英国の名優、ショーン・コネリー卿が亡くなった。
彼が主演した「薔薇の名前」は、私の最も好きな映画だった。

ギリシャローマ文明の光を失った中世キリスト教支配下の暗黒世界で、彼が演じた唯一人叡智の輝きを放つ修道士の姿は、この隠者の立居振舞いの良き御手本になってくれた。
まさに物語中の役そのままに我がマスターとして敬すべき人物像だった。
薔薇の祭壇に灯明と安ワインを供えグレゴリオ聖歌をかけて、しばし追悼の時としよう。
そして私も夕闇の中を隠者装束で中世に移転して、ダークファンタジーの世界に浸ろうと思う。
中世の闇は神学の深淵への入口でもある。
薔薇の名前にまつわる普遍論争は、神学から哲学が派生するきっかけとなった。
中世千年の閉塞世界は、実は孤独な思索を営々と続けるには適していたのだ。

おりしも今宵はサーウィン(ハロウィン)と満月が重なったので、近所の霊泉にて月光を浴びながらマイマスターの冥福を祈りたい。
スコットランド出身のコネリー卿には、ケルト風の儀礼が相応しいだろう。
小型カンテラの灯火の心細さが、中世知識人の心細さにも通じる。
宵の内は厚い雲に隠れていた月が夜中になって顔を出した。

先月の中秋の月も高く昇ってからやっと拝めたが今夜も同じで、つい夜更かししてインディー・ジョーンズのDVDまで観てしまいそうだ。
インディー・ジョーンズでの彼の役は、主人公の父親で中世文学の研究者かつトレジャーハンターと言う、これまた隠者好みの設定だった。
そもそも俳優とは夢幻界の職業だから、出演作品が不朽な限り作中人物も不滅なのだ。
ショーン・コネリー主演の数多くの名作DVDを集めて、隠者の冬籠りの楽しみとしよう。
©️甲士三郎