今年のアカデミー・オスカー賞で、最優秀作品賞、助演男優賞、脚本賞を含む計6部門にノミネートされたトム・ハンクス主演のスティーブン・スピルバーグ監督作『ブリッジ・オブ・スパイ/ Bridge of Spies』。
2016年1月現在、日本の劇場で絶賛上映中の新作だ。
撮影中のトム・ハンクスとスティーブン・スピルバーグ監督
Courtesy of Dreamworks
普通の男が奇跡を起こすスリリングなドラマ。
そんな男にぴったりのトム・ハンクス!
だって、彼は本当に気のいい人だから。
実際に奇跡を起こしそうな雰囲気もたっぷりな人。
でも何度会っても素顔は、本当に気さくな”普通の人”なのだ。
この新作のインタビューの際にも、「コンニチハ!」と、日本語で元気よく彼の方から語りかけてくれた。
実在の弁護士ジェームズ・ドノヴァンに見事に扮したトム・ハンクス。
アメリカ合衆国と旧ソビエト連邦が冷戦状態にあった1950年代に、実際に起きた事件を基に、コーエン兄弟とマット・チャーマンが脚本を描き、そのストーリーはアカデミー賞ノミネートとなった。
ドノヴァンは保険分野の弁護士。
それなのに、なぜかアメリカで逮捕されたソビエトのスパイを弁護するという場違いな大役を任されてしまう。
とは言っても、弁護するのは敵国の犯罪人(アカデミー助演男優賞ノミネートのマーク・ライランス)なのだから、一応、形だけで適当にやっていれば済む仕事だったのかもしれない。
でも、気のいい真面目な彼は一生懸命やってしまう。
多くの人々が核戦争が起こるかもしれないと恐怖に脅えていた時代だ。そんな冷戦時代にスパイを弁護する役を買って出てしまったのだから、彼も、彼の家族も白い目で見られていた。
「裏切り者の家族と見られているのよ」と、妻に言われても、彼は家族に言いきる。
「どんな人間でも、同じように大切だ 。
(Every person matters. Everyone deserves a chance.)」
そんな彼に私は共感を覚えた。
「正義は皆に平等である」
が、弁護士ドノヴァンの信条だったのだ。
偏見を持たずに、誰をも平等に扱う。
それは簡単そうで、じつは偏見がはびこっていた1950~60年代に限らず、いまの時代だって実際にできる人は多くないと、私は感じている。
現代だって、イスラム教徒はテロリストだとか決めつける風潮があるのだもの。
でも、すべての人々に平等であった人間だったからこそ、この平凡な男は奇跡を起こすのだ。
この仕事を引き受けたことをきっかけに、普通の男が、ソ連のスパイとソ連に捕えられたアメリカ人スパイの交換という誰もやったことの無い使命を平和に成し遂げるのだ。
「世界が戦争勃発の恐怖に怯える中ー、平和の鍵を握っていたのは、ひとりの普通の男だった」
という映画のキャッチフレーズを、私は気に入っている。
ひとりの力でも、世の中を変えることができるー。
それは、平和活動をしている私にとって、なんと力強いメッセージか。
ソ連のスパイを弁護するトム・ハンクス演じるジェームズ・ドノヴァン
Courtesy of Dreamworks
これまでに3つのアカデミー賞に輝いたスティーヴン・スピルバーグ監督と、2つのアカデミー賞受賞の名優トム・ハンクス。
この二人がタッグを組むのは、『プライベート・ライアン』『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『ターミナル』に続いて、この作品で4度目となる。
「『ターミナル』以来、11年ぶりのタッグですね」
と言うと、目の前のスティーヴン・スピルバーグ監督とトム・ハンクスは同時に驚いて声をあげた。
「え!? もう、11年も経ったの?」と、その事実を知らされて、ふたりは改めて驚いている。
過去11年の間も、プロデュースなどで共同作業をし続けてきたため、そんなに時間が経っていたとは思っていなかった、というのだ。いつもメールし合ったり会ったり、公私ともに付き合いが続いてきたのだ。
だからこそ、このふたりの共同作業が逸品になるのは、自然なことなのだろう。
ふたり一緒のインタビューでは、ふたりの息の合う様子が微笑ましくて、お互いに尊敬し合える仲間との仕事は素敵だなと感じた。
取材インタビューを終えると、スティーヴンが「あなたは日本に住んでいるの? それともNY?」と、聞いてきた。
私はNY在住だと答えて、ここで私個人の映画の感想を、彼らに伝えた。
「実は、この映画が”戦争のプロパガンダ”でなかったので、本当にホッとしたんです」と。
スピルバーグとトムは、この私のコメントに同時に
「オー!!!! No!!!」と、大きな声をあげて反応した。
「これは全く、その正反対の映画だよ!」と、トムは言った。
この私のコメント、実はハリウッドの大物たちには危険な発言でもあった。
だって、ハリウッド映画は出資者たちが戦争で大儲けしている企業だったりするし、戦争プロパガンダを、そうでない顔を装わせて多く出しているのだ。
つまり、戦争のプロパガンダは、こういうものだ。
誰も戦争はしたくない、でも相手は悪のテロリストだ、自由のためには戦わなくてはならない、だから兵士たちはヒーローだ。
そんな映画に乗せられてしまって、人々は現在、世界で起きている戦争に対しても「これは正義の戦いであって、仕方ないのだ。戦争に反対する者は国家の裏切り者である」という戦争支持の考えになっていく。
銃を構える男をカッコよく映し出してしまう映像。
いつも敵国が襲ってくる、との誤った解釈。
これは社会の傾向として、とても危険だと、私は思う。
戦争、つまり人殺しする人たちを美化する映画が、最近多く出回っていることに、私はとても懸念しているのだ。
それで、私は彼らふたりに伝えたのだ。
「日本は70年間、誰も戦争で人を殺してないのです。
なのに、安倍首相は、私たちが愛している日本の美しい平和憲法第9条を戦争法制で変えようとしています。
そんな今だからこそ、あなたがこの映画で、(アメリカ合衆国)憲法について語ったシーンに、平和活動家でもある私は感動しました」と。
ふたりは興味深くうなずきながら聞いてくれて、優しかった。
「いまや、日本は国軍を築きあげることができるようになってしまったんだね」と、トム。
スピルバーグは「日本はまさにいま、深刻な時期にある」と、コメント。
Photography by Kuroda Masato
2015年、筆者も参加したNYで行われた安倍政権へ向ける平和アクション
そして、スピルバーグが聞いてきた。
「ナオミ・カワセを、知っているかい?
政治的でありながらも、美しい映画を製作している僕の友人だ。彼女の作品を観るといい」
私はこういう仕事をしていながら本当に無知で、河瀬直美さんの作品をまだ観ていない。
『萌の朱雀』『殯の森』『2つ目の窓』などで世界から絶賛されている日本人女性監督なのに!
スピルバーグに勧められてしまったのだから、早く観なくては。
彼女のコメントを目にした。
「国境を越えて作家たちが、武器でなく、映像や写真、音楽などの表現でつながり合うことができれば、平和な世の中になる」と、河瀬直美さんは語ったそうだ。
本当にー。
国境の隔たりがある人とも、敵だといわれている人とも、手にも心の中にも武器を持たずにつながることができたらー。
平凡なひとりひとりが、日々の生活の中で、世界平和という奇跡を起こしていけますように。
Copyright: 2016 Yuka Azuma