普段はもっと良い句歌を作らねばと苦吟に苦吟を重ねているのだが、我が終生の一大テーマである桜の時が過ぎて若葉新緑の頃は毎年気が抜ける。
なので今日は気楽に駄作を垂れ流しながら若葉の道を散歩に出よう。
そう言いつつも気が抜けているのでぐずぐずと珈琲を啜っているうちに、昼過ぎとなってしまった。
(青南京陽刻壺 清朝時代 小石原珈琲碗 昭和前期 唐津小皿 明治時代)
我が荒庭の若楓をちょっと剪って緑の古壺に活け、珈琲碗も緑釉の物を選んだ。
この小粒の草餅は1個だけなら私も食べられる。
卓上に創った緑の世界の出来が結構気に入って夢幻に浸っていると、あっという間に時は過ぎゆく。
さあ昼食後は遅まきながら町に出掛けよう。
先週お見せした廃墟の蒲公英が、もうすっかり穂綿になっている。
ーーー蒲公英の絮吹き上げる廃墟かなーーー
若草も先週からだいぶ伸びて来て、土の色が見えていたのが緑に覆われている。
この景色にはショパンのピアノ曲が合いそうだなどと、また音楽を聴き出すと1日が過ぎてしまうので先へ行こう。
永福寺跡を先に進んで山際の小道。
この奥は鎌倉武士で島津家の祖、島津忠久の廟がある。
観光スポットでも無く静かな場所なので、隠者好みの散歩コースとなっている。
ーーー若葉山出でて濁世の愉しみへーーー
月に1〜2度は鎌倉に何軒かある骨董店と古書店巡りをする。
古の隠者が山を出て市井に買い出しに行く気分だ。
ーーー古本屋巡りに著莪の咲く小道ーーー
ーーーどの庭も何か花咲く鎌倉の 若葉の路地を古本屋までーーー
こういった路傍の花も最近は安価な草刈機が普及したせいですぐに刈られてしまう。
あるいは不況であぶれた業者が安く請け負っているのか、市中至る所で年中草刈を見かける。
永井荷風も随筆で路傍の草花を刈るなと言っているが、わたし如きが何を言っても世間は雑草としか見ないだろう。
この先予報では雨の日が多く牡丹園の取材の予定が立たない。
近年は牡丹がゴールデンウィークまで持たないので、何かせわしい晩春だ。
©️甲士三郎