春以来、実家通いが週末の日課になっている。父が三月に他界してから弱気になって1人で暮らす母を、兄と手分けして助けている。
今年の夏至、6月21日の朝、母から電話があった。メリが死んだように寝ているよ。揺すっても動かないから死んじゃったみたいだよ。やはり・・・。3日前の週末に行ったときにもだいぶ弱っていて、ご飯も食べなくなっていたが、好物の鶏肉を混ぜてあげたら少しだけ食べてくれた。 その後は立ち上がるのもやっとの状態で、私が帰るときもいつもは門まで送ってくれるのだが、その日は玄関の前で這い蹲ったままで見送ってくれた。
そのときメリに会えるのが何となく最後のような気がしていた。何度も頭を撫ぜ、お手をして、話かけた。そして、暗闇の中で写真を撮った。
母の電話を受けた朝、会社には行かずに実家に急行した。実家の内門の右手に人の背丈ほどのドウダンツツジがある。メリは暑くなるといつもその根元の土の冷気に体を横たえていた。そのドウダンツツジは前の週に私が刈り込んだのできれいに丸くなっている。その刈り込んだ木の下に、いつものように眠っているメリの背中が見えた。静かに息を引き取ったようだ。背中に触れるとまだ温もりがある。母は明け方にメリの咳払いの声が聞こえたというので、まだ数時間しか経っていないのだろう。名残は惜しいが、父の遺言通りに北西の角のアオキの下に埋めることにした。結構大きい犬なので、1メートルも掘り下げるのは大変だったが、兄と交代で穴を掘り、それからメリを運んで穴の底にそっと横たえた。お腹とか柔らかい肉の部分に、犬のダニがたくさん食い付いていたので、血を吸って大豆のようになったダニを、メリの仇のように何匹も何匹も引き剥がした。
遠い昔、小学校にも入る前の頃だった思う、兄と穴掘りをした記憶がある。家の裏門の直ぐ外の畑に落とし穴を掘った時だ。誰かを落としてやろうとしたその試みは達成できなかった。見事に土でカモフラージュした上出来の落とし穴が完成し、さあ後片付けと思い、少し先に置いてあったスコップを取ろうと一歩足を踏み込んだ所が落とし穴。掘った自分でも全く周りと区別つかなくなるほどよく出来た落とし穴だったので、結局自分で罠にかかった。墓穴を掘った。それ以来久しいこと深い穴は掘っていない。
父は常に犬を飼っていた。同時に複数匹が庭に居たことがある。私の幼い頃の写真には色々な犬が一緒に写っている。それらが死ぬと大抵は庭の隅や大きな木の下に埋めた。父に代わって初めて犬の墓穴を掘った。兄と一緒に・・・。
父の忘れ形見、メリが父の後を追うようにとうとう逝ってしまった。父が逝ってから3ヶ月。父の居なくなった空間を埋めるかのように我々に気を使う振舞いをしてくれた父の愛犬。「ありがとうよ、メリ。よく頑張ってくれたね。」「さあ、もういいぞ。父を追いかけろ!父を探しに走れ!お前の主人はまだ遠くには行っていない。そして、いつものように父の左側にぴったりついて、いつまでも、どこまでも一緒に歩き続けろ・・・。」