拝啓、世界の路上から

ギター片手に世界を旅するミュージシャン&映画監督のブログ(現在の訪問国:104ヶ国)

From Bangkok

2013-09-22 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)


水曜日から仕事でバンコクに来ていますが、朝7時から夜遅くまで連日仕事だったこともあり、ようやく旅先更新です。

と言っても土曜日も朝6時半集合で仕事、日曜日も、月曜日(タイは祝日ではないので)も仕事だったりしますが(涙)、土曜日は午後の比較的早い時間に終ったので、ホテルに戻って洗濯をした後、夕食を食べようと1人でサヤームに足をのばしました。

前回タイに来た時は3.11の震災直後でしたが、あれから2年半が経ち、当時日本のデパ地下のようだったSiam Paragonも、いつの間にか完全な欧米型になっており、バンコクに来るといつも立ち寄るMango Tango(マンゴースイーツ専門のカフェ)も、入っていたビルごと工事中という状況。

おまけに懐かしくなって10数年前にバックパッカーを始めたばかりの頃の定宿だった、ナショナルスタジアム近辺の安宿街をぶらり訪れたのですが、すっかり寂れており、日本人パッカーの姿は皆無で、当時泊まっていた宿も無くなっていました。
(最近は海外1人旅をする若者が減ったという声を聞きますが、それも影響しているかもしれません)

なんだか時の流れを感じて、すごく寂しい気持ちがある反面、いつまでも変わらないつもりでいる自分自身も、今回はドアマンやプールの付いた高級ホテル(仕事だからですが)に泊まっていたりして、それだけの時間が経過したのだなあとしみじみ感じます。


今回は2週間のバンコクステイなものの、ひたすら仕事ばかりなのですが、もし来週末に休みが出来れば、他の懐かしい場所にも足を運んでみようと思っています。



※写真:BTSサヤーム駅からみたSiam Paragon


フィッシュスパを試してみました

2011-03-29 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)


せっかく夏のタイに来たので、1泊位海へと思いパタヤにやってきました。
(バンコクのBTS駅エカマイから、ローカルバスで片道2時間120バーツ。約330円。実際は1時間遅れで3時間かかりました)

しかし現在のタイは異常気象で、ビーチまで来ても寒い&波が高く、とても泳げないので海沿いの繁華街をぶらついていたところ、フィッシュマッサージ(フィッシュスパ)、15分80バーツ(約220円)という看板を見かけたので、試してみました。


日本でも最近Dr.フィッシュの名前で人気があるそうですが、魚に足の汚れや角質を食べてもらうのは、今回が初体験です。


水に足をつけると100匹以上の魚がざーっとむらがり、足の周りから裏までつついてきて、最初はすごくくすぐったかったのですが、5分もすると慣れてちょっと気持ちいい程で、終了後はかなり足がツルツルになっていました。


今回試したタイのものはよくわかりませんが、Dr.フィッシュはヒーリング&マッサージ効果があり、アトピーを含めた皮膚病治療にも効果があるのだとか。


オリジナルはトルコ周辺の西アジアで、ドイツやトルコでは保険適用の医療行為として認可されているのだとか。
(ドイツでフィッシュスパをまだ見たことはありませんが、いわゆる温泉等のスパ全般が、ドイツでは医師に処方箋?を書いてもらうと、保険適用の医療行為になるのは有名です)


最近はニセモノの魚をDr.フィッシュと称して行う悪質業者もいるらしく、今回のものがソレで無いことを祈っていますが(笑)、機会があれば1度試してみるのもよいかもしれません。

2009年5月31日(バクー/アゼルバイジャン)

2009-06-08 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)

5月31日(日)


7:00 起床


8:00 アラズホテルをチェックアウトし歩いて新市街中心部へ


9:30 サヌブホテル(Canub Hotel/31 Azerbaijan Avenue)へチェックイン。
   ダブルルーム1泊40AZNと言われたが、交渉で30AZNになる。
   設備は古くフロントの対応も共産圏という感じだが、場所はメトロ・サヒル駅近く(徒歩1分)で好立地。

