かんりにんのひとりごと

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お出かけ先の寺院や趣味の卓球についても書いています!!

京都検定の受験票が到着

2024-11-21 | 観光・旅行・京都検定

そろそろ京都検定の受験票が到着する頃なので、職場では、私も含めて、三人がソワソワしていました。

私以外の二人は初めての受験で、大変緊張されているみたいです。

毎日、一緒に勉強してきたので、「大丈夫ですよー」と元気づけようと思いましたが、何十年ぶりかの試験に戸惑っておられました。

「とにかく、早く着いて、落ち着いて机を確認して、本を広げて、自信満々の顔で構えてください」とアドバイスしました。

遅れていって、他の方が一生懸命勉強しているのを見たら、怖気づいてしまいそうなので、必ず1時間前に行って、他の人より早く椅子に着いてくださいとアドバイス、、、。



私だって、人にアドバイスしている余裕はないのですが、3回目ですので、余裕のあるふりをして、経験談を話しました。

受験票が、届かないと、試験会場がわからないので、何時に家をでたら良いかわからないと心配そうな方もいました。

おそらく大学だと思うし、大勢が受験するので、必ず電車の駅が近くにあるはずです。

駅には係の人がいて、会場まで教えてくれますよと、親切丁寧に伝えました。




とにかく受験票が届かないことには、、、。

そう思って家に帰ってみると、、、。



来ていましたー!

会場もやっと判明しました。

今年は外大でした。

場所もわかってあとは、2週間のラストスパート。

明日も、職場で京都検定の話で盛り上がりそうです。









空海が創設した綜芸種智院の跡

2024-11-20 | 観光・旅行・京都検定

 

先日、歴史ウオークをして、空海にゆかりの場所を歩きました。

 

東寺のような有名な場所もありましたが、この歴史ウオークはいつもは有名ではない隠れた名所みたいな場所をよく訪れます。

 

 

 

 

ちょうど木々が色づいて、綺麗になりつつありました。

 

 

 

先日も紹介した堀川があった場所を歩いていきました。

 

そのすぐ近くに『綜芸種智院』の跡地がありました。

 

綜芸種智院は、平安時代の初期に、空海が創設した教育期間でした。

 

 

 

平安時代は、身分の高い一部の人しか教育を受けることができませんでした。

 

空海は、広く一般の庶民にも門戸を広げて、様々な分野の学問を学ぶことができるようにしたそうです。

 

 

『綜芸』とはさまざまな学問を学ぶことで、『種智』とは仏の教えを広く世の中に伝えることだそうです。

 

 

空海は、優れた僧であり、優れた教育者でもあったようですね。

 

綜芸種智院という名前は歴史か何かで習った覚えがありましたが、実際に跡地があるとは知りませんでした。

 

ガイドの方は、現代で言えば総合大学のようなものを作ろうとしたのではとおっしゃっていました。

 

 

 

この綜芸種智院は空海がなくなると後継者が無くて、途絶えてしまったそうですが、現在京都市にある「種智院大学」はこの流れをくむものらしいです。。。

 

空海の教えが、受け継がれているのかもしれませんね。

 

 

まだまだ知らないことが、たくさんあるなあと感心しながら、次の場所へと向かいました。。。

 

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京都観光旅行のあれこれ

 

  

 

 

 

 

 

  


久しぶりの歴史ウオーク

2024-11-17 | 観光・旅行・京都検定

 

今日は、久しぶりに京都の史跡を歩いて回る「史跡ウオーク」の会に参加しました。

 

賛助会員になっているので、毎月案内が送られてきます。

 

今回は、節目の200回目と言うことで、行き先は秘密でどこへ行くのかは全く知りませんでした。

 

 

集合は京都駅で、いくつかの班に分かれて、順次出発します。

 

 

 

この道は、堀川通りの語源となった堀川があった場所だと教えていただきました。

 

今では、道となっています。

 

 

 

歩きながら、木々が色づいているのがわかり、写真を撮ってみました。

 

本来は、11月の中旬なので、寒いはずなんですが、歩いているうちに暑くなってきました。

 

参加者の皆さんも、暑い暑いとおっしゃっていました。

 

 

 

いくつかの地点を経由して、到着したのは、なんと東寺でした。

 

この史跡ウオークのコースは、いつもマイナーな場所ばかりで、有名な寺院にはあまり行かないのですが、今日は珍しく東寺でした。

 

 

 

どうやら、今回のコースは弘法大師空海にゆかりのある場所をめぐるというコースになっていたみたいです。

 

 

 

 

行く場所ごとに、引率の方が解説をしてくださるので、ありがたいです。

 

 

東寺の南大門の前にはいつもアオサギ君がいますね。。。

 

 

東寺のシンボルみたいな五重塔です。。。

 

5代目のもので、高さが55メートルなので覚えやすいですね。

 

ここが最終地点ではなくて、このあと羅城門~西寺跡まで歩きました。

 

 

 

東寺と同じ時期に、西にもお寺ができたのですが、何度か焼失し、その後再建されることはありませんでした。

 

