【従軍慰安婦問題を研究する吉見義明・中央大学教授の著書に対し、「ねつ造」と発言した日本維新の会(当時)・桜内文城・前衆議院議員への名誉毀損裁判。著者側敗訴】というニュースについて、荻上チキのニュースコメントを配信するとともに、判決文を全文掲載(PDFファイル)&一部書き起こしを公開します。
荻上チキのニュースコメントを音声で聴く(mp3)
判決文全文(PDF)をダウンロードする(PDF)
※参考 桜内文城・元議員のツイート↓
[今、東京に来ています。この後15時30分から東京地裁にて判決があります。慰安婦が「性奴隷」であるという虚偽の事実を捏造し、世界中に拡散してきた原告が、私の「これ(性奴隷)は捏造」との発言を名誉毀損として訴えてきた裁判です。ご注目ください‼](14:04 - 2016年1月20日)
[【完全勝訴】今回の判決により、日本の司法に「慰安婦は性奴隷である」と認めさせ、日本人の名誉と尊厳を更に傷つけようとした原告らの策謀は挫折した。もう、「性奴隷」とは呼ばせない‼](18:28 - 2016年1月20日)
![fsakura.jpg](http://www.tbsradio.jp/ss954/assets_c/2016/01/fsakura-thumb-150xauto-151433.jpg)
==【判決文の一部書き起こし(読みやすくするため一部改行などを加えています)】==
第3 当裁判所の判断
1.争点1 (本件発言は原告の社会的評価を低下させるか)について
(1)本件発言中二つ目の「これ」の意味について
本件発言は、「1点だけ(中略)コメント致します。」で始まるものの、最後に「この点も付け加えてコメントしておきます。」と締め括られたことからすれば、内容面では大きくは一つのことに言及しようとしたが、細かくは二つのことに言及したものと認められる。
すなわち、本件発言は、大きくは「sex slavery」に関する言及であるが、詳細にいえば「それから」の前後で二分され、1「橋下市長を紹介するコメントの中で彼は『sex slavery』という言葉を使われました。これは日本政府としては強制性がないということ、その証拠がないということを言っておりますのでそのような言葉を紹介の際に使われるのはややアンフェアではないかと考えております。」という前段部分と、2「『history books』ということで吉見さんという方の本を引用されておりましたけれどもこれは既に捏造であるということがいろんな証拠によって明らかとされております。」という後段部分を発言したものであると認められる。本件発言のうち、この後段部分が、原告が名誉毀損に該当すると主張する発言である。
前提事実(2)及び(3)によれば、本件発言の前段部分と後段部分は、それぞれ、本件記者会見において司会者が1「およそ1年前、橋下徹氏は、日本帝国軍が戦争中に女性たちを強制的に性奴隷制[the sexual slavery]の中に入れたという証拠を提示するように韓国に要求しました。」と発言した部分(以下「司会者発言部分1」ということがある。)と、2「慰安婦[comfort women]に関する歴史家の吉見義明のように、戦争について正直に扱った多数の日本歴史の書物 [Japanese history books]があります。」と発言した部分(以下「司会者発言部2」ということがある。)とを受けてなされたものであると認められる。
本件発言の後段部分も、これに対応する司会者発言部分2も、原告の著書におけるどの記述が「捏造」であり、どの記述が「正直」であるかということには、少なくとも明示的には言及していない。しかし、本件発言の後段部分は、発言自体の表現ぶりに加え、本件発言の前段部分とも関連するものであること、司会者発言部分1及び2に対応する形でなされたものであることなどの文脈からすれば、一般視聴者の通常の聴き方を基準にした場合、「司会者は、歴史家の吉見義明が日本歴史の書物において戦時中の従軍慰安婦について『性奴隷ないし性奴隷制度であった』と正直に記していると言うが、『性奴隷ないし性奴隷制度であった』という記述は捏造である、ということがいろんな証拠によって既に明らかにされている。」という意味に受け取られるものであると認められる。本件発言の後段部分において、被告がわざわざ原告の名前を挙げてその直後に「これ」と言ったことからすれば、一般視聴者は通常、原告を離れた一般的な「従軍慰安婦=性奴隷説」についての発言であると理解するとは認められない。
(2)「捏造」の意味
そこで進んで、本件発言後段部分の「捏造」という言葉の意味について検討する。
問題とされている表現が、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり、他方、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである(最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。
