退屈しないように シニアの暮らし

ブログ巡り、パン作り、テニス、犬と遊ぶ、リコーダー、韓国、温泉、俳句、麻雀、木工、家庭菜園、散歩
さて何をしようか

今がつらいならば、よくやっているということだ

2013-07-05 19:41:14 | 韓で遊ぶ


逆境のない人生は毒だ
ロシアの文豪トルストイは「逆境がなく偉大なことはない」と言った。逆境を通り過ぎない人は、小さな試練にも座り込む。逆境を経験した人は学習し大きな試練にも勝つ。しかし、温室で育った木のように逆境のない人生は自慢に繋がり、人生の波風に耐えることができなくなる。だから逆境のない人生はむしろ毒になりうる。
職業人として、CEOとして、大学教授として、多様な分野で多くの若者と学生、職業人に出会った。経営のアドバイザーと人生のアドバイザーの役割をしながら悟ったことは、逆境の中でも誠実に生きながら苦しむ人は、明らかに発展するという事実だ。若い頃の夢のために苦しんで、目標のために苦しんで、忍耐を要求する厳しい勉強のために苦しんでいるならば、これはよくやっているという信号だ。若い頃に苦労した経験がない人に、偉大なことは発見できないからだ。ただ、快楽と楽しさだけを追いかけていたら、結局、年をとって、間違って生きたと後悔先に立たずだ。
私は選択の岐路に立っている若い人に、いつもつらいと思う道を選びなさいと注文する。そこには必ずやり甲斐がある。広野を過ぎると祝福の平原が広がっているからだ。今苦しいのか。そうならばよくがんばっていると、自らを励ますことを願う。今の苦しみは未来の自分を安全で祝福される人生に導いてくれる必須の関門だ。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今つらいならば、よくやっているということだ

2013-07-04 22:02:36 | 韓で遊ぶ
つらい道を選びなさい

誰にでも苦しい瞬間は来る
何年か前に日本のNHKで放送された、韓国と日本の経済協力についての討論会に、経済専門家として招請されたことがあった。その時の司会者の言葉の中に記憶に残っている話がある。
「日本の若者はこれ以上挑戦しません。フリーターとか引きこもりとかいう問題ではありません。彼らはこれ以上成功しようとする意志もなく、これ以上努力しなければならないという当然のことに同意できません。全額支援金で交換学生に送ってあげると言っても誰も行こうとしません。チョン先生はこんな学生をどう思いますか」
既成世代人である私としては、終わることなく努力して節制して精進しなければならないということが、当然だと考えてきた命題だ。        
しかし、最近の世代はこんな命題が正しいか自体に対して根本的に懐疑を抱いているようだ。私の人生はなぜこのように苦しいのか、なぜ人生はこのように意味もなく疲れることの連続なのかという、ありふれた自己憐憫の話だ。憐憫が根を下ろすと、結局「つらく生きる必要はない。ただ楽に幸福に生きればいい」という結論に至る。結論を出したならば、その次は簡単で楽だ。苦しい事は放棄して、自分の体に合うことだけをすることになる。もちろん幸福は瞬間瞬間にあると言うことには全的に同意する。しかし、人生において苦しい事をやめて楽に休みたいという人に、このような言葉を言ってあげたい。瞬間の楽な選択が人生をもっと苦しくする毒になりうると。

貧しい農村から一人でソウルに出てきて、学費を稼ぎながら大学生活をしなければならなかった私の学生時代は、今振り返ってみると本当に苦しくつらかった。「高校まで勉強させればいい」と経済的な支援をしてくれなかった父の元で、私は自ら学費と生活費を稼ぎ奨学金で勉強しなければならなかった。入学金の心配と生活費の心配で本1冊も思い通りに買うことができなかった、その時、その頃を思うと今も心が悲しい。精神的な支えであった母までも亡くなり「なぜ私は、このように多くの逆境にたたされるのか」と恨めしく悲しく泣いた記憶が思い出される。へたり込んでしまいたい時ごとに「私の子供たちには本のお金の心配なく、思い通りに勉強ができる環境をつくってやりたい」と心に決めながら「今の逆境が過ぎれば明るい光が来るのだ」と繰り返した。そのつらい瞬間に心に決めたことが、後で私に薬となって人生を豊かにした。