   アラズホテル(OTEL ARAZ/30Yusuf Safarov str.)のドミは安いが、新市街中心部へ徒歩約30分(旧市街45分)


   ちなみにツーリストインフォは、このAzerbaijan Avenueの一本北のUZEYIR HAJIBAYOV STR.の1ブロック東。
   海洋公園へまでも徒歩3分、旧市街までも西へ徒歩10~15分程。


10:00 海洋公園前のHotel Park INN(RASHID BEHBUDOV通)でフルーツジュース3AZNを飲んでトイレを借りる。
   アゼルバイジャンのトイレは所謂アジア式で、トイレットペーパーなど高級ホテルのトイレ等しか使えないので、
   洋式トイレを借りたい際は、高級ホテルでお茶する等も一案かも。


10:30 サヌブホテル近くのキオスクでガス水(ボナーカ1ℓ)50ガビク(約60円)を買ってホテルに戻る。


11:30 乙女の望楼近くのアルバイジャン料理レストラン、キャラヴァンサライ(Kervansaray/Bueyk Qala11)で昼食。
   Dusbara(ラビオリ入りのハーブスープ)が2AZN、Tika(ラム肉ケバブ)5.5AZN、チャイ(紅茶)1AZN、パン代0.5AZN。

   昨夜もSEDEVRで食べたが、香草と玉ねぎの利いたラム肉ケバブのTikaはかなりウマイ。


13:00 拝火教(ゾロアスター教)寺院に行こうと28MAY駅まで徒歩で行くが、
    駅員に今日はもうスラハニ(Suraxani)駅までの電車は無く地下鉄で行けと言われる。

    しかし地下鉄駅に行くとエクスプレスで行けと言われたらい回し状態。英語が出来る駅員も殆どいない。

    タクシーで拝火教寺院や古代の岩画があるコブスタンへ行けなくも無いが、
    高いタクシー代を1人で払って行くほど程興味も無かったので旧市街へ戻ることに。


14:00-16:00 旧市街や海岸公園をぶらつく。

    露天のアイスクリームを買うが、7種類のアイスクリームが所謂全部盛りでごちゃまぜにしたもの。
    色は違うが味は殆ど変わらない。しかしそんなに美味くは無い。50ガビク。(約60円)


16:00-17:00 新市街のインターネットカフェへ。
       日本語読みOK。書きは要OS(今回はCD-ROMを忘れた)。1時間1AZN(約120円)。速度はやや遅め。


17:00 深夜のフライトの為、ホテルでシャワーを浴びて寝ようとするが、1時間経っても眠れず。(ドイツ時間午後2時)


19:30 夕食でもとろうかとアゼルバイジャン料理&欧州料理のレストランルクスへ。
    ちょっとハマっていた羊肉の香草ケバブTikaを頼むが、欧風なのか香草なしでイマイチ。


22:30 タクシーで空港へ(約30分)。値段交渉をし15AZN(約1800円)に。すぐに下がったので相場はもっと安いかも。

23:00-26:00 空港ロビーでコーヒーを飲みながら時間をつぶす。(26:15頃チェックイン)


6月1日(月) GYD4:05/FRA5:55 LH612 (時差3Hで約5時間のフライト)



※写真:乙女の望楼からみたバクー旧市街

2009年5月30日(バクー/アゼルバイジャン)

2009-06-07 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)
5月30日(土)


9:00 起床


9:30-10:30 歩いて市街へ。UZEYIA HAJIBYOI通りのツーリストインフォメーションで無料MAPを貰う。
      (歩いていたら偶然見つけた)


10:30-11:30 メトロ・サヒル駅近くに地元客で賑わっているパン屋があったので入ってみる。
       ピロシキ30ガビク(約36円)、コーラ0.5ℓ、40ガビク(約48円)の朝食。味はいまひとつ?


