旅してマドモアゼル

Heart of Yogaを人生のコンパスに
ときどき旅、いつでも変わらぬジャニーズ愛

短編集「Loving YOU~君と見る夢のつづき~」

2011-03-05 | 管理人著・短編集(旧・妄想劇場)

私は山を登っていた。

山はかなりの急斜面であるにも関わらず、樹木が鬱蒼と生い茂り、まるで密林のよう。
太陽の光も十分に届かない山中は、夕暮れかと思うほど薄暗い。
道なき道をかき分けて、私は素手で山を登っていた。

なぜ、登っているのか。
どこを目指して登っているのか。
いつから登り続けているのか。

わからない。

私は何も考えずに、黙々と足を進めている。
すると、苔むした地面に平たい石が踏み台のように唐突に現れた。
私はその石に片足を掛けた。

途端、めまいを起こしたみたいに身体がぐらりと大きく揺れ、次の瞬間、周囲の景色は一変した。

気づけば、足下は断崖絶壁の海だった。
岩場に荒々しい波浪が激しく当たり、砕けた飛沫が高々と舞い上がっている。
頭上には、ルネ・マルグリットが描いた有名な絵画のように美しい青空が広がり、綿菓子のような白い雲が浮かんでいる。
私は断崖絶壁の細い道、いや道と言えるような代物ではない、人が一人やっと歩けるような所をゆっくりと慎重に歩き始めた。


しばらく行くと、その道の先に彼がいた。

驚いたことに、彼はそこで『ほろりメロディー』を歌い踊っていた。
とてもじゃないが、ダンスなど出来る場所ではない。

危ないよ、と声をかけようとした時、彼がバランスを崩した。
あっと叫んで、駆け寄る間もなく、彼の身体は海に向かって投げ出された。
仰向けになって落ちていく彼を、白く泡立つ波が渦を巻く紺碧の海が待ち構えている。

届くわけもないのに、私は手を伸ばした。
そんな私を、彼はなぜか笑いながら見ている。
スローモーションのようにゆっくりと落ちながら笑っている。

笑ってる場合じゃないのに。

すると彼の腕が、まるでマンガのようにギューンと伸びてきた。
驚いて見ていると、その手が私の肩をぎゅっと掴んだ。

えっ!?

グイと引っ張られ、私の体は崖から離された。
悲鳴をあげる余裕もないまま、見る見るうちに彼に近づく。
真下に激しく波打つ海面が迫っているというのに、彼はまだ愉しそうに笑っている。
そして、恐怖に震える私をつかまえると、抱き寄せて囁いた。

― 僕と一緒にネバーランドに行こう

私は顔をあげて彼を見つめた。

…ピーターパン…

************************************

「…ろや。なあ、起きろって」
聞き覚えのある声が遠慮がちに聞こえてきた。
同時に肩を遠慮なく揺さぶられ、ピーターパンも海も空も瞬時に消え去った。
瞼の裏に光を感じた私は、ゆっくりと目を開けた。

目の前に彼がいた。
ピーターパンが。

「あ、起きた」
彼は、まだ寝ぼけ眼の私の腕を引っ張って、ベッドから引きずり出そうとする。
「ちょっ何なん…」
目覚めたばかりで夢と現の境界線を浮遊している私は、彼の手を無意識に振り払おうとした。
「なにすんねん。早よ起きろや」
肩をつかまれてグイと起こされた。
ベッドから体をはがされて、やっと目が覚め始めた私は、まだまわらない口で、彼におはようと言った。
「おはようには早いけどな。」
彼は笑って、私の唇に軽くキスをした。
「誕生日おめでとう」
キスの効果はテキメンで、完全に目が覚めた。
そっか、今日は私の誕生日…
「って誕生日、昨日だったんだけど」
「レコメンの合間に電話でおめでとう言うたやろ。今のは改めて、や」
確かに放送途中だったが、0時過ぎに彼からバースデーコールがあった。
「でな、1日遅れたけど今から誕生日のお祝いや」
「今から?」
私は時計を見て目をむいた。
「ちょっ今何時だと思ってんの?3時だよ」
「しゃあないやろ。今の俺ら時間合わへんし。おまえ、休みなんやから後で寝たらええねん」
それなりに説得力のある理屈を言いながら、彼は私をベッドから追い立てた。

