先日、日本のテレビ番組をかけ流ししていた際、美輪さんが出演していて、「最近暗い話題が多いけれども、世の中悪いことがあれば、それと同じだけきっと良いことがあるはず」といった正負の法則の話をしていました。
その番組を見ながら、今月東ドイツを訪れた際に似た類のものを感じた事を、ふと思い出しました。
今年は東西ドイツが統一されてちょうど20年。
統一20周年記念の際は、ベルリンのブランデンブルク門前で行われた記念イベント映像が、ドイツはもちろんのこと、世界中で放送されていました。
しかし実際の国民感情はというと、東西ドイツ統一前の方がよかったという人達が西側だけでなく、東側でもかなりの割合いるということが、同イベントを前後してドイツで話題になっていました。
経済格差からくる各種社会保障負担割合等、西側にとってはデメリットが多いことは容易に推測できるものの、なぜ東側が?とその時は思ったのですが、ドレスデンを訪れた時に、感覚的に何となくそれが理解できるような気がしました。
ドレスデンで感じたこと、それは西側の町が失ってしまった「古きよきドイツ」といった類のもの。
町中を流れる音楽、町を行き交う人々の表情、扱われる食材と調理方法どれをとっても、ああこれがドイツなんだと、ドイツに住んで5年目になるのに、普段の西側での生活ではあまり感じない「ドイツらしさ」を肌で実感しました。
もちろん普段の生活でも「ドイツらしい」という言葉は、自分の周りの日本人の間でもよく使われるものの、それはどちらかというと「ネガティブ」な意味合いで使われる事が多いのですが、ここでいう「ドイツらしさ」はもっとポジティブな意味合いでの、「ドイツの良さ」といったものを感じた気がしました。
日本とドイツを比較してもそうですが、便利になればなるほど、人々の生活はより無機質になり、人と人との関係もより希薄になっていく気がします。
それはかつて政治体制・思想が違った東西ドイツでも同じ。もっと言ってしまえば、日本国内の東京と地方といった身近な枠組みでも、それはあります。
東西統一で東ドイツは、自由でモノが豊富になったかもしれないけれど、若者達は仕事やより豊かな生活を求めて西側に出ていってしまい、西側からは「世界中どこにでもある」流行の品々がどっと流れ込んできて、東側の人々がそれまで守ってきた文化や生活の中で息づいている「古き良きドイツらしさ」が縮小していっているのは、その町に住んでいない我々外国人でさえも一目瞭然です。
そして自分自身を振り返ってみても、日本にいた頃は海外での生活に憧れている自分がいましたが、実際に海外で生活をしていると、事あるごとに「日本はいいなあ」とこぼす自分がいます。
善と悪、損と得、幸と不幸、、、表裏を表す言葉は多種多様にありますが、確かに大きな視点でとらえると、良いこと悪いことは対の存在であり、何かを失えば何か得るといったものなのかもしれません。
そういった意味では、20年前の東西ドイツ統一も、良かったか悪かったかではなく、「人類の歴史の中での1つの出来事」にすぎないのでしょうか。
ひょっとすると物事の良し悪しなんてものは、本当は全て自分次第なのかもしれませんね。
※写真:ライトアップされたBrandenburger Tor(ブランデンブルク門/2010年12月)