虹という詩的な自然現象を自然科学的に数学的に見てみるという無粋な話ですが、この前はある量を過渡的な増減と定常的な振動を掛け合わせた量に分解するラプラス変換ってさらなる無粋な話をしました。
このラプラス変換ってもので微積分方程式が解けるわけですが、そもそも微積分方程式って何じゃーいwそれ以前に微積分ってなんやねんって話をしましょう。
まずは微分とは変化の法則を求めるってことです。例えば歩いているおっさんの位置は常に変化しているわけですが、道のりをかかった時間で割れば平均の速さが分かります。この時間帯をある時刻に向かって幅を縮めればその時刻の速さがだんだん特定されていきます。究極的には時間の幅をゼロに近づければその時刻の速さが特定されます。そして、同じ要領ですべての時刻に対して進んだ道のりの変化の法則をつかむという行為を導関数を求めるって言います。ある時刻の道のりを示す関数の導関数を求めるってことは、その時刻の速さの法則を求めることと同じだと言えます。この導関数を求めるという作業の事を微分するって言います。
じゃあ積分とは何か?皆様は財布や口座の残高を気にしないで生きていけるって方は少数でしょう。この残高を変化させているのが収入や支出ですよね。収入や支出があるたびに足し引きすれば残高になってきます。収入は少なく物要りな私には切実な問題ですw。では風呂桶の湯量は流入あるいは排出される流量で変化しています。連続して変化をもたらしている量を細かい区間に区切って足し合わせる、あたかもある時の収入や支出のように連続している量を際限なく細かく区切って足し合わせるという作業を積分するって言います。要は連続した量の累積を求めているってことです。
もともとは別々に発達した微分法と積分法ですがあるときライプニッツって親父が積分するってのは微分して元に戻る法則を探すことなんだと気が付いたわけです。ホント余計なことをする奴がおるって呪いたくなる気持ちは分からなくはありませんが現代文明はこのおっさんの見出した手法に多大な恩恵を受けているわけです。そんなこと言っても分からんもんは分からんってのは別に悪くないわけです。自分が分からなければ他にその手法を理解する誰かが現れますから。人生「俺がやらなきゃ誰がやる!」って気負うから苦しむんであって、「俺がやらなきゃ誰かやるw」と開き直った方が精神衛生上圧倒的にいいに決まってます。この2つの文言濁点が一つ違うだけですが、気負いという心の濁りを取ることで、物事が澄んで見えるようになって今迄気負ってた時に前に進めなかったことが進めるようになったりします。まぁ、私事ですが電験2種を取ろうと気負って苦しんでいた時にこのことに気づいた、気づいたときに試験に受かって免状が手元にやってきたわけです。
そんなもん数学のテストだったらイミフでも手法を覚えときゃ点が取れるでしょ?って言われればその通りです。が、物理系・電気系の方などですと、微積分とは何なんだ?ってことが分かればどんな場合にどの量に対して微分すればいいのか積分すればいいのかすぐに分かるようになるわけです。逆にわからずにパターン化して丸覚えすると覚えることがやたら滅多に多くなってただでさえ分からんものが余計に訳が分からなくなるわけです。
じゃあ、微積分方程式って何かってことになるとある状態の変化と累積の制約ってことになる。その状態があるところでどうなっているかを特定できれば、その前後の状態は制約から一意に決まる。ってことは微積分方程式とあるところの状態(初期条件ってよばれてます)が決まっていればその量の法則が決まるってわけです。この作業を微分方程式を解くって言います。
で、例えば時間的に変化するf(t)って量をラプラス変換したものがF(s)としてラプラス変換の手続きから微分するd/dt f(t)のラプラス変換はsF(s)-f(0)、積分は微分して元に戻ればいいわけですから∫f(t)dtのラプラス変換は積分値の初期条件をF(0)とするとF(s)/s+F(0)/sとなるわけです。
こうすればある量f(t)の変化と累積の制約である微分方程式そして初期条件が分かれば、ラプラス変換をすればその量とモードσ+jωの関係式になる。そうするとここで算出されるF(s)ってのは過渡的な増減と振動を含むモードの関数になるわけです。で、各モードの大きさが算出されてそれを足し合わせれば微分方程式の解になるわけです。
せっかく虹を拝んで素敵な詩や俳句を詠むでもなく、なんて無粋な話を!ってことなんですが次はさらに無粋に微分方程式の実例とラプラスの逆変換からモードの大きさを求めて微分方程式を解くっていう話をすることにします。
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