1月10日、日本が進むべき道について最後まで案じていたジャーナリストの竹田さんが亡くなりになられました。本記事は、竹田さんが年末に寄稿してくださった記事です。遺稿となりました。再掲載します。
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【竹田圭吾が読む2016年の国際情勢】ニッポンよ、世界の難局に手を差し伸べる国となれ
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文/竹田圭吾(ジャーナリスト)
2015年の国際情勢を漢字一文字で表すとすれば、どんな字がふさわしいだろうか。ギリシャの財政難、ヨーロッパの難民危機、過激派組織「イスラム国」(IS)やテロとの戦いの苦難などを考えれば、それこそ「難」が無難だろう。
しかし、僕はむしろ「独」という字を選びたい。ミャンマー総選挙におけるアウン・サン・スー・チー率いる野党・国民民主連盟(NLD)の勝利は、無血の「独立革命」が成就されたと言っていい。
ドイツの存在感が際立った2015年
アメリカとキューバの国交回復とイラン核交渉の合意は、キューバとイランが「孤独」から抜け出したという点で歴史的な意味を持っている。一方で、南シナ海で人工島の造成を急ピッチで進める中国の「単独行動主義」がますます目立ってきた。
そしてもちろん、「独」はドイツの独でもある。米タイム誌がパーソン・オブ・ジ・イヤー(今年の人)にメルケル首相を選んだように、2015年の国際情勢におけるドイツの存在感は際立っていた。
ドイツが突きつけた緊縮策に抵抗するギリシャの財政危機問題、シリアから押し寄せる難民について話し合う場の中心には常にドイツがいて議論を支配。ウクライナ問題では対ロシア経済制裁でEUの足並みを揃えさせ、パリ同時多発テロ後のISへの空爆では本格的な軍事協力と第二次世界大戦後で最大規模の海外派兵を即決した。
ドイツのそうした極端なプレゼンスの膨張は、さまざまな問題にスピーディーに解決の糸口をつけたという点で評価され歓迎される一方、独善的、独裁主義的な手法との指摘も受けている。
フランスの経済学者トマ・ピケティは、敗戦国としての債務を第一次大戦後も第二次大戦後も結局は返済しなかったドイツに、ギリシャの債務減免を拒む資格などあるのかと批判した。難民を大々的に受け入れて称賛を浴びたが、国内の地方自治体が悲鳴を上げ、メルケル首相の支持率が就任後最低にまで下がると今度は制限策を打ち出し、手のひら返しに国際社会はあっけにとられた。
ウクライナ問題とギリシャ債務問題への対処に同時に奔走した5月、メルケル首相がわずか一週間にモスクワ、ワシントン、ブリュッセルなど11都市、行程にして計2万キロを飛び回るシャトル外交を展開したように、ドイツのアクションは鮮やかと言うほかない。しかしスペインの首相が「ドイツの植民地になるつもりはない」とまで語ったように、そこにはEUの分断を招くリスクも潜んでいる。
ミャンマーやキューバ、イランにおける変化は、孤独からの解放という意味で総じてポジティブな効果を見出すことができる。
それに対して、ドイツが突出することでヨーロッパの結束が乱れ、それがシリア問題、ユーロ圏の債務危機への今後の対処に微妙なブレをもたらせば、アメリカやロシア、イギリスだけでなく、日本や中国、国連やIMF(国際通貨基金)、世界銀行、NATO(北大西洋条約機構)にとっても頭痛のタネになる。ドイツの「独」が単なる国名ではなく、孤独や独善を意味するものにもなりかねない。
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「連ならない」ことへの恐怖感が広がった
2015年の状況を踏まえると、2016年はどんな漢字一文字で表すことができるだろうか。考えられる文字は二つあり、そのうちの一つは「連」だ。
象徴的なのは、年の瀬にパリで行われたCOP21(国連気候変動枠組み条約締約国会議)の成功だ。二酸化炭素排出量の多い国々同士の間、物理的な影響が少ない国々と国土水没の危機にさらされる国々の間で妥協が生まれた。
京都議定書後のエゴにまみれた空白を埋めた点で歴史的と呼べる合意に達したことは、国際社会が「連なる」の重要性を強く意識し始めたことを示している。
パリ同時多発テロ後にフランスが呼びかけた対IS空爆への参加では、2013年のシリア空爆の際にはアメリカへの義理立てを断念せざるを得なかったイギリスが、今回は多くの野党議員も票決で賛成に回って空爆参加を即決した。良くも悪くも、連合体を形成することへのアクションのスピードが速まっている。
中国とて、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の参加国に英仏独まで連なったことや、IMFがこれまでドル、ユーロ、ポンド、円に限っていた準備通貨に人民元を組み入れ、人民元が国際的な主要通貨としてお墨付きを与えられたことを思えば、金融界の重要な「連合」をマネージする国としての責任をさらに厳しく問われるだろう。
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)において、交渉が妥結に近づくにつれて慌てた韓国などで参加を求める議論が高まったのも、「連ならない」ことへの恐怖感が広がっている証と言える。
2016年は、そうした2015年の世界全体のパラダイムシフトがさらに加速する「連」の年になる可能性がある。
