初から崩れることに。読者にとっては、期待がふくらむ。
マンション2階の204号室で、男が顔を確認できないほど殴られて死亡した。被害者は部屋の住人、三原康夫と推定される。寝室にあった免許証から70歳、管理人の証言から12年前に持ち家として購入。第一発見者は宅配の配送員。と言う点がわかる。
特捜本部が立つ。最初の捜査会議の席で、本部の水谷刑事が玄関の鍵をこじ開けた手口から、常習の窃盗犯で今は出所している宮本卓也のやり口に似ていると発言した。当面捜査の方向性は、宮本の所在確認と近所の聞き込み捜査、防犯カメラのチェックとなる。事件の翌日、被害者は三原康夫と断定された。身元確認ができたことで、通常の捜査が始まる。
宮本卓也の所在を見つけ、容疑者として署に引っ張り、水谷刑事が取り調べを始めるが、その進展は難航する。
一方、岩倉は新聞販売店での聞き込み捜査から、三原康夫の行動について店主が電話で怒られたという思わぬ証言を得る。その情報は、三原が少なくともどの時点まで生きていたかを裏付けた。三原の周辺捜査が重要になっていく。
そんな矢先に、110番通報を受けて地域課から刑事課に連絡があり、新聞記者の自殺という事実を彩香が受けた。嫌な予感がした岩倉は安原に報告し、指示を受けて、彩香を伴い自殺現場の検分に行くことになる。自殺したのは日本新報社会部の松宮真治記者、28歳で、彼は二方面の警察回りを担当していた。この事件に日本新報の警視庁キャップ、峰が広報にしないお願いという形でまず絡んで来た。現場を検分した岩倉は、不審な点は見つからず自殺と判断する。だが、動機が腑に落ちず、どうも引っかかりを感じるという。警視庁キャップ峰の接触のやり方にも違和感を感じる。峰は安原課長を無視し、署長に面会を求める行動にも出ていた。安原の承諾を得て、岩倉は一旦、特捜本部を離れ、松宮真治の自殺の動機に関連した捜査を彩香とともに始める。勿論ここから岩倉の捜査活動に比重を移した展開となって行く。
読者としてはちょっとはぐらかされた感じを受けるとともに、松宮の自殺が三原殺害と関係していくのかどうかという関心に引きこまれていくことになる。被害者三原並びに容疑者宮本の周辺捜査の継続。松宮の自殺動機の周辺捜査。この両者がパラレルに進行していくことに・・・。
三原の周辺捜査は三原の過去を明らかにしてきた。過去の勤務先が判明したのだ。一方、松宮の両親への事情聴取から岩倉は新たな捜査の切り口を見い出した。岩倉と彩香は特捜本部で新たな担当を割り振られる。そして、遂に、岩倉はミッシング・リンク(missing kink) が何かに気づく。それが意外な方向へと捜査を進展させていくことに・・・・。
このストーリーの特徴をいくつかあげておきたい。
1.少しずつ、岩倉という刑事の素性、周辺情報が織り込まれていき、岩倉のプロフィールが読者の頭脳に蓄積されていく。岩倉を具体的にイメージ形成するステージとなっている。勿論、「追っ手」が何者かもはっきりとしてくる。
2.岩倉は同時点で南大田署に赴任した新任刑事伊東彩香を相棒として捜査するよう安原課長の指示を受ける。この相棒の確定は、岩倉が彩香の教育係とならざるを得ないという立場を意味する。岩倉が彩香を刑事として鍛えあげるための教育をどのように行って行くかという興味を読者に与える。いわゆるオン・ザ・ジョブ・トレーニングの側面がストーリーの中に織り込まれていく。この細部に渡る教育指導の側面がおもしろい。
3.捜査一課では後輩だった安原が、今では南大田署の刑事課長である。そこに赴任した岩倉が、警察組織における組織人として、どのように人間関係を構築していくのか。それは、警察の昇進試験をベースとする昇進システムを基盤とした警察組織運営の側面を織り込むことになる。警察組織の運営に目をむける面白さを引き出す。
4.足でかせぐ捜査による事実の積み上げと論理的な筋読みという捜査活動の本筋が描き出されていくことがやはり読ませどころとなる。捜査の王道が如何に描き込まれていくか。その面白さ。そこに現れる意外性が読者を引き付けるのだろう。
