ロクマルでいこう、60でGo!

" AS SLOW AS POSSIBLE AND AS FIRST AS NECESSARY "

感謝祭の休日が終わる

2022年11月27日 | 日記

 今年も感謝祭が終わり、冬至まで一月を切った。今年の感謝祭は4日間連休で、自転車トレーニング以外は何処にも出かけず、自宅にてゆっくりとした(ゴロゴロ)時間を過ごした。毎年、感謝祭の七面鳥料理には腕を振るって労力を使うが、今年は近所のアメリカ人の家庭から感謝祭の夕食の招待を受け、好意に甘えて家族で手厚いもてなしを受けた。この機会は楽しく学び得る機会となり、今後、自身の生活姿勢への一発パンチとなった。作家の開高健が、心に通じる道は胃を通る。と語っていたがそれは事実である。また、誰かが言っていたのは、ご馳走とは高価な食べ物の事ではなく、その時食べたいものを、食べたい人と食べる時間の事だと。アメリカの感謝祭の伝統料理はミリオネアーも庶民も、ほぼ同じ物を食べている。今年の感謝祭の休日の期間はゴロゴロすると腹を決めたおかげで充実しました。時には視点を変えてみる事もいい事だと実感した期間でした。

 ニューヨークでは日々寒さが増してゆきます。写真は路上で冬至が過ぎるのをじっと待つ、我が愛車ランクル80。

 

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黄金の道

2022年11月13日 | 日記

 自転車でのトレーニングを続けてこの秋で7年が過ぎた。秋冬春夏と季節が変わる毎に流れる景色が異なり、その都度その変化を楽しみ刺激を受けてきた。明るい太陽と新鮮な空気と水は求めればいつもそこにあるのは、本当に価値があるものは実は無償で与えられている事を実感してきたのである。

 晴れた晩秋の森の中の一本道は、落ち葉の絨毯がびっしりと敷かれ黄金に輝いている。スピードを出すにはもったいないが、自身と相談して全力で走り切る。ランクルのハンドルを握るとゆっくり走るのに、自転車にまたがるとスピードを求めるキャラはどの様に説明していいのか分らない。同じような感覚をもっている輩も多く黄金の絨毯の上で接戦となり、秋の風光は瞬く間に視界から去ってゆく。これがまたおもしろい。

 自転車を駆る恵みというのは人間と自然の接点になるようであるが、同時に人間を観察するおもしろい機会である。息を切らせて走っている自分がどういう顔をしているのであろうか?辛いときの顔、残念ながら歯は食い縛ってはおらず、その時を耐え、いずれ終わるであろう試練を楽しんでいる。同時に他人がもがいている形相も観察の価値がある。これらの顔は普段は観る事が出来ない人間の顔の持つ一面である。それは喜怒哀楽の枠から外れた忍耐の相、鬼の形相である。おもしろくないのに笑い顔、怒っちゃいないけど怒り顔、たいがい皆、優しい人達である。

 自転車で踏みしめる落ち葉の音と感触は期間限定の贈り物、これはクルマでは味わえないな。

 

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P O R S C H E 928

2022年10月18日 | VINTAGE CARS

 時刻は夕方の7時。目の前を走るポルシェ928を追う、1978年に世に出た名車である。こういった小知識が自然に出てくるのは、少年時代にスーパーカーブームの洗礼を受けたおかげである。当時のスーパーカーブームを経験した同世代の日本人が持っているクルマに対する知覚は財産であると感じている。目の前を走っているFRポルシェをみて、このモデルは928か924、944かはすぐにわかるところ。またナローRRポルシェを指差して、こいつは911か912か、また年式まで想定する領域はマニアックな世界である。こういった少し古いクルマに対する知は他国の多くの人々は持ち得ていない。知らない=関心が薄い、知っている=関心が湧く。関心が湧くというのは愛心でもある。その基礎を今日まで引きずっているが故に、当時から今日までの世に出た車に対する比較脳が出来てしまっているのかも知れない。

 928が世に出た時、車体のバランスに魅力を感じていた。特に後廻りは独特で、あのリアバンパーは、鉄で出来ているのか?アルミで出来ているのか?に疑問を抱いていた事を覚えている。今日、多くの車のバンパーは樹脂で形造られて、それが一般化されてる。928の後姿を追いながら、このセクシーな後姿こそが今日の樹脂バンパーの元祖じゃねえ?という問い、そしてその問いを打ち消すように、元祖樹脂バンパーと呼ぼう!とする結論が頭の中を占領したのであった。

 

