小彼岸桜のズクなし写真ブログ

デジタタルカメラで小旅行や近場の被写体を自分流で写し止めたものを不定期に更新していきます。

大和郡山城跡 其の2 最終 (2014年04月07日 月 晴 EOSEOS5D&5DⅢ)

2014年04月16日 | EF17-40mmF4LCPL
                   大和郡山城跡 其の2 最終 です。

               実は、この公園へ来た時に一番先に目に入る光景です。EOS5D EF17-40F4CPL               

               




               さて、柳沢吉里が趣味で飼っていた金魚も運んだことから、この地での金魚養殖が始められるようになりました。
               この神社、金魚の神様 だそうです。EOS5D EF17-40F4CPL

               





                    朱文金↓ ズラーと金魚の鉢が並んでいた。4つばかり挙げて見ます。EOS5D EF17-40F4CPL
                    
                    和金↓     
                    
                    ランチュウ↓
                    
                    キャリコ↓
                    




               其の金魚の養殖ですが、幕末の頃には下級藩士の副業として、明治維新後には職録を失った
               藩士や農家の副業としてさかんに行われるようになりました。EOS5D EF17-40F4CPL

               




               この営みには郡山藩最後の藩主、柳沢保申の惜しみない援助があったとされています。EOS5D EF17-40F4CPL

               




               そして現在、大和郡山の金魚養殖は日本で最大の産地として発展を遂げました。EOS5D EF17-40F4CPL

               




               また、柳沢家郡山藩は藩主をはじめ藩士にも文化人が多かった。EOS5D EF17-40F4CPL

               




               吉里自身も優れた文人であり、画は狩野洞郁に学びました。EOS5D EF17-40F4CPL

               




               さて、足は出口の方向かっています。EOS5DⅢ EF24-70F4LIS

               




                               一か所をユックリ探索する時間は有りません。EOS5DⅢ EF24-70F4LIS

                               




               陽は未だ高くても夕方が迫っています。この写真の中に映っている出店、屋台などが沢山有りました。
               EOS5DⅢ EF24-70F4LIS

               




               郡山城跡、この画像で終わります。出口へやって来ました。EOS5DⅢ EF24-70F4LIS

               


               大和郡山城跡 完了します。

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