前世紀の国家的社会的なユートピア建設は幻滅に終わった。
神話の失われた楽園は、今世紀では個人個人の胸中にしか存在しない。
前回ちょっと触れたターシャ テューダーは日本ではただのガーデニングの人と捉えられているが、楽園追放の神話が行き渡っているキリスト教世界では楽園の再建者だ。
彼女は花園だけでなく木造手作りの古風なコテージに住み、家具道具類は全てアンティークで揃えた暮しだ。
古き良き18世紀アーリーアメリカンの生活様式を、そのまま現代に再現した楽園を築き上げた。
彼女の楽園は映画や写真集となって、世界中の人達の理想の暮しの良き指標となっている。
聖書の楽園追放はこの先も世界中の人々に強い影響を与えていくだろう。
(楽園追放 銅版画 ギュスターブ ドーレ 19世紀 著者蔵)
ドーレはダンテの神曲の挿絵で一世を風靡した画家で、神話やファンタジーを題材とした銅版画を数多く描いている。
作品数が多いので、欧米では案外手頃な価格で手に入る。
現代人の地獄のイメージは、ドーレのこれらの絵による所が大きい。
隠者はこの絵を飾って西欧人の2千年に及ぶ苦悩に思いを馳せている。
こうして人類は未来永劫理想の楽園を探し求めて彷徨う。
なのでこの隠者も失われた楽園を探して近所をさまよう事にしよう。
ーーー薔薇垣の路地を辿れば行き止まりーーー
人類が2千年かけて探しても見つからなかった楽園が、近所をちょっとぶらついて見つかる訳も無い。
ただ隠者にとっての楽園とは己が夢幻界に創り出す物、詩画の中に具現させるべき物なので、他の人よりは救いがあると思う。
©️甲士三郎