今、苦しいのか。仕事が上手くいかなくて苦しいのか。今、つらいならば、苦しくて泣いているならば、それは美しい未来に向う美しく価値のあることであることを忘れてはならない。偉大なことと幸福は苦しみの門を通ってこそ成るのだから。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リコーダー発表会に向けて

2013-07-02 09:34:46 | リコーダーを楽しむ

テナーリコーダーの次はバスリコーダーに挑戦
こんなに大きいリコーダーです知っている人は知っていると思いますが、見たことのない人のほうが多いのでは
私も子供の頃ソプラノは小学校で習ったし、
サクラ母より後の世代はアルトリコーダーも習ったらしいが、、これで世代が判明すか
いずれにしてもおばさんだ
テナーでも驚いたのにそれよりも大きなバスにはもっとびっくり
ちなみにこれよりも大きなものもあるので興味のある人は演奏会を是非見に来てください
練習会(毎週火曜日7時から深堀中学校の学校開放を利用)を見に来てくれても歓迎
函館リコーダー協会では入会する方募集中です。初心者もサクラ母のようなおばさんもできます先輩方がやさしく指導してくれます
次の演奏会は函館の公会堂です。先生方の演奏は公民館で1000円ですがサクラ母の演奏は公会堂です。
公会堂は見学しようとすると入館料が300円かかるのですが、演奏会を聞きに来ると裏口から入れて入館料が要りませんただです。前もって入場券をもらってくれば
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

函館リコーダー協会からのお知らせ

2013-07-02 09:27:31 | リコーダーを楽しむ


是非参加してくださーーい

(2023/6月30日画像サイズ変更)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今がつらいならば、よくやっているということだ

2013-07-02 09:10:55 | 韓で遊ぶ

時として意味なく見えることで苦しい人に



時として「生産的でない苦しみ」に包まれるときがある。
挑戦しようと努力して苦しいのではなく、生の峠ごとに与えられる漠然とした生の苦痛。
間違いに始まる失敗と自責。人との関係で受ける傷。
ただ、あなたに与えられた多くの苦難の中で
「なぜ私にだけこのようなことが起こるのか」と自問する時ならば
どんな慰めも届かなくなってしまうこともある。

私は友達との葛藤でつまらない苦しみを受けなければならなかった。
私は父との葛藤で若い時の黄金のような時間を苦しく送らなければならなった。
私は上司との葛藤で苦しく送らなければならなかった。
私は貧しさとの葛藤で苦しく送らなければならなかった。
私は生産的でなく何の意味のない葛藤で苦しまなければならなかった。
私は友達との葛藤を通して、親しくなるほどに礼儀が、
私は父との葛藤を通して、条件のない両親の共敬を、
私は上司との葛藤を通して、同じ舟に乗っていることを、
私は貧しさの葛藤を通して、希望が貧しさに勝つことを、
私は生産的でなく意味のない葛藤を通して、人生の意味を学んだ。

苦難も人生の一面であり、幸福も人生の一面であるだけだ。
一度の苦痛も無く成し遂げる生はない。
生の一面、一面が苦痛により成っていることを受け入れて、意味なく感じる苦しみの中でも、へりくだって自分を愛さなければならない。そうすれば苦難を生の滋養分とすることができる。
苦難を認めなさい。永遠なスランプはない。人生はリモデリングされる。
季節は必ず流れ、苦痛の時間もいつか思い出になる。
苦痛も生きているが故の特権だ。
避けなければならないことは茫然自失になることだ。
誰にも逆境は苦しいものだ。しかし逆境は自分を鍛錬する最高のチャンスだ。苦痛の中で茫然自失になることを避けて希望を失わなければ、いつかつらさがあなたの人生をもっと美しくするだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今がつらいならば、よくやっているということだ

2013-07-01 16:48:17 | 韓で遊ぶ

幸運もただはない
偉大なことを成し遂げた多くの成功者の共通点は「皆同じように、夢を持っている」ということだ。この人たちは成し遂げようとすることに対する、明白なビジョンと目的がある。普通の人が真っ暗な暗闇の真ん中いて挫折する時、挫折を超えて待っている幸運の光を見つめる。他人の物差しではなく「自分」が主体となって生きていく。他人の物差しで振り回されたならば、自信感を喪失し疲れて挫折しやすい。すべての成功の一歩目は夢を持って自分に没頭することだ。
一回きりの人生、本当によく生きたいのか。自分を客観的に見極め、人を説得すればいい。説得は疎通でありコミュニケーション能力だ。どうやって説得して理解させなければならないか。最高の道具は何か。成功した人の共通点は学力でも財産でも背景でもない。「会った瞬間ごとに、相手を完璧に説得する能力」だ。
多くの人に会って、私は既成世代の間違った認識が、若い人の考えの枠をぎっちりと縛っているということを発見した。大きな成長を妨げ、想像の翼を広げることができなくしていると考える。

