スポーツ選手がホームとアウェイで試合をするのは全然違うというけど、これネットの書き込みもそうなのである。
いやどこで書こうと自分の意見そのものが変わるわけじゃないんだけど、なんせ周りの意見が全部真反対。
その中へ「こんちは~」と入って、当然擁護や賛同なんか来るはずもないところで、刺すような冷ややかな視線に耐えながら、一生懸命書くメンタルが必要である。
でもこれはいい面もあると私は思っている。
何故なら人は同じ意見をホームかアウェイか、つまり仲間と言う陰口と、一人で本人を目の前にして言うのとでは言葉選びも全然違ってくるからである。
たいていの人は、わかってくれるお仲間がいっぱいのところでワイワイと「敵」の批判を書くのがネットではありがち。
その方が気楽で簡単だもんね。
でもそうすると、どうしてもタガがはずれてユルユルになるというか、批判がただのワルグチになるというか、客観性も低下して暴走するんだよね。
そういうわけで、今日はモロ「アウェイ」に書きにいったら(正直、あまりにも頭にきたので(笑))、やはりそこは「いくら何でも言い過ぎでしょう」という、作り話やら妄想やら決めつけやらの悪口三昧だった。
そこで一生懸命言葉を選んでも、やはりリアクションは冷ややかだわ、ヤジは飛ぶわ、当然反論はくらうわ( ̄▽ ̄;)
でもまあ、そんなのも笑えるようになったネット8年目である。
いやどこで書こうと自分の意見そのものが変わるわけじゃないんだけど、なんせ周りの意見が全部真反対。
その中へ「こんちは~」と入って、当然擁護や賛同なんか来るはずもないところで、刺すような冷ややかな視線に耐えながら、一生懸命書くメンタルが必要である。
でもこれはいい面もあると私は思っている。
何故なら人は同じ意見をホームかアウェイか、つまり仲間と言う陰口と、一人で本人を目の前にして言うのとでは言葉選びも全然違ってくるからである。
たいていの人は、わかってくれるお仲間がいっぱいのところでワイワイと「敵」の批判を書くのがネットではありがち。
その方が気楽で簡単だもんね。
でもそうすると、どうしてもタガがはずれてユルユルになるというか、批判がただのワルグチになるというか、客観性も低下して暴走するんだよね。
そういうわけで、今日はモロ「アウェイ」に書きにいったら(正直、あまりにも頭にきたので(笑))、やはりそこは「いくら何でも言い過ぎでしょう」という、作り話やら妄想やら決めつけやらの悪口三昧だった。
そこで一生懸命言葉を選んでも、やはりリアクションは冷ややかだわ、ヤジは飛ぶわ、当然反論はくらうわ( ̄▽ ̄;)
でもまあ、そんなのも笑えるようになったネット8年目である。