11:30-13:00 カスピ海沿岸の海洋公園を歩く。海洋公園はすごくキレイに整備されている。
       しかし世界最大の湖であるカスピ海は、にごっていてキタナイ。(バクー港近辺だけかもしれないが)

       海洋公園は遊園地にもなっていて、ミッキーマウスそっくりのきぐるみの有料写真サービスも出ている。
       でも誰も写真をとっていない。ぬいぐるみもかなり微妙でミッキーというより、ぶきみッキー?という感じ。


13:00-14:00  海洋公園を西に進み旧市街入口の乙女の望楼へ。世界遺産にもなっている望楼を登ってみる。
       入場料2AZN
       
       かつてモンゴル人の王が自分の娘に言い寄り、娘がここから海へ身を投げた事からこの名がついたという。
       
       カスピ海や旧市街等が一望出来ることもあり観光客で賑わっている。
       (外国人客そのものが少なく現地人が殆ど)


14:00-15:00 旧市街の城壁ぞいを歩き14世紀頃立てられた旧市街の見所、シルヴァン・シャフ・ハーン宮殿へ。
       入場料2AZN、カメラ持込2AZNの計4AZN。(約480円)


15:00-16:00 バクーはかつてのシルクロードの中継地だが、当時必ずこの門から町へ入ったというシェマハ門を通る。
       子供の頃見た西遊記やNHKのシルクロード等の影響もあって、感慨深い。


16:00-17:00 ホテルに戻りギターをとって再度乙女の望楼へ。途中でコーラ1ℓ、60ガビク(72円)を買う。


17:00‐17:15 乙女の望楼でギターを取り出し歌い始める。
       すぐに学生達が群がってきたが、ここでは東アジア人差別があるのか、チャイナと言われからかわれる。
    
       しかし2曲目をシャウト系の曲にしたところ、少し態度が変わり、携帯で自分の写真や動画をとりはじめた。
       少し良い感じになってきて3曲目に入ったところで、警官がきてかなりキツイ口調で演奏を止めさせられた。

       アゼルバイジャンやグルジア等のコーカサス地方では、警官の腐敗が酷いという話をよく聞く。
       (正規の警官が難癖をつけ恐喝やボディチェックで金を抜き取る等も日常的に行われているらしい)

       旧ソ連の共産圏国家ということもあり、人を集めるような行為が禁止なのかも。現地人学生も怯えた表情。
       (ストリートパフォーマーも皆無の状態)

       一応警官に少し食い下がってみたが、先程まで自分をからかっていた学生達のビビリ方が尋常でない為、
       ここはおとなしく引き下がった方が良いと判断。演奏を止め立ち去ることに。
       逮捕されなかっただけ良しとしよう。


17:15-18:00 少しブルーになるが、アゼルバイジャン料理でも食べて気を取り直そうと事前にWEBで調べておいた
       ハガニ通24のレストランルクスに行ってみる。だがこの日は貸切なのか、明日出直せと言われる。
       他を探そうと当ても無く歩き始めるものの、トルコ料理は多いが、なかなかアゼル料理屋がない。


18:30- 20:00 旧市街に近い偶然通りかかったAliyarbeyov通りの店でアゼル料理が食べられるというので入ってみる。

       店に入ってみるとピアノの演奏が聞こえてきた。
       店のマスターが自分のギターを指差し弾いてみろというので1曲弾き語りを始める。
       マスターもギターを取り出しオブリガートを被せてきた。本業なのか?なかなかの腕前。

       それならば自分はピアノの方が良いということで、自分のピアノ引き語りに、マスターのアドリブギターで
       即席のセッションステージをすることに。

       イマジンやLet it be、OPEN ARMS等5曲程演奏する。お客さんはまだ少し時間が早い為か3組程だったが、
       奥からスタッフが全員出てきて聴いてくれ、演奏が終わると店は拍手喝采に包まれた。
       マスターとガッチリ握手。