前提事実(2)及び(3)から認められる本件発言の内容及び経緯等も踏まえて検討すれば、本件発言中の「捏造」という言葉は、「司会者は、歴史家の吉見義明が 日本歴史の書物において戦時中の従軍慰安婦について『性奴隷ないし性奴隷制度であった』と正直に記していると言うが、『性奴隷ないし性奴隷制度であった』という記述は捏造である、ということがいろんな証拠によって既に明らかにされている。」という文脈で用いられていることがわかる。
そもそも本件発言は、司会者発言部分2にその場で直ちに対応するために口頭で述べられた短いコメントであり、これを耳にした者が「事実でないことを事実のように拵えて言うこと」という「捏造」の本来の語法どおりに理解するかは疑間がある。実際、特派員協会から依頼を受けた中立的な立場にある翻訳者は、本件発言の直後に本件発言を英訳しているが、本件発言中の「捏造」という言葉を、「捏造」という意味を表す英語ではなく、「誤り」あるいは「不適当な」という意味を表す「incorrect」と英訳している(甲4の1、181の1・2、187の1~ 4、乙34、35、被告本人)。また、従軍慰安婦が「性奴隷であった」かどうかは、事実そのものではなくそう評価すべきかどうかという問題であるから、事実について用いられる「捏造」という言葉はそぐわない。これらを踏まえると、一般の視聴者は、本件発言中の「捏造」という言葉を「誤りである」あるいは「不適当だ」などの意味に受け取るか、せいぜい本件発言の経緯と文脈から「論理の飛躍がある」などの趣旨に理解するにすぎないものと認められる。
そして、「『従軍慰安婦は性奴隷ないし性奴隷制度である』と評価することは『誤りである』、『不適当だ』又は『論理の飛躍がある』」などといったことは、証拠をもってその存在を決することが可能な事項ではないから、事実の摘示とはいえず、意見ないし論評の表明に属するというべきである。
(3)社会的評価の低下
原告の著書の内容が上記(2)で認定した意味において「捏造」であると指摘することは、原告の客観的な社会的評価を低下させるものである。
(4)まとめ
そのため、本件発言の後段部分は、証拠等をもつてその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するもの、すなわち事実を摘示しての名誉毀損ではなく、原告が著書に「従軍慰安婦は性奴隷ないし性奴隷制度である」と記述しているという事実を前提として、当該記述が「誤りである」、「不適当だ」又は「論理の飛躍がある」などの意見ないし論評を表明することにより、原告の社会的評価を低下させる名誉棄損に該当するといえる。
2.争点2(被告は本件発言について免責されるか)について
(1)免責の要件
ある事実を基礎としての論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、その論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、その行為は違法性を欠くものと解するのが相当である。そして、仮にその論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において当該事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。(以上につき、前掲最高裁平成9年9月9日判決参照)
(2)本件発言についての検討
前提事実(2)及び(3)から認められる本件発言の内容及び経緯からすれば、本件発言は、「従軍慰安婦の置かれた境遇をどのように理解すべきか」ということを論じたものであるから、公共の利害に関する事実に関するものであり、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。そして、上記1(4)のとおり本件発言がその論評の前提としている「原告が著書に『従軍慰安婦は性奴隷ないし性奴隷制度である』と記述している」という事実について、前提事実(4)及び弁論の全趣旨により真実であることの証明があったといえる。
また、被告の本件発言は、被告が原告の著作を「読んだこともない (被告本人)」のに原告の著作を批判した点において、原告に対する配慮を欠くものと言わざるを得ないものの、他方で、司会者の発言にその場で直ちに対応するために口頭で述べた短いコメントにすぎないことや本件発言の内容、経緯などからすれば、未だ原告に対する人身攻撃に及ぶものとまではいえず、意見ないし論評の域を逸脱したものということはできない。
以上によれば、本件発言は違法性が阻却されるから、被告は本件発言について免責される。
第4 結論
よって、その余の点を検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないか ら棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第33部
裁判長裁判官 原克也
裁判官 外山勝浩
裁判官 藤田直規