オーストラリア ヒロシのリタイヤ日記

1994年からメルボルン在住のヒロシです。留学後に現地で就職、国際結婚、2020年、55歳からリタイヤ生活。

家族で移民すること

2024年06月08日 19時36分41秒 | 海外移住

今日は土曜日でしたから、、、いつもの様にドラゴンボートのトレーニングに行って来ました。

今日、ボートで隣に座った人は最近クラブに入会したキャロラインさんでした。彼女の話す英語にはヨーロッパ系の訛があったので、どこから来たのか聞いてみると、10年前にベルギーから旦那さんや小さな2人のお子さん達と、家族皆でオーストラリアに移住されたそうです。

最初の数年間はこちらの金融機関で働かれていたそうですが、3年前にメルボルン大学の大学院に入り直して教員免許を取られて、去年からはメルボルンの公立高校の教師に転職されたそうです。15歳と17歳のお子さんがいるそうですが、、、移住当初は、子供達にとっては、全く言葉が分からない国の学校に入るのは、精神的、心理的なショックが大きかったのでは?と思います。

移住の理由を聞いてみると、ご自身もご主人も、生活をリセットして全く新しい環境で始めたかったからだそうです。

僕は30年程こちらに住んでいますが、日本から家族でオーストラリアに永住したという話は、あまり聞きません。大抵は、学生やワーホリなど単身で渡航され、フルタイムの仕事を見つけるか、或いは初めから仕事のオファーを貰って一時滞在のビザを貰い3年後くらいに永住ビザに移行するか、或いは日本又はオーストラリアでオーストラリア人、又は移住者に出会って結婚し、配偶者ビザを貰って移住するというパターンです。

ご家族でこちらに住まれている場合は、ご主人が海外に転勤になった海外駐在員の場合で、ご家族も一緒に一時滞在すると言う場合が殆どだと思います。この場合、数年後には日本に帰ることになっていますから、子供達の勉強が送れないようにと、メルボルンの全日制の日本人学校に入れることが多いようです。

このブログでも1度書いたことがあるのですが、この話は以前、こちらの学校の先生をされていた人から聞いたのですが、、、その日本人の女の子は幼稚園か小学校の低学年だったそうですが、、、英語を学ぶ良い機会だということで、ご両親に連れられて現地の学校に入れられたそうなのですが、、、当然のことながら、オーストラリア人の先生の言っている事が全く理解出来ず、クラスの子供達とも全く会話が出来ず、言葉が通じない精神的なショックがあまりに大きかったのか、、、学校に来ている間はずっと目をつぶってしまっていたそうです。その状態がどのくらい続いたのかは聞きそびれましたが、、、その状況を想像しただけで、あまりにもその女の子が不憫で可哀そうだと思ったものです。

という事で、、、小さい子供達にとっても移住は大変だというお話しでした。

それでは、明日も、このブログでお会いしましょう。


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