1972年に、米グアム島の観光ホテルも近いジャングルで日本兵の横井庄一さんが終戦後28年もして発見された。また2年後、1974年には、比(フィリピン)ルパング島で、やはりジャングルに潜んでいた小野田寛郎さんが30年ぶりに救出された。それからでも、もう31年が経った。
今回は、従軍何年かは分りませんが、終戦60年にもなる。「お国のために死ぬ。と日の丸の波で送り出された、神の軍隊の子供達であった。」今、自衛隊のイラク派兵に莫大なお金を掛け(情けないが英国のPMCやオウストラリヤの軍隊に守られ)、首相の靖国神社参拝が議論されている(靖国神社で神になるべきは、ニュースの日本兵の人たちだ)。
こんなに長い間、無策にもジャングルに取り残すのは、JR西日本の「日勤教育」さながら、「捕虜となって生恥をさらすな!」の軍人教育が徹底していたからだ。おそらく85歳近い年齢になっておられるでしょう。戦後すぐに帰還されていたなら、別の人生が開けたでしょうに。二人と報道されているが、40人以上もいるとの現地の噂もある。横井さんも小野田さんにもあった「捕まれば軍法会議(おそらく銃殺を予想)」の呪縛があるのだ。
日本国は一刻も早く「太平洋戦争」激戦地に大量の捜索隊(自衛隊)を派遣して、現地に溶け込んで生活している(ビルマの立琴)人の発見にも努めて欲しい。
今回は、従軍何年かは分りませんが、終戦60年にもなる。「お国のために死ぬ。と日の丸の波で送り出された、神の軍隊の子供達であった。」今、自衛隊のイラク派兵に莫大なお金を掛け(情けないが英国のPMCやオウストラリヤの軍隊に守られ)、首相の靖国神社参拝が議論されている(靖国神社で神になるべきは、ニュースの日本兵の人たちだ)。
こんなに長い間、無策にもジャングルに取り残すのは、JR西日本の「日勤教育」さながら、「捕虜となって生恥をさらすな!」の軍人教育が徹底していたからだ。おそらく85歳近い年齢になっておられるでしょう。戦後すぐに帰還されていたなら、別の人生が開けたでしょうに。二人と報道されているが、40人以上もいるとの現地の噂もある。横井さんも小野田さんにもあった「捕まれば軍法会議(おそらく銃殺を予想)」の呪縛があるのだ。
日本国は一刻も早く「太平洋戦争」激戦地に大量の捜索隊(自衛隊)を派遣して、現地に溶け込んで生活している(ビルマの立琴)人の発見にも努めて欲しい。