セミの終わる頃(21)

2017-01-11 21:20:31 | 小説
第十二章 治子の死

そして、治子はリミカの相談相手になりながら、自殺しないように監視を続けていた。
ある日、治子はリミカから、自殺をしないからこの湯治場で働かせて欲しいと頼まれた。
またしてもこの娘は私の後を追いかけてきていると感じた。

そして、経営者に頼み込んで、治子が身元保証人になる条件でアルバイトとして採用してもらった。経営の厳しい湯治場なので時給は、市中の時給よりも大幅に低かったがリミカが承諾したので治子は、これでこの娘の命を救えたと安堵した。

この日から、治子とリミカとの湯治場の運営が始まり、力を要する仕事のほとんどは若いリミカが行ったが、客対応も良くて若いリミカのもてなしによる集客力が貢献して、湯治場は安定した経営が続いた。

治子はこのことでもリミカは私の後を追いかけてきていると感じられた。
そして、治子に寄り添っていた鹿も、ある日小鹿を連れてやってきて、
「僕にも子供が生まれたよ。」
と報告しているように思えた。
その小鹿は治子とリミカにもすり寄って来たので、この小鹿も親鹿の後を追ってきていると思われた。

歳を重ねた治子は体調不良で湯治場を休む日が続くようになっていったが、治子の部屋の外には忠犬ハチ公のごとく、鹿がいつも佇んでおり、治子がガラス戸を開けると、治子にすり寄って来て、潤んだ目で治子の顔をずっとながめている。

「あなたの気持ちは十分分るけれど、私はあまり永く生きられないと思うので家族の元に帰りなさい。」
「・・・」
鹿は頭を治子に強く押し付け、目を閉じて動こうとしなかった。
「しかたが無いわねえ、だったら、私が死んだらみんなの所へ帰るのよ。」
その時鹿は大きくうなずいて見せた。
「旅館の方はリミカさんがちゃんとやってくれているので心配は無いけれど、わたしはあなたの事が心配でならないわ。」
「・・・」
「あなたがしゃべれたら、あなたの囁く愛の言葉を聞いてみたいわね。私が想像しているとおりだと思うけれどね。」
鹿は嬉しそうに大きくうなずいて、頭をより一層強く治子に押しつけてきた。
「ゴメンね、できない事を言ってしまって。そうだわ、あなたもお父さんと同じように夢の中に出てくればいいのよ。私が生きている内に夢に出てきてね。」
「・・・」
「あらっ、あなた困っているでしょ。」
治子は鹿の困っている様子が手にとるように感じられた。