珈琲座の話の最後はアイスコーヒーの器を考えよう。
温暖化で夏がより暑くより長くなった分だけ、この時期の珈琲座の工夫はメンタルケアの面でも重要となってくる。
アイスコーヒーも味や淹れ方は人それぞれで良いが、精神の安息を得たいならそれなりの場と道具を設えたい。
(銅製ポット キャニスター イギリス 硝子ゴブレット イタリア)
一般的に入手し易いのは銅器とガラス器の組合せだろう。
冷珈琲にもアイスティー用の繊細優美な物は似合わず、気泡混りのごつごつした硝子コップなどが適している。
写真のゴブレットは20世紀初頭のイタリア製型硝子で、色はアンバーかグリーン系が珈琲にはマッチする(半透明の青は禁物)。
花器は同じ頃の松代焼の長首瓶。
清涼感と重厚感を同時に満たす組合せは結構難しく、この場合の花入も青釉は合わず緑釉でようやく銅の色と合った。
アイスコーヒーに最適な器は先年にも紹介したピューター(錫)のゴブレットだ。
(ピューターポット ゴブレット イギリス 1910〜20年頃)
本は新興俳句の名作、西東三鬼の句集「夜の桃」初版。
集の中の「中年や遠く実れる夜の桃」は当時かなり注目された句だ。
老境の隠者から見れば、若さ溢れて微笑ましい句と言えよう。
明易き夏の夜の読書には若気の至りであった戦後昭和の前衛やモダニズムが合う気がする。
ピューターは古色(錆)が付いていないと全く駄目で、100年程度経った物でなければ銀器の方がましだ。
以前は古い物でも「貧者の銀」と貶まれて安かったのが、最近では19世紀物など銀器よりも高くなってしまった。
コーヒーが他の清涼飲料に勝る点は重厚感にあるので、器もそれに応じて古格を持つ物を選びたい。
午前中のまだ涼しい時間なら、シンプルなガーデンコーヒーにしよう。
(ファイアーキング キンバリーオーロラ アメリカ 1950〜60年頃)
ファイアーキングのミルクガラスも近年人気が上がり、特にジェダイ(緑)やターコイズ(青)は入手難らしい。
隠者はひと昔に各色揃えておいたので助かった。
その中でも朝涼のコーヒーにはこの七色に変化するオーロラマグがぴったりだ。
本は与謝野晶子の歌集「晶子新集」初版で、乱れ髪などの初期の作風と比べると爽やかなイメージの歌が多く夏の珈琲時にもさらっと読める。
晶子の華麗な歌を導(しるべ)とすれば、しばし夢幻界へと旅立つ事も容易い。
日々の仕事場でのコーヒーブレイクなどは缶コーヒーでも何でも手軽な物で良いが、俗事を離れ己が精神を浄化したい時ならば珈琲もまた古の侘茶に匹敵する座に清澄な心で臨むのが賢い。
諸賢のコーヒーライフの充足を願いつつこの筆を置こう。
©️甲士三郎