珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

自分次第を考える4

2018-11-25 | 日記
子ども番組をつけていると、教育教材や塾や家庭教師のコマーシャルがガンガン流れてくる。
オーディションで選ばれた頭のよさそうな子役が目をキラキラさせて「できた!!」と叫ぶそれを、嘘つけ!!とツッコむ冷めた母( ;∀;)

いやいや嘘じゃないんだけど、それらは確かにお金をかけて研究されてるんだけど、それはあくまで子どもが興味を持っていれば。

自分で気づくしかない、とはよく言ったものと思う。
大人でも子どもでも、自分で興味を持たないうちは何を言っても無駄であり、カリスマと呼ばれる人たちも、興味のない人の前ではただの人。

逆に興味があれば、どんな乏しい資料からでも、どんな駄文からでも、隈なく頭に入ってくる。
そう「隈なく」

ついでにイジワルをいうと、騙されやすいというか、乗せられやすく、操られやすいのもこういう時かなと思う。

私が或る情報に興味をもって、夢中でネット記事を読んでいた時。
紛れもない事実に著者の感情的な偏見が混じっていても、それには全く気がつかず、気にもせずに、すべてを「公平な事実」と納得してしまった。

気がつくまで入らないが、気がついて隈なくスイスイ頭に入る時も注意かもしれない。
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閑話休題(レモンさん)【フル】back number/オールドファッション mp3

2018-11-25 | 閑話休題
【フル】back number/オールドファッション mp3



毎週楽しみにしている「大恋愛」の主題歌
サキコロさんじゃないけど、キュンキュンしてみています。
34才で若年性アルツハイマー型認知症になった女性が主人公。
その夫であるシンジの台詞。
「絶望の淵にいても、希望が見える瞬間があるんだ」
今の私には深く響き心に染みました。
人からみたら絶望の淵にいるように見えたとしても、その人の中には希望が見えているかもしれない。
そんな事は他人にはわからない事だし、簡単にジャッジしてほしくない。

私もSに対してはアンチであるし、あの組織を肯定はしていない。
叩きたい人は叩けばいいと思うし、そうする事で救われたり、前を歩いていけるのなら、思う存分アンチとして叩けばいいと思っています。
その人にとっては、それも意味のあるものでしょう。
それが一生続く人もいれば、一定期間で終わる人もいる、その違いなのかな?と思っています。

ただ、私が一人の人間としてアンチもシンパも関係なく嫌いなのが「学会員で誰一人幸せになった人はいない」という決めつけ。
そんな事は絶対にない。
幸せになった人もいるし、成功した人もいるし、思い通りの人生を歩んだ人もいる。
例え、S会員として歩んだ人生であったとしても。

人様の人生の査定を他人がするなんて、なんて愚かな事なんだろうと思っている。
それは、活動家だった頃も同じ。
「退転者の人生は悲惨」という言葉は、最も嫌いな言葉だった。

他人の人生の一瞬だけを見て「あの人は不幸そう」「あの人の家庭は幸せに見えない」なんて、どれほど心が貧しい生き方なんだろうか。
どんな人にも輝く幸せな瞬間があったはずだし、それはS会員だって同じ。
例え、他人にはそう見えなかったとしても。

かつて良かれと思ってやってきた活動のあれこれ。
反省することもあるけれど、悪意をもって誰かを貶めようとしてきた事ではない。
幸せになりたい、幸せにしたいという気持ちから。
純粋に信じていたって事ですね。
そこを責めて一体何になるんだろう。

ルフランさん。
ファイト^^
浮上を待っている方々が沢山いることをお忘れなく!

ゼロさん、お久しぶりです。
インフル、今の時期に珍しいですね。
お孫ちゃんや年配のご両親にうつらないといいですね。





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タバコの話

2018-11-25 | 日記
急激に衰退して、昨今激しく撲滅を迫られているものの一つに喫煙がある。
非喫煙者が禁煙者に向ける憎悪はすさまじい。
分煙されても、アンチからは喫煙場所は、さながらうさんくさい宗教施設のように見られている。
「元喫煙者」は「未だ喫煙者」に、一日も早く覚醒して、そこから足を洗ってほしいと願っている。

 一時期はつらかったけど、乗り越えれば幸せだよとか。(どっかで聞いたせりふだなあ( ;∀;)


ある時、知り合いからクレーンゲームで取ったらしい、深さのある大きな四角いブリキの缶に入ったお菓子を頂いた。
「あ!これこれ!!」
私はお菓子ではなくて、その缶に感激した。
缶がパイプの台に乗せる灰皿にピッタリだったからである。

私は仕事柄、道端や駐車場に捨てられている吸い殻を一本一本捨てている。
灰皿などその辺にあるわけじゃないので、ついついポイ捨てしてしまうのだと思う。

その灰皿を、あるショップ横の駐車場に設置したら、皆がきちんとそこに捨ててくれるようになった。
それだけじゃなくて、そこが一息つける憩いの場所になったようだった。

そこで幸せそうに一服する人たちを見ながら掃除するのは、私は嫌じゃない。

清掃であと私を悩ませるのは、カラスである。
ゴミを荒らしたり階段を汚されると仕事が増えるが、言い聞かせてどうなる相手じゃない。
クモの巣を払っている私がいうのもなんだけど、カラスだって撲滅させたらいけないんだと思う。
(夫いわく、撲滅させていいものなど何もないそうだが)

これも工夫してそれなりに楽しくやっている。

たいていのものとは、なんとか共存できないものか。
威張れるほどではないが、今年「ほんのちょっとだけ」考えたテーマである。
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