渡辺武著 わかりやすい漢方薬
漢方薬はどう診断するか
4 水滞(水毒症―水滞証)
局所療法は隣近所迷惑
〝紺屋の白袴〟という諺があります。
他人のことが忙しくて自分のことをかまっていられないたとえです。
名古屋のある公立病院の副院長のS博士は泌尿科部長でありながら、自分の専門の腎臓と胃腸の疾患で、この十年間名古屋の名医にかかってきましたが、気分がすぐれないので漢方薬でいい薬はないだろうか、と私に相談に来られました。
対座するなり右手を出されるので、漢方流に脉をとるのですか、とS博士の手をとって脉をみると、右の寸口の脉は女性脉、つまり頭の方に血流が少なく、左半身に多く血流が偏在していることを物語っています。
これは腎臓機能が悪いので血流がそちらばかり応援していて、腎臓が働いていないことを示しています。
「あなたの左の腎臓は動いていませんね」
というと、S博士はおどろいた顔で、
「どうしてわかりますか」
といっていました。
「脉がそれです」
と答えると、実は左の腎臓は切り取ってしまったというのです。
右の腎臓だけでは、食べた物の消化した水分を全部出せず、胃や腸にたまってじゃぶじゃぶになるので、消化ができないで発酵して腐敗することになりかねません。
おまけに欧米流に腎臓病には塩分は禁物というわけで、塩分を摂っていないというのです。
そこでまず、胃腸の消化吸収を助けるために、胃には甘い薬、腸には辛い薬を与えること、胃腸管に停留している水毒を体外に排除する利尿薬を加えた『桂枝加苓朮湯』と腎機能を助ける『八味腎気丸』を兼用することをすすめました。
問題なのは、腎臓病には塩分は禁物という西洋医学をそのまま鵜呑みにして、塩分を極度に摂っていないことでした。
ヨーロッパやアメリカでは、室内が乾燥していて常食の肉類から塩分を摂っているし、体質的に塩分なしでも水分を気体化して鼻や口や皮膚から出しているので腎臓が悪いと塩分を食べなくてもいいのです。
ところが、日本は湿気が多く、デンプンと野菜という水分の多い食事をするので塩分がなければ小便は出せない、その上、皮膚からどんどん発散できない環境と気候風土の中にいます。
水分代謝ができないから、胃腸の中に停留する結果になるのです。
その上、S博士のように腎臓が一つしかないと、塩分がないといっそう働きが悪くなります。
真水では小便は出ないのです。三度三度の食事を摂りながら、中間に飲み物を飲んで、一日の小便回数が二、三度というのは、胃腸がいつも洪水状態で異状であるということなのです。
少なくとも腎臓の働きのために普通に塩分を摂って、水分を小便で五~六回はたっぷり出す必要があると説明しました。
S博士は泌尿科の専門医師です。
最初は半信半疑だったようですが、処方した漢方薬を飲んで塩分と香辛料を摂っているうち、すっかり体調を回復して漢方薬について大変な信頼を持たれるようになりました。
これは漢方がとくに腎臓治療にすぐれているということではありません。
腎臓が悪いからといって、腎臓だけの治療をして治癒しても、他の臓器に異常が起ります。
全体として腎臓をとらえる胃とか腸とか、他の臓器と関連しているということなのです。
肝臓とか腎臓というのは、〝肝腎かなめ〟の言葉どおり、肝臓は解毒作用と肉体の栄養を貯蔵し、肉体を維持するために必要な大切な器官です。
腎臓は排水をつかさどるところ、副腎とか、副腎皮質ホルモンは、生命力とか意志力を支配しています。
都市にたとえれば、肝は公害局であり、腎は下水道局みたいなものです。
人間の他の器官と大変に密接な関係にあるのです。
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