5.岩倉の別居は離婚を想定している。岩倉は実里と交際を始めている。岩倉の私生活の事情がどのように進展するのか。娘と岩倉の距離感はどうなるのか。このストーリーの底流になるサブストーリーが始まった。今後の展開が気になる。
このラストライン・シリーズが現在までどのように展開してきているのか、追いかけていくのが楽しみである。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『共謀捜査』 集英社文庫
『凍結捜査』 集英社文庫
『献心 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『闇夜 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 26冊
ストーリーは、定年まであと10年のベテラン刑事、岩倉剛警部補が、島嶼部を除き東京都内で一番南にある南大田署に赴任した日から始まる。この冒頭部にまず興味を引く記述がある。
「自分なりに仕事をこなして、基本的には大人しくしているつもりだった」(p9)
「『追っ手』を逃れて、東京最南端-いや、二番目に南にある所轄を希望して異動してきたのだから、とにかく靜かに、目立たぬように仕事をこなしていくつもりだった」(p9)
「実際、この署は暇なはずである。・・・・それでいい。これからの数年は、自分の人生の後半生をどうするか決めるための準備期間でもあるのだ。そのためにじっくり考える時間が必要ーそれに、私生活でも整理しておかねばならないことがある」(p9-10)
「追っ手」とは何のこと? この「つもり」という意識は、それまでの刑事活動の裏返しの意味なのか? 私生活の整理? さりげなくまず読者に関心を抱かせる。
読み始めると早々に岩倉剛に絡むいくつかの背景情報がわかり始める。岩倉は警部補になってからは昇任試験に興味を失った。赴任した南大田署の刑事課長安原康介は、岩倉が警視庁捜査一課に所属したときの後輩。岩倉は別居中であり娘が居る。南大田署刑事課への異動に伴い、岩倉は署からほど近い東急池上線蓮沼駅近くの小さなマンションに移転した。舞台女優をめざしている赤沢実里と交際している。・・・・・岩倉の人物像をイメージできはじめる。
赴任当日、岩倉は許可を得て一人管内巡視に出る。午後4時、署に戻ろうとしていたときスマートフォンに連絡が入る。岩倉の隣席になる新任刑事伊東彩香からの連絡だった。萩中で殺し発生。岩倉は現場に直行し、彩香と現地で合流することに。
ここで一つ明らかになる。「岩倉が行く先々で事件が起きる」「つき」を持つ刑事、「事件の神様に好かれた人間」と周りからみなされてきた刑事だったということ。大人しく、目立たぬように・・・・は最初から崩れることに。読者にとっては、期待がふくらむ。
マンション2階の204号室で、男が顔を確認できないほど殴られて死亡した。被害者は部屋の住人、三原康夫と推定される。寝室にあった免許証から70歳、管理人の証言から12年前に持ち家として購入。第一発見者は宅配の配送員。と言う点がわかる。
特捜本部が立つ。最初の捜査会議の席で、本部の水谷刑事が玄関の鍵をこじ開けた手口から、常習の窃盗犯で今は出所している宮本卓也のやり口に似ていると発言した。当面捜査の方向性は、宮本の所在確認と近所の聞き込み捜査、防犯カメラのチェックとなる。事件の翌日、被害者は三原康夫と断定された。身元確認ができたことで、通常の捜査が始まる。
宮本卓也の所在を見つけ、容疑者として署に引っ張り、水谷刑事が取り調べを始めるが、その進展は難航する。
一方、岩倉は新聞販売店での聞き込み捜査から、三原康夫の行動について店主が電話で怒られたという思わぬ証言を得る。その情報は、三原が少なくともどの時点まで生きていたかを裏付けた。三原の周辺捜査が重要になっていく。