ある青年が研究室に進路相談に訪ねてきた。その若者は江南最高の富裕層の子女だったが、両親に対して否定的な気持ちでいっぱいで、両親の生き方を頑強に拒否した。自分は他人に施す生き方、良いことをたくさんして生きて生きたいが、両親は良いスペックを持つことに力を使えと、毎日うるさいから気持ちがいつも不安だと言った。
私は傷ついた心を慰め、両親の愛を理解できずにいるのだということを説得した。両親が娘の良いスペックとして何が成功をもたらすのか、ただ勉強をすることができる時期に、そして若い時期に、できるならばスペックまでちゃんと持つことを望むのだと話した。2週間後、両親と一緒に食事をしなさいという私の提案に快く同意した。両親に対する信頼の窓が開かれたようだと打ち明けた。
そうだ。勉強をしろと強要するより、自ら受容させることがどれぐらい難しいか。しかし、自分が説得の道具になろうと決心したならば、強要する前にこの人を愛し理解することになる。強要してうなずいても長続きはしない。心からにじみ出る受容とそれによって会得した知恵は長く続く力になる。

レビ ジェコ ライオスは「偉大な父」という本で「人生はパズルのワンピースと同じだ。全体の輪郭を見なくては、各部分を理解することが難しい」と話した。もしかして、私達は断片的な部分を持って未来を速断しているのではないか。ユダヤ人に伝承されているトルムトは、子供たちに律法と制度を強要するようだが、幼い頃から生きることに対して省察し、自ら生きる姿勢を備えて受容するように教えている。もう一度言うが、両親が生きている教科書になるということだ。両親が生きることで価値観を教えたおかげで、ユダヤ人は全世界の人口の0.2%に過ぎない少数民族でありながら、どの民族よりも最も多くの創造的人材を輩出し、世界の歴史を支配してきた。
どうだ、客観的に見て最も強力な説得の道具である「自分」を通して、正しく生きる姿が照らし出されるように日々努力して見ないか。

ビルゲーツの財産はおおよそ700億ドル(約75兆ウォン)を超えるという。もし彼ら夫婦が1年に1億ドル使ったならば700年かけて、利子まで合わせるとそれに数百年足さなければならない。
「それなのに彼はなぜ毎日仕事をするのか」
スチーブン スピルバーグの財産は焼く15億ドルだ。ビルゲーツほど多くないが、一生、楽に贅沢に過ごしてもあまるほどの財産だ。
「それなのに、なぜ彼は休まず、一つの作品が終わると次の作品にすぐに取り掛かるのか」
ビル コスビの財産は訳3億ドル、やはり一生、問題なく楽に贅沢に暮らしていってもあまるほどの財産だ。
「それなのに、彼はまだ一週間に5日以上仕事をするのか」

私達は金持ちにあこがれる。富を得ることを願い、安楽な生活を夢見る。しかし、大きな富を成した人の暮らしは富を得る前と後では変わりがない。富を所有する前のように熱情的で、誠実に生きていく。何より謙遜している。理由が何だろうか。冷静に自分を管理してゆれないからだ。金ができたからと、人が変わったならば決して富を長らく享受できない。良い関係が切れて人が離れていく。全世界的に、ロトに当たった人が幸福でない理由だ。降って沸いたように金持ちになった人の共通点は、今までの暮らしと全く違う暮らしを生き人が変わったというところにある。お金の物差しで人を比較すると、いつか同じことになる。身の程の高い低いに関係なく同じような人間。その気品を維持する秘訣は比較の剣を捨てることだ。自分も他人も絶対的な存在と価値で認めることだ。

世の中にただはない。運も同じだ。野球で「9回裏、2アウト逆転」も準備されたチームにだけ贈り物として与えられるのだ。幸運は「準備が機会に出会った時」現れる。準備したからとすべて成功することではないが、少なくとも準備ができていれば、機会が来た時に逃すことはない。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする