渡辺武著 わかりやすい漢方薬
第四章 漢方による心身の健康法
２ 公害や難病のない漢方薬
p232 公害病患者でも正常化できる
昨年、通産省が中小企業の青年指導者を各業界から募って、ヨーロッパ研修旅行をした時、二人の薬剤師が選ばれて出かけました。その一人の薬剤師は、私が漢方を手ほどきした青年。
出発に先立って、二つの宿題を彼に出しました。
一つはヨーロッパの家庭のスパイスの種類と使用状況を調査してくること、もう一つの宿題は、ヨーロッパにある難病、奇病を調べて、その病名と具体的な身体の症状の訴えなどを細かく調べてくることでした。
スパイスの調査は肉食化してきた日本人の食生活に、どんなスパイスをとり入れられるかという課題、難病と奇病というのは、西洋医学でも治らないヨーロッパの病気を漢方で治療する手がかりをつかむ、ということでした。
その結果わかったのは、欧州で現在一番多い難病は、精神錯乱症だったのです。
治療はお手上げ、あらかじめ準備して持って行かせた英文のチェックカードの症状では、肥満体で、小便が少なくて、大便も便秘して出ない。
つまり心臓だけは余計に動いて、大小便での排泄が少なく水分を出せないので、頭だけがカッカしてのぼせ、充血症状を呈している。
だから睡眠がとれなくて、精神錯乱という症状です。
漢方は病気を治療するというより、身体を正常化する薬なのだから、まず肥満体に使われる薬と、大小便の排泄ができるようにして、発散剤の協力で頭から湯気を出さなくてすむようにします。
アンバランスが原因なのだから、このチェックカードの人は、『 防風通聖散合五苓散』と適当な血剤で解決する諸症状だったので、難病といわれるほどではありません。前者は肥肥満体改善によく使われ、後者は冷えのぼせで排尿不良のため、嘔吐や下痢などのある時使われる漢方薬です。
こういうバランスを正常にするのは、漢方の独特の治療分野ともいえます。
ところが、西洋医学では、精神錯乱には鎮静剤とか鎮痛剤、催眠剤を与えて、臭いものにはフタ式の治療しかしません。
精神安定剤だけが頼りでは、ますます薬の量がふえて、精神不安定になっている人がふえるばかりというのが現状です。
欧米は東洋医学にはまだ全然理解がありません。
しかし、そのうち一足先に近代病の漢方薬治療が入りそうです。
この欧米の精神錯乱という近代病に比べると、日本にはもっと難病の公害病、クスリ副作用といった残酷な病気があります。
筋ジストロフィー、スモン病、森永ヒ素中毒、水俣病、イタイイタイ病と、ざっとあげただけでも人間がいかに粗末に扱われているかがわかります。
森永ヒ素ミルク事件は二十年前のこと。
今その被害者である子供たちは二十歳の大人に成長していますが、それは名ばかり、岡山の協立病院では、二、三年前から、十数人のヒ素ミルク中毒患者の漢方薬治療をはじめ、私に協力を求めて来られました。
女性が結婚できないという訴えや、就職したいという悩み、手足の運動機能や、歩行の正常化など、二十年前に起った公害病を現在、完全に治癒するのはむずかしいことです。
当初、患者たちには表情がありませんでした。
テレビを見ても笑いません。それがテレビを見て笑いはじめることから、女性は年頃の娘に成長し、結婚したら奇形児が生まれないかと神経質に悩み、男性は就職して働けるかという不安の問題まで、漢方で個別に訴えを調べて薬剤を処方してきました。
女性の何人かは結婚したし、男性は就職して社会に出ていきました。
西洋医学では治療方法がありませんが、漢方の場合は公害病も普通と変わりなく、その症状を正常化することができるのです。
心身の異常が正されると人間はだんだん人間らしくなってくるから不思議なものです。
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