       
       演奏後、連絡をするから電話番号を教えてくれと言われる。スカウトされたのか???
       しかし自分が日本人旅行者で数日しか滞在しないこと話すと、知り合いの武道家の先生に電話を始めた。
       電話に出ると日本語が。アゼルバイジャン人らしいが日本にいったことがあるらしく、日本人とわかると
       今度あちこち案内してくれると言われる。

       だが自分が週末だけのショートトリップなのでと話すと、残念そうに
       またバクーに来ることがあったら連絡してくれと電話番号を教えてくれた。

       その後、自分がレストランで夕食を始めると、演奏のお礼にと、マスターのギターとアコーディオン、
       パーカッション2名のカルテットでアゼルバイジャン伝統音楽の演奏を聞かせてくれた。
       リズム系の音楽だかなかなか良い。


       食事も香草と玉ねぎのアクセントが利いた羊肉のケバブ(TUKA/4AZN。約480円)がかなりウマイ。
       サラダ2AZN、コーラ80ガビク、パン代1AZNとお値段も手ごろ。

       の路上音楽は警官に止めさせられ、現地学生にもからかわれ、調べておいたレストランにも行けずと、
       ついていないと思っていたのに、こんな予想外の嬉しいサプライズに出会えるとは。

       これだから旅は止められない!?(幸運・不運は紙一重なのかも)

       (店情報:SEDEVR RESTORAN 9 Aliyarbeyov str. TEL:498-13-98)


20:00-20:15 タクシーをひろいホテルへ。4AZN(約480円。ボラれている?)


20:15-20:30 部屋にギターと荷物を置いて、宿近くのキオスクでガス水(ボナーカ1ℓ)60ガビクを買う。約72円。


20:30-22:00 今日の相部屋はトルコ人のトラックの運転手。うち1人が英語OKだったので話し込む。
      
       なんでもトルコからグルジア、アゼルバイジャンを通ってカザフスタンまで荷物を運んでいるのだとか。
       バクーから船でカスピ海をトラックごと1日かけて渡り、その後4日かけアスタナを通ってアルマトイへ。

       カザフスタンは電化製品が安いらしく(トルコの半額位とか)、自分が日本人だとわかると、
       カザフスタンで買ったというパナソニックの留守番電話機を見せてくれた。
       (英語表記でMADE IN JAPANになっていた)

       その他にも、トルコから片道15日かけて黒海を通ってロシアに入り
      イルクーツクまで荷物を運んだりしているのだとか。

       まるで世界旅行者だとそのトルコ人運転手は笑っていたが、かつてのシルクロード中継地だったバクーは、
      今もラクダからトラックへと姿を変えて、盛んに交易が行われていることを実感し、何だか嬉しくなった。

       そうシルクロードは今も、そこで暮らす人々と共に生き続けている。


22:00    就寝


写真:SEDEVRでピアノの弾き語りのお礼にと、演奏してくれたアゼルバイジャン伝統音楽奏者の面々

2009年5月29日(バクー/アゼルバイジャン)

2009-06-06 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)
5月29日(金)

FRA14:05/GYD21:30 LH612
(ドイツとの時差+3H/日本との時差-4H)


22:30  入国。事前にチェックした在日アゼルバイジャン大使館のWEBサイトでは
    10日のトランジットビザが40USDで空港にて取得可能とのことだったが、
    今回バクー空港で30日有効のシングルビザがなんと無料にて取得出来、
    無事入国。


22:45  出発(depature)フロアで両替。100EUR=110AZN(マナト)
   ※1EUR=1.1AZN。1マナト=約120円。


22:45-23:15  タクシーでバクー市内のアラズホテルへ。最初30AZNと言われたが値段交渉をし20AZN。
       (すぐ20AZNまで下がったのでこれでも結構ボラれているかも)


23:20  アラズホテルにチェックイン。ドミトリー1泊12AZNx2泊。(約1240円x2泊)


