案じていた通り今年も雨が多く秋麗の日は数えるほどで、この後1週間程の晴天予報の日は大切に過ごしたい。
それでも天候は悪いなりに秋も深まり、灯火親しむには好適な時期となった。
そこで先ずは秋寂に浸るのにもってこいの歌を紹介しよう。
(直筆短冊 若山牧水 古織部徳利杯 山籠 江戸時代 李朝燭台)
「しらたまの歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけれ」若山牧水。
酒好きならずとも良く知られた歌で、本人も求められるままに軸や短冊に沢山書いたようだ。
この短冊と美酒があれば、たちまち秋の夜の静謐なる夢幻に浸れる。
加えて野の花と栗鼠が齧った柿と栗を飾り、古机の上を秋の山野としよう。
次いでは我が亡父の若い頃の師であった石田波郷の名句。
(病雁 初版 石田波郷 独楽塗蓋物 昭和前期)
「雁やのこるものみな美しき」石田波郷
「病雁」は物資乏しき戦後間も無くに出版された粗末な紙質の小さな本で、戦時中の句が多く収録された貴重な句集だ。
当時の読者は皆この句に出征して行った兵士達の心情を重ねて感じ入ったと亡父から聞いた。
波郷自身は中国出征中に宿痾の胸膜炎を発病し、終生に渡る闘病生活となった。
戦前昭和の器で菓子を供えて、この早逝の俳人を偲ぼう。
深秋の想いの中に波郷と父達の時代が浮んで来るようだ。
最後は先日も少し触れた秋艸道人こと会津八一だ。
(鹿鳴集 初版 会津八一 古高取大瓶 幕末〜明治頃)
「おほてらのまろきはしらのつきかげをつちにふみつつものをこそおもへ」
(大寺の丸き柱の月影を 土に踏みつつ物をこそ想へ)会津八一。
「鹿鳴集」を代表するこの歌を読めば、誰しもが秋寂の想いひとしおであろう。
私も奈良大和路は絵の取材で若い頃から何度も通っていて、この歌集や和辻哲郎の「大和古寺巡礼」は旅の愛読書だった。
実はこの歌の直筆の書があるのだが未表装で痛みがひどく、そのうち綺麗に修復したらお見せしよう。
晩秋は己が詩魂を鍛えるのにも良い時節だ。
古人先達の句歌に日々親しんでいる内に、こんな隠者の些末な底の浅い想いも今ひとつ深く掘り下げられる気がして来た。
©️甲士三郎