不愉快な言葉だ。今はアルミ製の部品が増えて、ねじを締めるのも緊張する。とくに時間に追われるのがよくない。失敗、勘違い、的外れな修理をする。
不思議な人間の心理だ。修理を始めるときは億劫な気分でいっぱいだが、時間がなくなってくると、もう少しもう少しと欲が出てあせって作業をしてしまう。
プロはこんなことはなく、急ぐこともなく淡々と作業をこなしていくのだと思う。しかも何百種類の車種に精通しなければならない。カネをもらうのだから当然だが、その知識、創意工夫の量は到底アマの及ぶところではない。
しかし悔しいじゃないか。僕はたった1、2種類の車について知ろうとしているに過ぎない。
先日、ヘッドカバーのパッキンを交換しようとしてねじ山を壊してしまった。このとき絶望と同時に自分のいやな性格があふれ出る。「ここぐらい鉄で作れよ」とか「ねじ穴が薄いからこんなことになる」、とまるで朝鮮人みたいに人のせいにする。
タップもだめ。いっそ、ねじ穴を大きくして一回り大きいボルトで締めることにする。日が暮れる。寒くなる。車庫の照明は暗い。照明を持ってくれるような助手はいない。
こんなとき悪魔がささやく。からけんの馬鹿。工場に頼めよ。できもしないことを自分でやろうなんてカッコつけるからこうなったんだ。
このときは何とか10のねじの代わりに12を使い、ほかのねじはシリンダーヘッドに切られた10のメネジによって締め付けられるが、この一本だけはヘッドをつきぬけ12のナットで締めた。
試運転に170キロぐらい出したが異常ない。どうだっ。悪魔め、僕はこの瞬間がこの上なくうれしいのだ。PAでボンネットをはぐるとシリンダーは乾いている。オイルはまったく漏れてない。
機械音痴とかいるらしいが、正確な呼び名ではない。機械を愛さない乗りっぱなし人間がよく平気な顔をしているな。人任せにしていちように車好きのつもりでいる錯覚野郎だ。思想上の怠け者だ。ナチスドイツには無能罪というものがあった。頭が悪いのは犯罪だ。こう言われると少しは考えるだろう。
機械に乗る以上は、その原理原則に通じていなければならない。車が大きなブラックボックスとなるとき、そこに乗る人間は遊園地のおサルの電車のサルだ。ただし、女性は違う。女性はそんなことに頭を使うな。女を磨いて魅力ほとばしる女になり、自分で運転する必要のない女になれ。
プラグが何かも知らないホモ野郎が増えて気持ちが悪いので言いたいことを言った。まだ足りない。
あとは数学の問題
n角形の対角線の総数はn(n-3)/2である。対角線の総数が35本である多角形は何角形か。