23:30  部屋は3人部屋で相部屋はアゼルバイジャン人のおっさん達。
     すぐ寝ようとするが、部屋のTVを超大音量で見ている為眠れない。

     音量を小さくしてくれるよう頼んでみたが、まったく英語が通じない。
     自分もロシア語は不可。

     夜も遅いのでそのうち寝るだろうと1時間程我慢するが、寝る気配なし。


     ようやく音楽番組が終わったと思ったら今度は同じく大音量で映画を見始めた。
     深夜1時近いということもあり、これじゃ体が持たないと思い、
     ホテルフロントの唯一片言の英語ができる兄ちゃんに頼んで、
     音量を小さくしてもらおうとするが、ジモピー達にとって大事な娯楽
     なのか?無理らしいので部屋を変えてもらうことに。(今日は諦めろと
     言われたが、結構頑張って交渉し部屋を変えてもらえた)


25:30 変えてもらったドミトリーも相部屋は現地人のおっさんだったが、
     こちらは既にイビキをかいて寝ていた。自分も無事就寝。


※写真:バクー旧市街の乙女の望楼と旅ギター

2004年春ミャンマー・ベトナムの旅

2008-01-07 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)



2004年春ミャンマー・ベトナムの旅メモ&写真を少しアップします。
※写真は夕日を浴びるブーパヤーパゴダ(バガン・ミャンマー)

2004年4月28日(水)
成田(NRT)18:00→バンコク22:30(BKK)NH915
空港野宿(バンコク)

2004年4月29日(木)バンコク(BKK)8:15→ヤンゴン(RGN)9:05 TG303 朝一番便

※国内線でバガンまでの往復チケットをエア・マンダレーの空港オフィスにて現地購入。
(往路が98USドルなのに対して、復路が181USドルとなぜ倍近い金額なのがよくわからない)
タクシーでヤンゴン市内にある仏陀の聖髪が収められている寺院、シュエダゴォンパゴダへ
軍事政権下のせいか、少し重々しい雰囲気。

ヤンゴン(RGN)14:00→ニァゥンウー(NYU)16:55 6T501

※バガンの最寄空港はニァゥンウー。

バガンの宿近くのレストランで食事をしていたら、店のジモピー達や欧米系ツーリストが騒いでいるので、何だろうと覗いてみると店の入り口付近で生きたコブラがとぐろをまいて威嚇していた。レストランでコブラが出るっていったい。野生なんだろうけど。。。まさか食用?

バガン泊(シュエズィーゴンパゴダ近くのアウミンガラー・ホテルに宿泊。1泊20USドル)


2004年4月30日(金)
自転車をレンタルし終日パガン。ギターかついで路上(遺跡?)ライブ。
バガン泊(アウミンガラー・ホテル/ニァゥンウー)

2004年5月1日(土)
自転車をレンタルし終日パガン。ギターかついで路上(遺跡?)ライブ。
バガン泊(アウミンガラー・ホテル/ニァゥンウー)

2004年5月2日(日)
タクシーをチャーターし、ポッパ山のタウン・カラッへ。
バガン泊(アウミンガラー・ホテル/ニァゥンウー)

2004年5月3日(月)
自転車をレンタルし最後のパガン見納め。すごく良いところだったので名残惜しい。
ニャンウー(NYU)17:15→ヤンゴン(RGN)18:35 6T502
※国内線が30分遅れ、乗り継ぎが1時間切ってしまったがなんとかギリギリ国際線に乗れた。
ヤンゴン(RGN)19:50→バンコク(BKK)21:35 TG306
バンコク泊

2004年5月4日(火)
バンコク(BKK)8:50→ホーチミン(SGN)10:20 TG680
イミグレで長蛇の列。2時間以上待たされる。ああ共産圏。
ホーチミン市内巡り。

夕食は少し高級にテンプルクラブでゴイ・クォン(生春巻き50000ドン、フォー70000ドン、タイガービール30000ドン)等を食べる。
ホーチミン泊(ホテルグランド。ちょっと贅沢して少し良いホテルに宿泊。プール付き。シングル1泊約72USドル)

