油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

汗をかく。

2021-03-04 17:33:04 | 随筆
 久しぶりに備中ぐわを手にし、野良にでた。
 深さ一メートルくらいのコンクリで造られ
た堀わりの土手を、おっかなびっくりに歩く。
 ちらほらと、小さな青い花が目につく。黄
色の花はタンポポだろう。
 だが、あまりに季節はずれである。
 植物にせよ動物にせよ、舶来ものが、もと
もと日本にあるものを駆逐しているのが気に
なる。
 ほかには、象のひげが群生していたりする。
 冬でも枯れない草が、こんもりと生い茂っ
たりしているものだから、足もとの用心を欠
かせない。
 古希をいくつか過ぎた身では、ころぶと思
わぬけがをしそうだ。
 上流から下流へと、いくつもの段差がある。
 そのくぼみに、水がたまっている。
 長くとどまっているせいで、たっぷりと水
を吸い込んだわらや枯れ草にくわえ、上流に
ある中学校の運動場のフェンスを飛び越えた
テニスボールやや軟式ボールなどが、所せま
しと水面をおおっている。
 「よし、これでは水が流れにくい」
 わたしは腰をかがめ、びっち鍬のみっつの
鉄棒にそれらをひっかけるようにして、土手
まであげ始めた。
 一回、二回、三回……。
 全部あげ終わるのに、若い時の何倍もの時
間がかかった。
 わたしはふうっとため息を吐いて、思わず、
土手にすわりこんだ。
 四十年前、ここで、部落総出で、掘割りの
泥をさらったことが偲ばれる。
 あのおじさんも、このおばさんも、みんな
みんな鬼籍に入ってしまった。
 そんな思いが、脳裡をかけめぐる。
 うす緑色の草の葉をちぎり、手でもんでみ
ると、ぷんとよもぎ団子の匂いがした。
 わたしの畑は、すぐ目の前、掘割りの向こ
う側である。
 堀割りは幅一メートルはある。
 「よし、飛ぶぞ」
 わたしは自分自身に言い聞かせ、できるだ
け大股でゆっくりとび越えた。
 今日の仕事は、畑の表面をならすこと。
 先だって、機械で耕したが、うまくやりと
おせなかった。
 ハーレーが付いていなかったからだ。
 人力でデコボコを修正するのは容易ではな
いのはわかっていた。
 若い時のように体力がないが、時間はある。
 ザックザック。
 ひと振り、ふた振りと、十分くらいやり続
けたろうか。
 胸がどきどきし始めた。
 「おとう、おれも手伝うから」
 ふいに、息子の声がした。
 「ああ、そうか、わるいな」
 ゼイゼイしながら、それだけ言うと、わた
しは畑のあぜにすわりこんだ。
 わきの下やひたいに汗がにじむ。
 息子が畑に来てくれるとは、予想もしなかっ
たからうれしかった。
 この頃は、田舎でも、野良にで、ひたいに
汗するのを、若者がきらう。
 それが代々続いた農家の頭痛のたねである。
 馴れない手つきで、息子がくわをふるい出
した。
 「ゆっくりでいいかんな。そうそう、うま
い、うまいぞ」
 わたしは、いつしか、昔、義理の父に言わ
れたとおりにしゃべっていた。
 しばらく経って、わたしは小銭を彼にわた
し、自販機の缶コーヒーを買い求めに行かせ
た。
 缶を二つ、両手にもって戻って来た息子の
表情が明るい。
 「野良はいいね、とうちゃん」
 「ああ」
 「小鳥が飛んでくるし、カラスも。かわい
いもんだね」
 「ああ」
 「こうやって、みんな、過ごせばいいんだ。
米を作ったり、野菜を育てたり」
 「そうだな」
 息子はふいに真顔になり、唐突に、
 「変なものを食べたりするから、コロナ騒
ぎなんて起きるんだ。地球が人類をいやがっ
ているんだ」
 と言った。


 
 

 
 
コメント
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