暦では立冬となったものの鎌倉はまだだらだらと晩秋の気候が続く。
その後も紅葉は12月末まで残り同じ頃には水仙も咲く、何ともぼんやりとした冬となる。
遅れて訪れて来た秋麗の日々に、好みの音楽を聴きながらの山野の散歩は至福の時間だ。

永福寺奥の小谷は隠者の四季折々の秘密の撮影スポットだ。
薄日差す中に時折吹き起こる風が山の上から枯葉を降らせ、ここなら誰もが映画の名場面の主人公になれる。
団栗や松毬などを拾いつつ歩く内には句歌の草案も想い浮かんでくるだろう。
この深秋の想いに浸れる時節を逃さずに楽しみたい。
ーーー時満ちて光の谷戸に木葉舞ひ 錆びし画室の窓開け放てーーー
毎年この時期は飾れる花が乏しいので、花以外でいろいろ工夫が必要だ。
落葉や木の実を脇役にうまく使おう。

(句集霜林 初版 水原秋桜子 古信楽花入 江戸時代)
「冬菊の纏ふはおのが光のみ」霜林 水原秋桜子
寂光を放つ菊の精を詠んだようなこの句は、秋桜子の生涯屈指の名句だと思う。
彼の句集は初学の頃に感銘を受け古書店で見かける度に何冊か入手して来たが、最近ネットのお陰で長年探していたこの「霜林」も初版本が手に入った。
小説や詩集歌集に比べ俳句集はどれも装丁が地味なせいか、古書業界ではまだ安値で扱われているので私でも気楽に買える。
と言うか鏑木清方の繋がりで集めようと思っていた硯友社(尾崎紅葉 泉鏡花 柳川春葉 巌谷小波ら)の初版本などは美麗な絵や装丁が人気で、もう隠者には遥かな高嶺の花となってしまった。
秋桜子は墨戯の方も品位があってなかなか良い。

(直筆句幅 水原秋桜子)
「啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々」水原秋桜子
幸い日本の詩歌には秋から初冬頃は良い作品が沢山ある。
散歩で拾ってきた落葉と団栗で文机を秋色に埋めれば、喫茶の温もりも一段と深く味わえる。
俳書の最大の長所は季節ごとに掛け替えて楽しめる所だが、自然から離れてしまった現代都会人にはさっぱり人気が無いのが残念だ。
実は上記の冬菊の句の短冊も句集より前から隠匿してあるのでいつか御披露しよう。
鎌倉はあとひと月ほどこんな日が続き、年末は観光客も途絶えて静かな時期となる。
家中の諸事情で旅にも出られぬ隠者は、引き続き夢幻の書画の中に閑居する他ない。
ーーー芋菓子がぼてりと座る本の山ーーー
©️甲士三郎