2004年5月5日(水)
移動日 ホーチミン11:50→フエ13:00 VN252 ホーチミン→フエ→ハノイで1523810ドン(VND。1円=約150ドン。約1万円)

※国内線チケットをベトナム航空の空港オフィスにて現地購入。
空港→市内 バス約20分 2USドル
市内巡り

食事はハンでバインセオ(ベトナム風お好み焼き)を食べる。おいしい。
フエ泊(ビンズオン。シングル5USドル)

2004年5月6日(木)
王宮等フエ巡り
夕食は宿であった日本人とイータオガーデン宮廷料理を食べる。ウマイ。装飾もなかなか凝っている。1人約10USドル。
フエ泊(ビンズオン。シングル5USドル)

2004年5月7日(金)
AM:世界遺産なりたての鍾乳洞(フォンニャ・ケバン?)へ。
市内→空港 バス約20分 2USドル

フエ12:30→ハノイ13:40 VN244 1523810ドン(VND。約1万円)
ハノイで翌日のハロン湾1日クルーズを手配(シンカフェ。約12USドル)
ハノイ泊(ドンスアン。シングル1泊約6USドル)

2004年5月8日(土)
終日ハロン湾へ。ハロン湾クルーズの船上でギターを取り出し、ハロン湾ライブ。BGMか?

2004年5月9日(日)
早朝、屋台でフォーを食べる。安くてウマイ。さすがハノイはフォーの本場だけある。

AMハロン湾で知り合ったNGOで働く日本人と一緒にハノイ市内を回る。
午後、その知り合いベトナム人NGO関係者2人の原付の後ろに乗せてもらい、ハノイを案内してもらう。

お土産にバインコム(モチみたいで超ウマイお菓子)とカフェ・マイでベトナムコーヒー豆を買う。

お礼にNGO関係者の宿に戻った後、そこでギターを取り出し歌う。
他にもアジアのNGO関係者がその場に居合わせ、皆喜んでくれた。

夕方国内線移動

ハノイ17:30 → ホーチミンシティ19:30 VN2291 1525000VND(約1万円)
ホーチミンシティ(SGN)23:50→成田(NRT)翌日7:35 JL750

2001年秋中国(北京・敦煌・西安)の旅

2008-01-06 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)
2001年秋の中国(北京・敦煌・西安)の旅メモをアップします。

2001年9月20日 北京(中国)
成田(NRT)10:35→北京(PEK)13:35 NH905
両替1元=約14.5円
リムジンバスで市内へ
北京市内のユースホステルにチェックイン
地下鉄に乗って故宮へ。
天安門広場15元、故宮博物院40元
バスで天壇へ
天壇公園15元、祈年殿20元
北京泊

2001年9月21日 北京(中国)
ユースで知り合った日本人大学生とローカルバスで万里の長城(バーダーリン)へ。45元。
万里の長城で終日ストリート(城壁?)
北京泊

2001年9月22日 北京→敦煌(中国)
バスで園和臣頁(The Summer Palace)へ
リムジンバスで空港へ
北京15:20→敦煌18:00 WH2156 (北京の空港で国内線購入。1650元)
敦煌のゲストハウス飛天賓館へ。(ドミトリー激安1泊10元も物凄く汚かった)
敦煌泊

2001年9月23日 敦煌(中国)
宿に泊まっていた日本人旅行者3人で車をチャーターする。
莫高窟(MOGAOGROTTOES DUNHUANG)80元。
白馬塔13元。
鳴沙山・月牙泉へ 50元。
シルクロードの砂漠でストリート?(砂漠だけどシルク"ロード"だから路上でOK?)ライブ。
敦煌泊

2001年9月24日 敦煌→西安(中国)
敦煌(DNH)10:25→西安(XIY)12:40(XO9219)※北京の空港で国内線購入。敦煌→西安→北京で2300元。
西安でショーロンポーを食べる。めちゃウマ。
麻婆豆腐は山椒がめちゃ辛。
市内巡り
西安泊

