「なんとかならんかのう?このままじゃあ
のやつら、じき、病気になって死んでしまう
わい」
老人はたくわえにたくわえた長くて白いあ
ごひげをしわくちゃの右手でつまむと、しゅ
っしゅ、しゅっしゅとさすりだしました。
やせて肉が落ちたく眼のくぼみの底で、年
老いて死んださんまの目のようになった瞳が、
急に怒りをふくんでぴかりと輝きます。
「あのやつらって、だれ?ねえおじいちゃ
ん。誰が死んじゃうの」
「わしの仲間たちじゃ」
「それって人間でしょ?おじいちゃんみた
いな、せきコンコンの人たちいっぱいいるん
だね」
「ああ……」
「大きな木がいっぱい列になってるところ
でしょ、あっちのほうにお年寄りの方たちを
世話をするところがあった?」
「まあ……、な。あるよ。ぼくにあれこれ
言ってもわかってもらえんだろうな」
「えっ、わかるよ、ぼく、なんだって」
「そうか。それはいいぞ。楽しみだわい、
ぼくみたいな子がいると。まあいいわい、い
いわい。こんなご時世じゃ。誰がわるいって
言いはじまると切りがない。ほんの少しみな
に優しさがそなわれば、な」
気じょうにふるまう老人ですが、右目のく
ぼみに涙をためています。
「それじゃあ、よし、こうしよう。これで
な、つんつんとな……。よし、これでちょっ
とは、ぼくにわかってもらえるかな」
老人は持っていた杖の先を、ゆうじの右肩
にのせ、軽く何度かつつきました。
「あれれっ、おじいさんなんかへん。肩が
あったかくなってきたよ。ああ気持ちいい」
ゆうじは目をつむり、しばらくじっと立っ
ていました。
「よおし、おじいちゃんの言いたいこと、な
んだかわかったみたい。ぼくがお父さんやお
母さんにたのんであげる。そして会う人、誰
もかれもにもね」
「おまえはいい子じゃ、いい子じゃ」
老人は顔に笑みをたたえ、もう一度あごひ
げをさすりました。
「ゆうちゃん、もう帰ろうよお」
土手の上で、ふいに女の子の声がしました。
となりの家のけいこちゃんが、ゆうじ、め
がけてかけおりてくるところでした。
左手に、レンゲの束を持っています。
はあはあ言いながら、やっと、ゆうじのそ
ばまでやって来ると、
「ねえ、今まで誰とお話してたの?」
「えっ?このおじいちゃんとだよ」
ゆうじは確かめようと、くるりと体をひね
りますが、どうしたことか、どこにも老人の
姿が見えません。
「誰もいないわ。夢でも見てたんじゃない
の?」
「おかしいなあ。おじいちゃん、たった今
までここにいたんだけどなあ……」
佐藤敏夫はここまで書いてきて、首をひね
った。
目をつむり、ふうっと息を吐く。
ぼっちゃん刈りで、ていねいに整えられた
頭髪に、右手の指をもぐりこませ、ポリポリ
とかく。
机の上にコクヨの原稿用紙が一枚。
しわくちゃになったのを、むりに広げたら
しいのがのせてある。
黒い毛の少ない、まだまだうぶ髭の残るあ
ごをやわらかい両の手のひらの上にのせた。
何を思ったか、削られてない4Bの鉛筆の
はじを口でくわえ、くるくるとまわしだした。
敏夫は小学六年生。
昨日、担任の先生に出されたばかりの童話
の宿題を書きだしたところである。
彼はふと異変を感じ、顔をあげた。
わきから誰かに見られている気がしたから
である。
「としお、おまえってかわいいっていうか、
面白い作文書けるのね。このお話、これから
どうなるのよ?」
中2の姉、恭子が不思議そうにいう。
「おねえちゃん、いやだよ。やめてよ。盗
み見するなんてずるいよ」
敏夫はあわてて書きかけの原稿用紙の上に、