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MOAB 危機

2022年10月09日 | 日記

 今秋2022年のWHEELS AFIELD誌にある JONATHAN HANSON氏のコラムの中で、今年2022年に開催された OVERLAND EXPO WEST に参加したブースの中から、彼の目に留まった新しい商品を紹介している。そのコラムの前置きとして、2009年に彼ら夫婦がこのイベントを創めた時の総参加者の数は900人程であった事。この初期の開催時に、イベントが今日これほど大きく展開するとは思わなかった。という創始者の驚きの声が書かれている。実際にコロナ過前の2019年には400を越すブースが並んだのであった。

 先週、トヨタランドクルーザーアソシエーション (TLCA)からのメールで、ユタ州にあるオフロードの聖地モアブで今まで解放されていた4x4トレールルートが、BLM ( BUREAU OF LAND MANAGEMENT, 土地管理局)の方針で多くのルートが閉鎖の対象になる事を伝えてきた。このルートはTLCAが毎年CRUISE MOAB を開催するルートも含まれている。

 これらの内容にはアメリカにおける四駆アクティビティの動向が示唆されている。モアブの状況は客観的に考えると、四駆乗りにとって立ち入りが出来なくなる事は危機である。同時に土地の管理者は、これ以上四駆での走破は自然保護にとって害となるので危機だという判断である。

 エクスポにおいてのブースの数は四駆アクティビティうんぬんではなくて、その正体はビジネスの話なのである。創始者であるHANSON氏が現在は主導権を他人に譲り自らは関わりを持ちながらも静観者の立場にあるのは、自身の四駆思想とビジネスという狭間に乖離を感じているからだと僕は観ている。このへんの所は、将来HANSON氏に出会い、立ち話の機会があれば直接伺ってみたい関心事である。同時にビジネスという観点から観ると、どれ位の商品が生き残るのか?という観点も持続けるべきであろう。実際に現在、我々が良しとする商品は生き残ってきた商品が多いはずだと思っている。ビジネスと自然保護等、四駆アクティビティの理解とは実に立体的なものである。

 

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サイドステップレス

2022年10月02日 | 4RUNNER

 2ND GEN. 4RUNNER のサイドステップを外した。4ランナーに乗り込む時にサイドステップが有る方が乗り降りしやすいのは事実であるが、自分にとっては無くても殆ど問題が無い。外す事の効果は視界に訴えるものがあり、街使いの四駆から抜け出してワイルドな印象をもたらし、4ランナーが4x4である事を認識させてくれる。また、こいつの独特な存在に拍車が掛かり、そこには ”らしさ” つまり4ランナーとしての独特の個性がその立ち姿によって表現されるに至る。僕にしてみると27年前の4ランナーは旧車ではなく現在の快適な車である。しかし、見た目は錆びて穴だらけのボロ車だ。ボロクルマとはどんなんですか?はい、こんなんです!のグッドイグザンプル(見本)そのものである。だからだろうか、乗っていて楽しい。今後、このボロさを魅力的にさらし、クルマはこういう縛られない乗り方もあるんだよ、という表現(アート)に専念するのが、こいつと付き合う使命なんじゃないかと思っている。

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16年越しの成就

2022年09月28日 | ロクマル日記

 今から16年前、2006年に2台のロクマルを手に入れた本来の目的をついに果たすに至った。広いアメリカは気候も使用環境も地域によって様々である。アメリカの北東部で使用される車両は凍て付く冬に路上に撒かれる凍結防止剤の影響で、年月と共に金属を侵食する錆の影響を受ける。しかし、広大な土地を持つ中西部や南部と比べて同年代でも走行距離が少ないのが特徴である。また、内装も比較すると綺麗な方である。それに比べて中西部の車両は走行距離もかなり行き内部も埃っぽい所があるが、下回りやボディの錆が少ないという強みがある。この二つの特色をマッチ(にこいち)させようというたくらみで2台のロクマルを手に入れるに至ったのがマイロクマルヒストリーである。その後、結合には至らず16年間兄弟としての立場を守ってきたのである。しかし、最後になって当初の計画が実現するに至った。

 

ブルーのロクマルからの唯一の遺品、フロントバンパー。

16年の歳月が経過したが、これが当初の目的であった、他のパーツは使い切った感がある。

 

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久々のクラッシックカーショー

2022年09月23日 | VINTAGE CARS

 地元で開催された旧車集会へ行って来ました。イベントが楽しく感じたのは過去2年間に渡るコロナ過から暗いトンネルを抜け出した様な感覚があったからである。アメリカの旧車集会はマッスルカーが主体であるのは致し方ないが、日本車も健闘している。その中でも右ハンドルのシ-マとか軽トラの存在が、アメリカ人のクルマ愛好家達における変化の兆しであると感じた機会であった。

 