2001年9月25日 西安→北京(中国)
ローカルバスに乗って兵馬傭(65元)、秦始皇帝陵(26元)へ
西安(XIY)17:15→北京19:05(PEK)CA1202

2001年9月26日 北京(中国)→帰国
北京(PEK)9:25→成田(NRT)13:40 UA852(NHとのコードシェア)

※写真:敦煌の鳴沙山でシルクロードの砂漠に沈む夕日をバックにストリートライブ

9月22日 ナガルコット→カトマンドゥ(ネパール)→バンコク(タイ)→帰国

2008-01-06 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)



2003年9月22日 ナガルコット→カトマンドゥ(ネパール)→バンコク(タイ)→帰国


早朝夜明け前から3時間程ナガルコットの展望台まで少し山登りをする。

山を登っていると、近くに軍のキャンプがあるのか、トレーニングするネパール軍兵達とすれ違う。ハローと声をかけると、ハローと返してくれた。


ハアハアと息を切らしながら少し険しい山道を登り切り、展望台へと到着。
しかしこの日は生憎の曇り空で、また霧も出ており何も見えなかった。


朝食後、カトマンドゥまで車で移動する。


途中、ガイドブックには名前も乗っていない山中の村で立ち止まり休憩していると、子供達がハローと声をかけてきた。物乞いをする訳でも無く、ただ外国人が珍しいようだ。

少し観光客擦れしたカトマンドゥ市内から少し地方へいくと、まだこんなにも素朴な風景と人々が住んでいることに嬉しくなる。

今回のネパールの旅は本当に駆け足だったので、また今度ゆっくり来たいなとそんな気持ちにさせられる。

愛らしい子供達に1枚写真をとらせてもらい、お礼にチョコレートをあげた。


カトマンドゥ市内に到着後、そのまま空港へ移動。

カトマンドゥ13:20→バンコク18:10 TG320

バンコク23:50→成田7:50(9月23日) NH916


※写真は立ち寄った山村のネパールの子供達

9月21日 カトマンドゥ→ナガルコット(ネパール)

2008-01-06 | 旅メモ&旅日記(アジア・オセアニア)



2003年9月21日 カトマンドゥ→ナガルコット(ネパール)

朝一番でタクシーを使いパシパティナートへ。(250RS)

ガンジスの支流、バグマティ川の川岸にあるネパール最大のヒンドゥ寺院であるパシパティナートは、インドのバナラシ(ベナレス)同様、川で沐浴する人がいたり、火葬場があったりする。

しかしバナラシ程混沌としておらず、ある意味インドとネパールの違いをそのまま縮図にしたような感がある。


しばらく沐浴する人々等を眺めた後、タクシーで町中へと戻り、NOZOMI TREKZ EXPEDITIONでチョモランマ(エベレスト)が見えるというナガルコット往復の車と宿の手配をして移動。(3150RS)


午後一番にナガルコットへ到着。

ビューポイントという名のこのホテルは、晴れた日はホテルの屋上でチョモランマが見えるというので、チェックインしすぐさま屋上へ駆け上がる。


この日は晴れており、遠くの方に微かにチョモランマが見える。

このホテルの屋上でギターを取り出し、ヒマラヤの山々を眺めながら歌う。


しばらくして日が西へ傾き空が赤く染まり始める。
続けて歌っていると、同じホテルに宿泊し、ニューヨークで番組制作をしているという日本人女性が屋上に上がってきて、声をかけてくれた。歌が一区切りついた所で、しばし話し込む。


彼女はカメラが趣味らしく、世界のあちこちで写真をとったりしているらしい。
せっかくなので自分のカメラを渡し、夕焼けをバックに1枚写真を撮ってもらう。
明日は夜明け前に、ナガルコットでプチ・トレッキング(ハイキング?)をして、チョモランマを見に行くというので、ご一緒させてもらうことにしてこの日は早めに就寝。

ホテルビューポイント(ナガルコット)泊。


※写真:ホテルの屋上にて(ナガルコット)