じぶんの上体をのせた。
のやつら、じき、病気になって死んでしまう
わい」
老人はたくわえにたくわえた長くて白いあ
ごひげをしわくちゃの右手でつまむと、しゅ
っしゅ、しゅっしゅとさすりだしました。
やせて肉が落ちたく眼のくぼみの底で、年
老いて死んださんまの目のようになった瞳が、
急に怒りをふくんでぴかりと輝きます。
「あのやつらって、だれ?ねえおじいちゃ
ん。誰が死んじゃうの」
「わしの仲間たちじゃ」
「それって人間でしょ?おじいちゃんみた
いな、せきコンコンの人たちいっぱいいるん
だね」
「ああ……」
「大きな木がいっぱい列になってるところ
でしょ、あっちのほうにお年寄りの方たちを
世話をするところがあった?」
「まあ……、な。あるよ。ぼくにあれこれ
言ってもわかってもらえんだろうな」
「えっ、わかるよ、ぼく、なんだって」
「そうか。それはいいぞ。楽しみだわい、
ぼくみたいな子がいると。まあいいわい、い
いわい。こんなご時世じゃ。誰がわるいって
言いはじまると切りがない。ほんの少しみな
に優しさがそなわれば、な」
気じょうにふるまう老人ですが、右目のく
ぼみに涙をためています。
「それじゃあ、よし、こうしよう。これで
な、つんつんとな……。よし、これでちょっ
とは、ぼくにわかってもらえるかな」
老人は持っていた杖の先を、ゆうじの右肩
にのせ、軽く何度かつつきました。
「あれれっ、おじいさんなんかへん。肩が
あったかくなってきたよ。ああ気持ちいい」
ゆうじは目をつむり、しばらくじっと立っ
ていました。
「よおし、おじいちゃんの言いたいこと、な
んだかわかったみたい。ぼくがお父さんやお
母さんにたのんであげる。そして会う人、誰
もかれもにもね」
「おまえはいい子じゃ、いい子じゃ」
老人は顔に笑みをたたえ、もう一度あごひ
げをさすりました。
「ゆうちゃん、もう帰ろうよお」
土手の上で、ふいに女の子の声がしました。
となりの家のけいこちゃんが、ゆうじ、め
がけてかけおりてくるところでした。
左手に、レンゲの束を持っています。
はあはあ言いながら、やっと、ゆうじのそ
ばまでやって来ると、
「ねえ、今まで誰とお話してたの?」
「えっ?このおじいちゃんとだよ」
ゆうじは確かめようと、くるりと体をひね
りますが、どうしたことか、どこにも老人の
姿が見えません。
「誰もいないわ。夢でも見てたんじゃない
の?」
「おかしいなあ。おじいちゃん、たった今
までここにいたんだけどなあ……」
佐藤敏夫はここまで書いてきて、首をひね
った。
目をつむり、ふうっと息を吐く。
ぼっちゃん刈りで、ていねいに整えられた
頭髪に、右手の指をもぐりこませ、ポリポリ
とかく。
机の上にコクヨの原稿用紙が一枚。
しわくちゃになったのを、むりに広げたら
しいのがのせてある。
黒い毛の少ない、まだまだうぶ髭の残るあ
ごをやわらかい両の手のひらの上にのせた。
何を思ったか、削られてない4Bの鉛筆の
はじを口でくわえ、くるくるとまわしだした。
敏夫は小学六年生。
昨日、担任の先生に出されたばかりの童話
の宿題を書きだしたところである。
彼はふと異変を感じ、顔をあげた。
わきから誰かに見られている気がしたから
である。
「としお、おまえってかわいいっていうか、
面白い作文書けるのね。このお話、これから
どうなるのよ?」
中2の姉、恭子が不思議そうにいう。
「おねえちゃん、いやだよ。やめてよ。盗
み見するなんてずるいよ」
敏夫はあわてて書きかけの原稿用紙の上に、
じぶんの上体をのせた。