葉山の海と森

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品を無くせば貧となる。

2011-11-06 14:55:48 | Weblog
東日本大震災以来この国は変ったのだろうか?確かに変ったのだけれども良くなったかどうかは歴史の審判を仰いで見ないと分からないが、政治的にも経済的にもそして文化的にもおおいに変わった事だけは確かなようだ。
特に二極化したゼロか一かのコンピュータの支配が進んだのだけは間違いがない。今騒いでいるTPPの問題やヨーロッパに起きている金融危機などは原発と同じように人間がコントロールできないところまで来ているようだ。

人間が生きるということの本質が見えなくなってきている今の状態が今後続くとなれば、恐らくこの国も革命に近い事が起こってくるような気がする。むろん武力の革命ではなく精神革命ではあるが、ここで表題にした品を保つという事は何をすれば良いのか提案してみたい。
われわれの時代は戦後の復興が始まり街頭テレビや電気製品の普及、野球や映画といった娯楽が台頭してきて、子供心にも日本は発展していくんだなという実感があったが、今の人々は何でもありの便利生活から始まっているから何も考えずとも最低の生活が出来る。夢という『品』をなくしてしまっている。つまり目標が無くなって何をやれば良いのか『品』を求めなくなってきているのだ。

卑近な例ではテレビメーカーが国内生産からほぼ撤退するという。当たり前でしょう。最新技術の液晶薄型テレビを作っても番組がつまらないバカ番組ばかりだし、おまけにデジタル化したお陰でチャンネルは増えるがコンテンツを買うために高い受信料を払わされるはで、テレビは見ないニュースはパソコンでという人が増えているそうだ。
タイの洪水騒ぎも日本企業を襲っているが、ネコも杓子も経済理論だけで進出した結果がこれだ。大田区の中小企業はまだ頑張っている、品を保っている。それは自分の仕事に誇りを持っていて最低の矜持だけは捨てたくないという心意気なのだ。

外国産の食料も部品も車もあらゆるものが入ってくるだろうが、良い意味での国粋主義を貫く企業や食品を多少高くても買いたいし、応援したいものだ。これからまだ不景気が続くだろうが金ばかりの世の中で品を保って行けばまだまだこの国は大丈夫だと思う。但し前にも書いたかもしれないが結果を報じるだけのマスコミ、出来上がった数字を分析する税理士、起きた事に対処する警察など楽な商売をする人が高級をとり、法律に保護されている現実を国民は監視しなければなりません。この人達ほど品を持って仕事をしなければならないのに最近の記者たちの言葉遣いにもあきれてしまうのは、ご承知の通りでしょう。

品が無い食べ方、品の無い言動、品の無い服装、品の無い運転、品の無い経営これらは全て貧するところに直行する要因だと私は考えます。東電や九電、大王製紙、UFOなど企業倫理を逸脱した企業が上場企業であることなどを見てもいずれ右下がりになる企業群だと思えるのです。(当然新聞社、放送局なども)
私の会社では社員採用の折には昼食を共にするようにしておりました。これは食事の食べ方で、おおよそ家庭環境やマナーなどが分かるからです。最後に席を立つときにお皿の状態を確認して評価をしていましたが、これはほぼ正確にその後の仕事振りに反映するものでした。
『武士は食ねど爪楊枝』と言いますが痩せ我慢しても品格を重んじ日本人の格の違いを世界の人に見せようではありませんか。そうすれば貧乏神はこの国から去って行くでしょう。














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