「運転手さん。四十年ぶりに鳥羽に来まし
たよ」
久しぶりの訪問に興奮したのだろう。
運転席のすぐ後ろにすわったわたしは、初
めて逢った年配の運転手に話しかけた。
彼は客のおしゃべりには慣れこになってい
るようで、
「そりゃよかったですね。来てくださって
うれしいです」
「日光のそばから来ました」
ますます調子にのり、ふたこと目を口にし
てしまった。
「そうですか。わたしのほうもね。つい最
近日光に行ってきましたよ。四十年ぶりです」
と、愛想笑いをうかべて応えてくれた。
(同い年くらいだろう)
親しみを感じてしまったわたしは、もっと
話そうと思った。
しかし、彼は客の命を預かる身。
バスが、旅館やみやげ物屋が軒をつらねる
狭い路地を走り出すようになってからは、わ
たしはすぐに口を閉ざした。
車窓に視線をうつす。
建物の間から、漁船やフエリーが見え隠れ
する。
それらの景色から、思い出の場面を、ひと
つでもほりおこそうとするが、なにひとつ浮
かんでこない。
年のせい?それとも、なにやらが始まった
あかしか、と気をもんだが、四十年という月
日の永さである。
あまり気にしないことにした。
せがれがみっつだったろうか。
お盆の時期。
ふるさとの家族といっしょだった。
バスが急坂をのぼり始めて、二三分経った
ろうか。
ふいにバスがとまった。
半島の突端に、ホテルが立っていた。
「ありがとうございました。どうぞ、ごゆっ
くり、楽しんでいってください」
下車するとき、運転手はわたしのほうを向
き、その言葉にこころをこめた。
ふだんあまり笑わないわたしが、
「また、日光に来てくださいね」
といった。
チェックインには、まだ時間があった。
ロビーは、全面ガラスばり。
大小の島々がコバルトブルーの海に浮かん
でいるのが見えた。
せがれとふたり、温もりのつたわってくる
コーヒーカップを手にするとし、窓辺の席に
すわった。
下をのぞきこむ。
海面からどれくらい離れているだろう。
あちこちに、いかだが浮かぶ。
その上で、人が釣り糸を垂れている。
せわし気に、漁船が行きかう。
彼方を見ようと、視線をあげた。
港の先端からフエリーが船首を突き出した
かと思うと間もなく、その全容を現した。
小島を縫うように、外洋へと走りだす。
「きれいだね。来て良かったね。こんな景
色、うちじゃ見られないもの」
せがれが目をまるくする。
「ありがとう。おまえのおかげだよ」
いつの間にか、受付に人の列ができていた。
「さあ、部屋に行こうか」
わたしが言っても、せがれは窓辺を見つめ
たままだった。
たよ」
久しぶりの訪問に興奮したのだろう。
運転席のすぐ後ろにすわったわたしは、初
めて逢った年配の運転手に話しかけた。
彼は客のおしゃべりには慣れこになってい
るようで、
「そりゃよかったですね。来てくださって
うれしいです」
「日光のそばから来ました」
ますます調子にのり、ふたこと目を口にし
てしまった。
「そうですか。わたしのほうもね。つい最
近日光に行ってきましたよ。四十年ぶりです」
と、愛想笑いをうかべて応えてくれた。
(同い年くらいだろう)
親しみを感じてしまったわたしは、もっと
話そうと思った。
しかし、彼は客の命を預かる身。
バスが、旅館やみやげ物屋が軒をつらねる
狭い路地を走り出すようになってからは、わ
たしはすぐに口を閉ざした。
車窓に視線をうつす。
建物の間から、漁船やフエリーが見え隠れ
する。
それらの景色から、思い出の場面を、ひと
つでもほりおこそうとするが、なにひとつ浮
かんでこない。
年のせい?それとも、なにやらが始まった
あかしか、と気をもんだが、四十年という月
日の永さである。
あまり気にしないことにした。
せがれがみっつだったろうか。
お盆の時期。
ふるさとの家族といっしょだった。
バスが急坂をのぼり始めて、二三分経った
ろうか。
ふいにバスがとまった。
半島の突端に、ホテルが立っていた。
「ありがとうございました。どうぞ、ごゆっ
くり、楽しんでいってください」
下車するとき、運転手はわたしのほうを向
き、その言葉にこころをこめた。
ふだんあまり笑わないわたしが、
「また、日光に来てくださいね」
といった。
チェックインには、まだ時間があった。
ロビーは、全面ガラスばり。
大小の島々がコバルトブルーの海に浮かん
でいるのが見えた。
せがれとふたり、温もりのつたわってくる
コーヒーカップを手にするとし、窓辺の席に
すわった。
下をのぞきこむ。
海面からどれくらい離れているだろう。
あちこちに、いかだが浮かぶ。
その上で、人が釣り糸を垂れている。
せわし気に、漁船が行きかう。
彼方を見ようと、視線をあげた。
港の先端からフエリーが船首を突き出した
かと思うと間もなく、その全容を現した。
小島を縫うように、外洋へと走りだす。
「きれいだね。来て良かったね。こんな景
色、うちじゃ見られないもの」
せがれが目をまるくする。
「ありがとう。おまえのおかげだよ」
いつの間にか、受付に人の列ができていた。
「さあ、部屋に行こうか」
わたしが言っても、せがれは窓辺を見つめ
たままだった。