そんな矢先に、110番通報を受けて地域課から刑事課に連絡があり、新聞記者の自殺という事実を彩香が受けた。嫌な予感がした岩倉は安原に報告し、指示を受けて、彩香を伴い自殺現場の検分に行くことになる。自殺したのは日本新報社会部の松宮真治記者、28歳で、彼は二方面の警察回りを担当していた。この事件に日本新報の警視庁キャップ、峰が広報にしないお願いという形でまず絡んで来た。現場を検分した岩倉は、不審な点は見つからず自殺と判断する。だが、動機が腑に落ちず、どうも引っかかりを感じるという。警視庁キャップ峰の接触のやり方にも違和感を感じる。峰は安原課長を無視し、署長に面会を求める行動にも出ていた。安原の承諾を得て、岩倉は一旦、特捜本部を離れ、松宮真治の自殺の動機に関連した捜査を彩香とともに始める。勿論ここから岩倉の捜査活動に比重を移した展開となって行く。
読者としてはちょっとはぐらかされた感じを受けるとともに、松宮の自殺が三原殺害と関係していくのかどうかという関心に引きこまれていくことになる。被害者三原並びに容疑者宮本の周辺捜査の継続。松宮の自殺動機の周辺捜査。この両者がパラレルに進行していくことに・・・。
三原の周辺捜査は三原の過去を明らかにしてきた。過去の勤務先が判明したのだ。一方、松宮の両親への事情聴取から岩倉は新たな捜査の切り口を見い出した。岩倉と彩香は特捜本部で新たな担当を割り振られる。そして、遂に、岩倉はミッシング・リンク(missing kink) が何かに気づく。それが意外な方向へと捜査を進展させていくことに・・・・。
このストーリーの特徴をいくつかあげておきたい。
1.少しずつ、岩倉という刑事の素性、周辺情報が織り込まれていき、岩倉のプロフィールが読者の頭脳に蓄積されていく。岩倉を具体的にイメージ形成するステージとなっている。勿論、「追っ手」が何者かもはっきりとしてくる。
2.岩倉は同時点で南大田署に赴任した新任刑事伊東彩香を相棒として捜査するよう安原課長の指示を受ける。この相棒の確定は、岩倉が彩香の教育係とならざるを得ないという立場を意味する。岩倉が彩香を刑事として鍛えあげるための教育をどのように行って行くかという興味を読者に与える。いわゆるオン・ザ・ジョブ・トレーニングの側面がストーリーの中に織り込まれていく。この細部に渡る教育指導の側面がおもしろい。
3.捜査一課では後輩だった安原が、今では南大田署の刑事課長である。そこに赴任した岩倉が、警察組織における組織人として、どのように人間関係を構築していくのか。それは、警察の昇進試験をベースとする昇進システムを基盤とした警察組織運営の側面を織り込むことになる。警察組織の運営に目をむける面白さを引き出す。
4.足でかせぐ捜査による事実の積み上げと論理的な筋読みという捜査活動の本筋が描き出されていくことがやはり読ませどころとなる。捜査の王道が如何に描き込まれていくか。その面白さ。そこに現れる意外性が読者を引き付けるのだろう。
5.岩倉の別居は離婚を想定している。岩倉は実里と交際を始めている。岩倉の私生活の事情がどのように進展するのか。娘と岩倉の距離感はどうなるのか。このストーリーの底流になるサブストーリーが始まった。今後の展開が気になる。
このラストライン・シリーズが現在までどのように展開してきているのか、追いかけていくのが楽しみである。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『共謀捜査』 集英社文庫
『凍結捜査』 集英社文庫
『献心 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『闇夜 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『牽制 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『遮断 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『波紋 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
『裂壊 警視庁失踪課・高城賢吾』 中公文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 26冊