 映画BULLITT の中でスティーブマックイーンが駆っていたダークグリーンのフォードマスタングのレプリカ。会場で最もケータイをを向けられていた存在であった。

 

 美しくレストレーションされた車両が多い中オリジナルペイントを死守しているシェビーインパラワゴン、サーフボートを積む仕様である。ヤレや劣化がヒストリーを刻んでいるこういったスリーパーに魅力を感じる。

 

 今年でちょうど50年を迎えた1972年のFJ40。この車両とは今まで2回程街ですれ違った記憶がある。今回はオーナーと知り合いになり、色々と情報を交換出来た事が最大の恩恵であった。

 

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ロクマル ルビコン川を越える

2022年09月11日 | ロクマル日記

 ブルーのロクマルのラダーフレームが錆の浸透で朽ち落ちた結末を迎えた今年の夏は気分もブルーであった。そのブルーのロクマルが残してくれたもの、それは錆とのお付き合いである。もはや錆は生活の一部に溶け込んでいるかの様だ。ランクルや4ランナーに乗り込む度に錆の機嫌を伺っている。とはいえ、錆のやりたい放題を放置している訳ではない。愛の反対が無関心ならば錆に対する関心は即ち愛である。よって錆を管理するのは愛情心なのである。そんな錆に愛情を吹き付けている。

 ランクルのラダーフレームを油膜で覆い錆から守る手段を使い始めた。使っているのはWD-40というアメリカでは何処でも手に入る潤滑油である。使い始める時には覚悟が要った。油膜で覆うとなると今後将来はシャーシーブラック等のペイントは不可となるからである。使ってみると思った程べとつきは無い、フレームは黒く保たれている、何しろ安くて簡単なので、様子を観ながら年に2回程吹き付ければフレーム寿命は伸びると現時点では感じている。ただ、注意点もある。ゴムやプラスチックは極力避ける事、手や衣類が触れると黒く汚れるのので注意。実験的手法ではあるが古い実用的な四駆の下回りの管理には悪くないんじゃないかと思っている。こうやってシルバーのロクマルは生き延びる為にルビコン川を越えたのであった。

 

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ドライビングカーとしてのロクマル

2022年09月05日 | ロクマル日記

 ブルーのロクマルの使命が終わってシルバーのロクマルの時代になった。ブルーのロクマルとシルバーのロクマルは同じロクマルでも立ち位置が全く異なっている。ブルーのロクマルは仕事の通勤に買い物に荷物と人の運搬に、そして、旅行に活用した最高のオールランダーであった。ところが、シルバーのロクマルは実用車ではない。その位置付けはドライビングカーである。ドライビングカーは決して通勤や買い物に使用してはいけない。ただ純粋にドライビィングを楽しむ。しかも、休日の早朝の夜明けと共に、人々がまだ眠っている街中や郊外を流す。そして、クルマを眺めて楽しむ、掃除をしたり少しメインテナンスをしてみたりと、クルマに対する意識はエンスー的で贅沢だ。ロクマルは常に路上駐車。ボディの塗装はやれており、鳥の糞が落ちていたり樹のヤニが落ちたりと安楽な環境ではないが全く気にならない、自然な劣化も好としている。僕はなにも最初からこうやってロクマルを使おうと思っていた訳ではない。コンディション維持の為に休日の朝に行っていたルーティンであったのだが、この少しめんどくさい手間こそが、実はクルマの持つ楽しさを体感するという手法であったのである。

 

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Mt. Mansfield

2022年09月01日 | EXPEDITION

 バーモント州の最高峰マンスフィールド山(4395ft)の登頂に立つ事が出来た。ここが今回の旅の地理的ゴールポイントである。標高約1400メートルなので山国日本人の感覚からすると決して高い山ではない。緯度が高いせなのか、山頂付近の岩場の光景は日本の中央アルプスを思い出す。山頂に立つと、東にニューハンプシャー州のホワイトマウンテンズ、西にニューヨーク洲のアディロンダック山脈郡、北にはカナダとの国境が展開しその先にはモントリオール。南は同州バーモントのグリーンマウンテンの山脈が続き(写真)マサチューセッツ州、コネチカット州、そして大都市ニューヨークが存在する。山頂付近は風も強く雲が通過ししばらく視界が閉ざされたりの変化もあったが、おおかた晴れて空気は澄み切っていた。山頂でペンシルバニアから来た年配の夫婦が、昨日もここに立ったが雲っていて景色が全く見えなかった、悔いが残るから今日も頑張ってやってきた、最高だ!と語っておられた。ピークを制した事でエネルギーがー充填され心に残るいい思い出が出来た。ニューヨークに帰ろう、という気持ちにスイッチが入れ変わった時間であった。

 

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