パーキングの隅での遅い食事が終わった。
種吉の胸の中では、いまだに夏のあらしが
吹きまくっている。
幼児の祖母のひとり舞台が今さっき終わっ
たばかりだ。
彼女が演じている間ずっと、種吉はふたつ
の耳を両手で抑えたい衝動にかられた。
その後すぐに彼女は孫を抱きあげた。しっ
かりした足取りで、ひとつの空きもないほど
混雑したパーキングのかなたに去った。
家族みんなで、お昼を食べる。
種吉が期待した、そんな家族のだんらんの
ひと時が夢と消えてしまい、彼らのいる場所
はまさに台風一過といったおもむきを呈して
いた。
家族ひとりひとりが、種吉の気持ちを思い
やってか、あらぬ方を見つめ、食べ物を口に
運んでいる。
種吉の妻は、いつも、彼の神経をとがらせ
るようなことをしたり言ったりする。だがこ
の時彼女は不思議なほど静かだった。
それだけで、種吉はうれしかった。
突然、コンビニからあらわれた幼児の祖母
のおこないをふりかえってみる。
幼い男の子のために、種吉がいったい何を
していたか。そんなことはまったくおかまい
なしに彼女は種吉にむかってどなった。
赤の他人なんだから、放っておけばいい。
その点からすれば種吉はかまい過ぎだった。
幼児の祖母の行為も仕方がないことであっ
たのかもしれない。
不意に種吉の我慢をつきやぶり、夏のあら
しが、わっと種吉のこころの外に出ようとす
る。だれもそばにいなけりゃ、種吉はパーキ
ングのはじに行き、はるか遠くの山に向かっ
て、大声でばかとかあほうとかどなりたい思
いにかられた。
だが、彼は充分に年老いている。喉から出
かかった言葉すべてに対して、ぐっと歯を食
いしばってこらえ、それからごくりとのみこ
んでしまった。
かなりエネルギーが消耗した気がする。
種吉は目をぱちぱちした。
彼の妻は右手でもったペットボトルを、い
い加減斜めにかたむけ、やきそばやらたこ焼
きやらでいっぱいになった腹の中に、緑茶を
流し込んでいるところだった。
種吉は不意に恥ずかしさを覚え、食事の席
から立ちあがると、つかつかと歩きだした。
「お父、今度は俺にまかせて、大変だった
ね。いいと思ってやったって、あんなふうに
変に誤解されるんだから」
ずっとそばで見ていた三男のМが、種吉に
かけよるなり、種吉の背後にまわった。
彼の薄くなった後頭部を、右手で何度もな
でさすった。
「このあほ、何すんねん。運転じょうすに
やってな。ほなら、まかせたで」
種吉の口から、関西弁がでた。
三男のМが運転する車が走り出しても、種
吉は今さっき出逢った子どもの泣き顔が頭か
ら離れない。
助手席にすわった種吉は両目を閉じた。
しばらく運転しないでも済む、張りつめた
思いから解き放たれるぞ。
そう思うとうれしくなった。自然と口もと
がゆるむ。
(子どもの顔って、ようもまあ、あんなに
クシャクシャになるもんだ)
種吉は男の子の泣き顔を思い浮かべ、しき
りに感心するのだった。
老いさらばえた自分に比べ、幼児の皮膚の
なんてやわらかいこと。
自分が幼児だった頃を、種吉はなんとか思
いだそうとしたが、途中で失敗してしまった。
種吉の胸の中では、いまだに夏のあらしが
吹きまくっている。
幼児の祖母のひとり舞台が今さっき終わっ
たばかりだ。
彼女が演じている間ずっと、種吉はふたつ
の耳を両手で抑えたい衝動にかられた。
その後すぐに彼女は孫を抱きあげた。しっ
かりした足取りで、ひとつの空きもないほど
混雑したパーキングのかなたに去った。
家族みんなで、お昼を食べる。
種吉が期待した、そんな家族のだんらんの
ひと時が夢と消えてしまい、彼らのいる場所
はまさに台風一過といったおもむきを呈して
いた。
家族ひとりひとりが、種吉の気持ちを思い
やってか、あらぬ方を見つめ、食べ物を口に
運んでいる。
種吉の妻は、いつも、彼の神経をとがらせ
るようなことをしたり言ったりする。だがこ
の時彼女は不思議なほど静かだった。
それだけで、種吉はうれしかった。
突然、コンビニからあらわれた幼児の祖母
のおこないをふりかえってみる。
幼い男の子のために、種吉がいったい何を
していたか。そんなことはまったくおかまい
なしに彼女は種吉にむかってどなった。
赤の他人なんだから、放っておけばいい。
その点からすれば種吉はかまい過ぎだった。
幼児の祖母の行為も仕方がないことであっ
たのかもしれない。
不意に種吉の我慢をつきやぶり、夏のあら
しが、わっと種吉のこころの外に出ようとす
る。だれもそばにいなけりゃ、種吉はパーキ
ングのはじに行き、はるか遠くの山に向かっ
て、大声でばかとかあほうとかどなりたい思
いにかられた。
だが、彼は充分に年老いている。喉から出
かかった言葉すべてに対して、ぐっと歯を食
いしばってこらえ、それからごくりとのみこ
んでしまった。
かなりエネルギーが消耗した気がする。
種吉は目をぱちぱちした。
彼の妻は右手でもったペットボトルを、い
い加減斜めにかたむけ、やきそばやらたこ焼
きやらでいっぱいになった腹の中に、緑茶を
流し込んでいるところだった。
種吉は不意に恥ずかしさを覚え、食事の席
から立ちあがると、つかつかと歩きだした。
「お父、今度は俺にまかせて、大変だった
ね。いいと思ってやったって、あんなふうに
変に誤解されるんだから」
ずっとそばで見ていた三男のМが、種吉に
かけよるなり、種吉の背後にまわった。
彼の薄くなった後頭部を、右手で何度もな
でさすった。
「このあほ、何すんねん。運転じょうすに
やってな。ほなら、まかせたで」
種吉の口から、関西弁がでた。
三男のМが運転する車が走り出しても、種
吉は今さっき出逢った子どもの泣き顔が頭か
ら離れない。
助手席にすわった種吉は両目を閉じた。
しばらく運転しないでも済む、張りつめた
思いから解き放たれるぞ。
そう思うとうれしくなった。自然と口もと
がゆるむ。
(子どもの顔って、ようもまあ、あんなに
クシャクシャになるもんだ)
種吉は男の子の泣き顔を思い浮かべ、しき
りに感心するのだった。
老いさらばえた自分に比べ、幼児の皮膚の
なんてやわらかいこと。
自分が幼児だった頃を、種吉はなんとか思
いだそうとしたが、途中で失敗してしまった。