2016年を漢字一文字で表す文字を予想した場合、もう一つの候補は「散」だ。2015年に「独」と「連」で形容できる変化が著しかった結果として、その反動から分散、拡散、散乱が広がるというシナリオだ。
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分散と散乱のリスクをはらむシリアとIS
一皮むけばすでに分散と散乱が巣食っているのがシリアと対ISの問題だ。有志連合による空爆にはサウジアラビアも参加し、12月にはシリア情勢全体の解決に向けてアメリカとロシアが一致団結する姿勢を示してみせた。アサド政権に影響力を持つイランまで連なるという豪華布陣だ。
しかし内実は、サウジは自国からISへの人材と資金の流出を黙認しているし、ロシアが積極関与に乗り出したのも問題解決の主導権をアメリカに奪われるのを恐れてのことに過ぎない。
テロがパリやロンドンを直撃すれば、国民の反発を受けたフランスやイギリスはすぐさま空爆から離脱するかもしれない。IS包囲網の連合体は、いつでも散り散りになる可能性をはらんでいる。
連なることへの意識の高まりは一方で、そのリスクを顕在化させた。TPPが大枠合意まであれだけこじれたのは、連なることが「縛られる」ことを意味すると感じ取った農家や自動車業界、中小国の政府が反発したからだ。アメリカなどで議会批准が危ぶまれていることを考えれば、まだまだ散乱の段階にあると言える。
COP21のパリ合意も、自主的な努力目標であるという点では不完全なものに過ぎない。排出量が膨大な国や経済規模の大きい国が努力を目に見える形で果たさなければ、COPという枠組み自体が今度こそ胡散霧消するだろう。
オバマ政権が陥った「決められない政治」
もう一つ、国際情勢に不安定要素を拡散させそうなのが2016年11月に迫ったアメリカ大統領選の成り行きだ。
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過去2回の大統領選でキリスト教保守派やティーパーティーに振り回されて敗北した共和党は、マイノリティー層有権者の取り込み、アングロサクソンの党というイメージからの脱却という長年の課題を克服できず、イカれた発言を繰り返すドナルド・トランプに乗っ取られたまま予備選を終えようとしている。
過去2回のパターン通り、本選では中道の民主党候補(今回はヒラリー・クリントンが有力)が勝つにしても、トランプとその支持者の影響力は議会に残る。オバマ政権は議会との対立調整に手こずり、内政でも外交でも「決められない政治」に陥った。
その状況が続けば、アメリカの信用力と影響力はさらに低下し、国際情勢は地政学的なパワーが拡散する多極化の時代に突入して、問題解決プロセスは複雑化・スロー化を免れないだろう。
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日本は「連なる」ことへの意思を世界に示すべき
では、2016年が「連」の年になるにせよ「散」の年になるにせよ、日本は状況にどう向き合うべきなのだろうか。
地球を俯瞰する外交を掲げ、3年間で86の国と地域を訪れた安倍総理の姿勢は、日本のプレゼンスを格段に高めた点で評価されていい。長期政権が担保されているのも、日本に対する信用力をアップさせている。問題は、そうしたプラス材料が「連なる」ことにほとんど結びついていないことだ。
尖閣諸島への中国の挑発的な行動に対する日本の反応は、周辺国と日々緊張状態にある国々の目には甘すぎると映る。ウクライナ問題で対ロシア経済制裁をためらわなかったことは、安倍総理とプーチン大統領の太いパイプを詰まらせ、北方領土問題解決への歩みを足踏みさせた点で外交戦略として疑問も残る。TPP交渉をアメリカとともに牽引し、AIIBにはアメリカとともに参加しないのも、単なるアメリカ従属にしか見えないだろう。
日本はもう少し、目に見える形で「連なる」ことへの意思を世界に示すべきだと思う。例えばシリア問題では、テロの標的になる可能性を高めるだけの形式的な軍事後方支援ではなく、シリアやイラクの難民を3万人、日本が受け入れると宣言してはどうか。
日本は難民問題に無頓着というイメージとのギャップがあるため、国際社会からは歓迎され評価されるはず。財源が問題だが、受け入れる以上はスウェーデンやドイツのように語学習得、職業訓練、生活費支給を行わなければ意味がないので、難民1人当たり最低50万円はかかるだろう。
それでもトータルでは150億円で、イラク戦争時の派遣に970億円かかったことと比較すればずっと費用対効果が高い。反対する野党はいないだろうし、負担が大きいのは自治体だが、企業や個人による費用面・人材面・インフラ面での支援や寄付も日本の場合は大いに期待できる。
連なることで日本も当事者であるとはっきり示す、あるいは連ならないことで「散乱」の状況に臨機応変に対処する――。それを自らの判断と意思で行うことが重要だ。安倍総理と連立政権には、地球を俯瞰するだけでなく「ときに地上へ降りて難局に顔と口を出す」外交を望みたい。
編集者/ジャーナリスト。1964年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、スポーツ雑誌でアメリカのプロスポーツを取材。93年に『ニューズウィーク日本版』に移り、2001年から10年まで編集長。04年以降、テレビのさまざまな情報番組やニュース番組のコメンテーター、ラジオ番組のナビゲーターなどを務めた。