退屈しないように シニアの暮らし

ブログ巡り、パン作り、テニス、犬と遊ぶ、韓国、温泉、俳句、麻雀、木工、家庭菜園、散歩、卓球
さて何をしようか

思ったとおりに動かない

2013-07-23 09:34:50 | 犬の話
11才になったサクラは寝ていることが多くなった
それでも時々、突然、思い立ったように張り切って走りだす
身の程知らずというか、以前のように走れると思って、小雪(4才)のおもちゃをとって逃げてはすぐにつかまり奪い返されたりする
車の乗り降りも、以前のようにできると思って一揆に飛び乗ろうとして乗りそこなったり、飛び降りようとしてこけたり
この前も一揆に飛び降りて足を痛めてしばらく歩けなくなってしまった
このところテニスを休んでいるサクラ母は、久しぶりにテニスをした。自分では走っているつもりが足が上がっていなくて何も無いコートの表面に足がつかかってこけそうになった
台所で片づけをしていて、よく食器を落とす、自分ではしっかりと持っているつもりがもてていないのだ
体が思うように動かなくなっていく感じ年を取るってこうなのね
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今がつらいなら、よくやっているということだ

2013-07-23 09:32:56 | 韓で遊ぶ

目標に80%だけ達すればいい
若い世代はつらい、苦しいという。努力しないから苦しいのか。探って見るとそうではない。大学の図書館は週末、祝祭日にも24時間忙しく動いていて、最近の大学生達は本当に一生懸命勉強する。職場人はやはり夜昼なく仕事をする。しかし、苦しいとだけ言う。  何か間違っているのではないか。
つらい理由は、上手くやらなければと考えすぎる圧迫感から始まっている。私達は幼い頃から「必ずやらなければならない」という当為的な命題の影響を受けながら生きてきた。
「お前は立派な人にならなければならない」「成功して金持ちにならなければならない」
当為的思考は現在との落差を作り出し、結局ストレスとして作用し人を疲れさせる。当為的な思考の根源は実体がない。ただ私達が間違って作り出した幻想であるだけだ。両親が立派な人になれと言う言葉が「立派な人にならなければお前を愛さない」という意味ではないのに、自分を責めて苦しくなる。このような罠にはまった人は99点取っても100点を取れなかったと自分を責める。
人は失敗するものだ。だが、いつも最高にならなければならず、上手くやらなければならないと思うために苦しくつらい。
<幸福は成績順ではないじゃないの>という映画のタイトルのように幸福は100点から始まらない。幸福は自分を励まし慰める術を知る勇気から出発し、他の人を抱いて慰める時に完成される。
「必ず」という強迫観念から抜け出して余裕を持ってみよう。ネジが一つ抜けたように生きる知恵が私達を人間らしくするのではないか。完璧感よりも偉大のことは未完成な自分を認めて一つずつ満たしていくというやり甲斐だ。


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