失って、初めて気付いた。
求めていたのは、家(ハウス)ではなく
家庭(ホーム)だったと…。
製作年 2003年
原題 HOUSE OF SAND AND FOG
原作 アンドレ・デビュース三世
脚本 ヴァディム・パールマン 、ショーン・ローレンス・オットー
監督 ヴァディム・パールマン
音楽 ジェームズ・ホーナー
出演 ジェニファー・コネリー/ベン・キングズレー/ロン・エルダード/ショーレ・アグダシュルー/フランシス・フィッシャー
ある一軒の家をめぐって対立する孤独な女性と移民家族が織りなす人間模様と彼らを待ち受ける悲しい運命を痛切に描く。
政府の手違いで家が競売物件となり、政変で祖国を追われた元大佐一家のものとなってしまった。キャシー(ジェニファー・コネリー)は家族の思い出がつまる家を取り戻そうとするが、大佐(ベン・キングスレー)もまたこの家に最後の希望をかけていた。
海辺の一軒家に住む、孤独な女性キャシー。彼女は既に結婚生活が破綻して夫に去られていたが、
母親との電話に「夫は出張中」と嘘をいい、訪ねてこないようにいう。
夫が出て行ったのは半年以上も前なのに、悲しみを引き摺り泣き暮らしていたのだろう。
暗いベッドの中で―。
あるホテルでは結婚式が行われていた。
ベラーニ元大佐の娘が嫁ぎ、政変でイランを追われアメリカに亡命してきた大佐が、今、何をして生計を立てているのか、本当のところは誰も知らないと招待客は話していたが―
祖国イランでは上流階級だったベラーニも、ここでは肉体労働をして家族を養っていた。
トイレで秘かに身支度を整えて、身奇麗にして家路につく。
彼は愛する妻・ナディと息子の為、残りの全財産をはたいて最後の賭けに出ようとしていた―。
夫から捨てられて、何も手がつかないキャシーのもとに、突然差し押さえの執行が行われ、
事前の通達があったにも拘らず、彼女は未開封で放置していたものだと判明。
わずか数万の税金未納の為に、その日のうちに僅かな身の回りの物と車だけで、父親の建ててくれた家を追い出されたキャシーは、その時郡保安官・レスターの連絡先を受け取る。
仕事もなく、金もなく、愛する人もない、住む家さえ失ってしまったキャシーは、
弁護士に依頼。必ず家を取り戻すことが出来ると、当然の権利だと思っていたが、
間もなく行政の手違いだと解るものの、家は既に競売にかけられ、破格の金額で売買が成立した後だったが、諦められないキャシーは…―
重苦しく、悲惨な物語でした・・が、
このイランから亡命してきた家族に心を寄せて見守りました。。。
上流階級の生活を追われ、肉体労働者に身をやつしながらも、家族の幸せを求め
ベラーニ大佐一家が辿り着いた美しい夕陽が臨める海辺の一軒家。
父の遺した大切な家を絶対に取り戻したいキャシーに、また一人家族に捨てられた男が加わる。
彼もまた、自分の居場所を求め、キャシーに必要以上の協力を押し付けるようになり―
バカバカしいほど、無知で自己中な一人の女性。
人は全てを失くさないと、大きな犠牲を払わないと、本当に大切なものに気がつかないのか?
作中ではキャシーのそれまでの人生とか性格に触れていないし、離婚に至る原因もハッキリしない。
しかし、時差を考慮せず電話をかけてくる母や、自分のことに精一杯の兄とかに頼ることも出来なかった背景はある。
途中から彼女に肩入れするレスターの結婚生活は、なんとなく想像させるくだりはある。
しかし、私にはどうしてもこの2人が、悪にしかみえなかった・・。
愛を失って、何もかも放棄したい悲しみは確かに理解できる。しかし、それによって
引き起こされたとも言える今回の不運な事態。そこは同情はできるけれど、
そこに至る、自分に向けるべき怒りを、正当に購入した入居者家族に向けるのが理解できない。
同じく住む家と家族を失った保安官・レスターも、好意や愛には見えなかった・・。
自分を必要としてくれる彼女にすがり、家も手に入れれば新しくスタート出来ると思っていたのだろう・・・。
自分の無くし物は、総ては究極、自己責任。これを認識しなかったのがキャシーの悪であり、
大人になりきれないオトナが招いた不幸だと思う。
しかしまた、こんな女に関わることになり、
大切なものを失った、大佐の責任の取り方、幕引きには言葉がない.........。
人生の不条理は、キャシーよりも、彼女の人生と交差してしまったベラーニ大佐一家に感じてしまう。
霧の中に建つ幸せという名の砂の家・・そこに本当に追い求めた幸せがあったのか…
霧が晴れて砂が崩れ落ちた時の姿を、まざまざとみせつける悲劇の物語でした
ベン・キングズレー始め、ロン・エルダード、ショーレ・アグダシュルーの演技も素晴しい1本