セミの終わる頃(22)

2017-01-12 20:59:52 | 小説
「あなたにお願いがあるの。私が死んだら、この田舎の地に埋めてもらうから、お墓を守ってもらいたいの。」
鹿はまた大きくうなずいて応えてみせた。
しばらくして、リミカは治子に寄り添っている鹿に名前を付けようと言い出した。
「ねえ治子さん、この子に凜(リン)という名前を付けたいと思うのだけど、どうかしら? リンとしているから、良い名前だと思うの。」
「あなたが良いと思っても、この子が気に入るかどうかねぇ?」
「凜、おいで。あんたに凜という名前をつけようと思うのだけど、気に入った?」
その時、鹿が小さく首を縦に振って応えたようにみえた。
「治子さん、凜で良いって。」
「その子、いいや凜が良いと言うなら良いわよ。」
「ねえ治子さん、凜のお父さんにも名前を付けない?」
「そうね、子供に名前が有るのに、親に名前が無いのはかわいそうだわね。リミカさん、どんな名前が良いと思うの?」
「治子さんが見つけた時に、頭を怪我していたこの子が生きよう生きようとしていたんでしょ。だったら活(カツ)が良いと思うの。」
「良い名前ね。」
「私の所にいる子の名前は何にしようかなあ。隆(リュウ)にしようかな、それとも天(テン)にしようかな。」
「その子に選ばせたら良いんじゃない?」
「そうね、紙に書いてどちらを選ぶかやってみようか?」
「そうね。」
「さあ小鹿さん、あなたはどちらの名前が良いと思うの?」
「あら天(テン)が良いの。もう一度ね、今度は二枚の紙を離して置くわね。」
「あらっ、迷わないで天の方に行ったわ。あんたは天が良いの?」
「あらっ、今度は大きく頷いたわ。」
「よしっ、あなたは今日から天という名前ね。」
「ギュ~イ。」
「あらっ、喜んでいるみたいね。」

次の年、治子は病の寝床の中でセミの鳴くのを、大きくなった凛と聞いていたが、これが治子の最後の夏となった。