今では、公園となっています。

 

 

西寺には守敏(しゅびん)という僧がいて、空海とどちらが雨を降らせるかで、争ったそうです。

 

守敏は雨の神を閉じ込めて、空海の邪魔をしたそうですが、空海が見破って、勝利したそうです。

 

守敏は、それを根に持って、空海を待ち伏せして矢を放ったのですが、突如黒衣の僧が現れて、その矢をとったと言われています。

 

その場所が「矢取り地蔵」として、残っていました。

 

そういう伝説が各地に残っています。

 

 

久しぶりの歴史ウオークでしたが、ガイドの方ともお話ができて、楽しく参加できました。

 

ガイドの方とお昼ご飯を食べて、お仕事についても聞いてみました。

 

私もガイドができないかと思ったのですが、なかなか勉強が大変そうですね。

 

とりあえずは、一参加者として、続けていきたいと思っています。

 

 

 

 

  

 


法然ゆかりの光明寺

2024-10-27 | 観光・旅行・京都検定

 

今日は卓球の試合がありました。

 

以前に何回も行ったことがある、懐かしい体育館でした。

 

今日は年齢別の5人のリーグで、総当たりで一人4試合をします。

 

一位の者だけが、決勝トーナメントに進むことができます。

 

 

 

この間の練習の成果がよく出ていて、随所にいいプレーがあったと思っています。

 

第一シードの方とも、五分の試合をしていたのですが、なかなか最後の1点が取れません。

 

あれよあれよというまに、向こうに11点をとられてしまいます。

 

おかしいな・・・、全体としては、こちらが押している感じなのに、なかなか点数が勝ち越せません。

 

 

こんなことが良くあります。

 

あと一歩と言うところから、先へ行くのがなかなか大変なのだと思います。

 

さて、思いのほか、早く試合が終わったので、近くにある光明寺というお寺に寄ってみました。

 

 

 

このお寺は、以前に何回も来たことがあります。

 

もみじが綺麗なことで有名で、もう少ししたら、大勢の観光客が来られるはずですが、まだ色づいていなくて、すいていました。

 

 

 

少しだけ、色づいた木がありますが、まだまだですね。

 

 

この奥に御影堂がありました。

 

 

 

光明寺は、法然上人にゆかりのある寺院で、法然のお弟子さんの蓮生上人が開いたと言われています。

 

 

今年は、京都検定1級のテーマが法然上人なので、再確認の意味でも来てみたいと思っていました。

 

法然さんの銅像もあり、袈裟をかけた松も残っていました。

 

 

 

何年ぶりだったか・・・。

 

懐かしい限りです。。。

 

 

卓球の試合のあとの心地よさと、寺院の静けさとで、しばしまったりと、良い時間を過ごすことができました。

 

練習の成果も出ていたので、少し自信になりました。

 

京都検定の勉強と卓球の練習を明日からまた頑張りたいと思います。

 

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祇園祭始まりの地『神泉苑』

2024-10-14 | 観光・旅行・京都検定

 

この三連休は大きな予定がなく、比較的のんびりと過ごしました。

 

たいてい卓球の試合があったり、京都を歩いて回ったりするのですが、今回はちょっと家で休養を兼ねて、勉強をしていました。

 

身体の方は、かなり楽になりました。

 

さて、昨日は二条城の写真を紹介しましたが、二条城に行ったら、セットで行かなければ・・・と思っていた場所があります。

 

 

 

 

神泉苑という池です。。。

 

この池は、桓武天皇が京都に都を移したときに、平安京のすぐ南につくられた池で、古くから神苑とされてきました。

 

説明書きに書かれている内容には、平安時代に日照りの日がつづいたため、空海が雨乞いの祈祷を行ったと書かれています。

 

どこかで聞いた話ですが、善女龍王という龍の神様がいて、雨を降らせてくれたという話があります。

 

 

 

池の中央の部分にお社があります。

 

その名も「善女龍王社」です。

 

 

 

この橋を渡っていきます。

 

 

 

 

ありました、ありました。

 

なかなか面白い伝説ですね。

 

 

 

もうひとつ、平安時代に疫病が流行った際に、疫病退散を願って、この池で「御霊会」が行われました。

 

その時に、66本の鉾を建て、八坂神社から神輿がやってきて、厄払いをしたとか・・・。

 

それが、その後に『祇園祭』に発展したんですね。。。

 

今は、こじんまりした地味な池ですが、昔は大切な場所として、多くの人から崇められていたことでしょう。。。

 

 

ちなみに・・・。

 

この場所は、二条城のすぐ南側にあるのですが、、、。

 

この池がある場所を道が通っていたので、「おいけどおり」(御池通)になったとか・・・。

 

 

よくできた話だと感心しています。。。

 

神泉苑 ― “平安京”の庭園遺構…京都市・二条の庭園。 | 庭園情報メディア【おにわさん】

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神泉苑について 「神泉苑」(しんせんえん)は世界遺産『二条城』と御池通を挟んで隣接している池泉回遊式庭園。古くは794年、平安京が造営された際に桓武天皇によって大内...