なんとなく、だらだらと書いている(汗)
「私とライアーの歩み」ですが、
最近、どうも過去の記憶がどんどん薄れていくような気がするので
(↑ ワタシ大丈夫かっ?! 笑)
自分のための備忘録のつもりで書いています。
イギリス人のライアーの先生、セシリア先生に習うことが出来るようになって、アイルランドやスコットランドなどの、いわゆるケルト音楽の世界を教えてもらいました。
このケルト音楽というのは、今まで自分自身聞いたことがない世界だったので、とっても新鮮に感じました。ただ1曲「ロンドンデリーの歌」だけは、幼少の頃に習っていたエレクトーンで弾いたことがありました。
ケルト音楽は初めて聞くのに、懐かしいような気持ちになる曲や、太古の昔から伝えられているような力強いメロディもありました。
当時はyou tube という文明の利器がありません。 ドイツではCDショップや、自然系のお店などにケルト系音楽のCDがたまに置いてありましたので、それっぽいものを見つけたら、片っ端から買っていました。今でも、手元には膨大なCDのコレクションがあります(笑)
ケルト音楽とリンクするところで、中世の祈りの曲というのがCDに入っていたりして、「あ~この雰囲気も好きだな~」と、古めの中世の曲なども聞き始めました。
ドイツの修道女のヒルデガルトの歌も、ちょうどこの頃から聞き始めたような気がします。
何かしら、自分が聞いていて心地いいもの、そして、ライアーでも弾けそう、弾きながら歌えそうなものをいろいろ探していきました。
20年近くたっても、あまり好みは変わっていないので、やっぱり「第一印象」のようなものはうそをつかないのかもしれないな~とつくづく思っています。(笑)
イギリス人のセシリアはとってもいい人でした。私のためにいろいろ曲をアレンジしてくれたり、曲を紹介してくれたりしました。
その頃、なんとかおぼつかないながらも、一人のソロ演奏ができるようになってきたので、とにかく必死で練習をしていた記憶があります。
ところが・・・
だんだんと、「これでいいのか・・・?」という気持ちがわいてきたのです。 言葉ではうまく言い表せないのですが、「ライアーって何? これでいいの? 他のアプローチがあるかも?」 という、単純な疑問が自分の中で湧いてきたのです。
つづく・・・
「私とライアーの歩み」ですが、
最近、どうも過去の記憶がどんどん薄れていくような気がするので
(↑ ワタシ大丈夫かっ?! 笑)
自分のための備忘録のつもりで書いています。
イギリス人のライアーの先生、セシリア先生に習うことが出来るようになって、アイルランドやスコットランドなどの、いわゆるケルト音楽の世界を教えてもらいました。
このケルト音楽というのは、今まで自分自身聞いたことがない世界だったので、とっても新鮮に感じました。ただ1曲「ロンドンデリーの歌」だけは、幼少の頃に習っていたエレクトーンで弾いたことがありました。
ケルト音楽は初めて聞くのに、懐かしいような気持ちになる曲や、太古の昔から伝えられているような力強いメロディもありました。
当時はyou tube という文明の利器がありません。 ドイツではCDショップや、自然系のお店などにケルト系音楽のCDがたまに置いてありましたので、それっぽいものを見つけたら、片っ端から買っていました。今でも、手元には膨大なCDのコレクションがあります(笑)
ケルト音楽とリンクするところで、中世の祈りの曲というのがCDに入っていたりして、「あ~この雰囲気も好きだな~」と、古めの中世の曲なども聞き始めました。
ドイツの修道女のヒルデガルトの歌も、ちょうどこの頃から聞き始めたような気がします。
何かしら、自分が聞いていて心地いいもの、そして、ライアーでも弾けそう、弾きながら歌えそうなものをいろいろ探していきました。
20年近くたっても、あまり好みは変わっていないので、やっぱり「第一印象」のようなものはうそをつかないのかもしれないな~とつくづく思っています。(笑)
イギリス人のセシリアはとってもいい人でした。私のためにいろいろ曲をアレンジしてくれたり、曲を紹介してくれたりしました。
その頃、なんとかおぼつかないながらも、一人のソロ演奏ができるようになってきたので、とにかく必死で練習をしていた記憶があります。
ところが・・・
だんだんと、「これでいいのか・・・?」という気持ちがわいてきたのです。 言葉ではうまく言い表せないのですが、「ライアーって何? これでいいの? 他のアプローチがあるかも?」 という、単純な疑問が自分の中で湧いてきたのです。
つづく・・・