言わずと知れた瀬戸内寂聴と井上光晴、その妻の特別な関係を、井上光晴の娘で作家の井上荒野が書いた1冊。
どうしてこうもモテるの?と疑問すらわいてくる、主人公の作家(井上光晴が勿論モデル)を取り巻く女たちの話。
一度サッと読み『まあ、大変な男だな-、でもこういうタイプ居たいた!』と、昔を思い出したりもした。妻と愛人が仲良くする?仲良くできるプロセスは不自然なものがなく、それは作者の筆の冴えで、主人公の愛人(瀬戸内寂聴)の人間的魅力がこころ尽くして描かれているからなのだろう。
二度目に少し、じっくり読み終えて、私は思いがけず泣いた。
俯瞰で見たらコミカルと思えるこの男性作家は、なんでこれほど女性を求め続けるのか、その生い立ちから段々解き明かされてくる。
二度目を読み終わって、自分の涙の意味を探していた。後半、三人は一人づつ、病に侵され亡くなっていく。「敵」と思いつつ心通わしていく、女同士の葛藤と一人の男を通しての連帯感。立ち切ってしまえば楽になる筈・・・と思うのだが、三人はどこまでも「熱」を持ち続ける。
どんなに強く人を愛しても、人を恋しても、惰性で夫婦の生活を送っている人にも、または、人を愛した記憶を持たない人にも死が平等に与えられるものだという事実を、私は改めて思い知らされた。
私の涙は何だったのか?人は傷つくことを恐れ、出来る事なら穏やかな人生を歩きたいと思うだろう。「雷に打たれたような恋」と寂聴さんは語っていたという。さてどれだけの人が、雷に打たれ、その熱を持ち続けることが出来るのか?3三人が同じ墓地に眠っている事実に、また驚かされる。
結局、私の涙の意味は判からないままでした。人間の業、美しい業、人を愛した記憶は死への旅立ちのその時、自分を納得させる心強いパスポ-トになるのでしょう。
「あちらにいる鬼」 井上荒野 朝日文庫 ¥750+税