ダイニングテーブルの上に、コンロと土鍋がセットしてあった。
それと、まだ開封していない鍋用の野菜パックが1つと、しゃぶしゃぶ用の豚肉のパックが2つ。
「豚しゃぶ…」
「今度一緒に食べよう言うたやろ」
たしかに、以前そんな写メをくれたけど、あれは謎解きのパーツだったんじゃないの。
「そやけど…お店かどこかでって話だと思ってた」
「ああ、それでな」
彼は私に小さい紙を手渡した。
スーパーのレシート。
総額6949円。
「…豚が2パックで1000円」
「安いやろ。ちょうどお買い得品になっててん」
「ふーん…それで?」
「おまえ、奢る言うてたやろ」
「え?」
何言ってんの、この人。
まさか、私にこれを払えと?
「外で食うよりぜんぜん安いやろ」
「これ、私がお金出すの?」
「そや、写メ送った時、私におごらせてって返事くれたやん」
たしかにそう返事はしたけど…
「ねえ、これ私の誕生日祝いだよね?」
「………」
「自分の誕生祝いを自腹で?なんかおかしくない?」
「ああ、そこんとこ気付いちゃいましたか」
「気づくも何も、私の誕生日祝いやって、今さっき言ってたじゃん!」
私はレシートを彼に突き返した。
「なのに、なんで2パック1000円の豚なん?!」
「国産の黒豚やぞ。ええ豚さんやろが」
「でもお買い得品て」
私はパックに貼られた「お買い得品!!」の大きな赤いシールを指差した。
彼が野菜パックを私の目の前に突き出した。
「こっちは定価やから!」
「…この洋酒って何?」
「シャンパン。冷蔵庫で冷やしとる。おまえがこだわってるオーガニックのやぞ」
「…わかった」
本音を言えば、特売品の豚肉だろうと何でも良かった。
忙しくて時間もないのに、買い物までして用意してくれる彼の気持ちが何より嬉しい。
「あっ」
彼が困った顔で私を見下ろした。
「なに?」
「タレ買うてくんの忘れた…」

************************************

グツグツという音に合わせて、土鍋の中で具材が揺れている。
自分もパジャマに着替えた彼が、灰汁を取ったりして鍋奉行をやっていた。

私は冷蔵庫の中にある間に合わせのもので、ゴマだれと柚コショウ風味の醤油だれを作って、テーブルに置いた。
「私、あんまりお腹すいてないんだけど」
「おまえ、なにテンション下がるようなこと言うねん」
うまそうな匂いしてるで、と彼は仕上げの豚肉を入れながら言う。
「これって夜食?朝ごはん?どっち?」
「どっちでもええんちゃうん」
「朝から鍋って普通ないよね」
「たまにはあるやろ」
「ないって」
「そうか?けどな、朝に鍋食ったらアカンいう決まりもないで」
具が全部鍋に投入されたのを見て、私は冷蔵庫から冷えたシャンパンに買い置きのビールやらグラスやらを持っていった。
「シャンパン、俺あけたい」
「こぼさないでよ」
彼はあごでワインクーラーを指した。「そいつ、待機させて」
ポン!という軽快な音の後に、気持ちを焦らせるシュワシュワという音が続く。
彼は「ヤバいヤバい、こぼれる」言いながら、私が持っているワインクーラーの中に、泡が勢いよくあふれ出しているシャンパンの瓶を慌てて入れた。
シャンパンの爽やかな香りと、鍋から立ちのぼる湯気に染み込んだ美味しそうな匂いに、私のお腹もようやく反応してきた。
彼が私を見て、からかうような笑みを浮かべる。
「お腹すいてきたやろ」
「わかるん?」
「おまえ、顔に出るし、ようわかるわ」
珍しく彼が小皿に鍋の具を取り分けてくれた。
ありがとうと受け取ると、今日は特別やぞ、と照れくさそうに言いわけした。
それなのに、乾杯するとき、私は何の考えもなく「おつかれさま」と普段のノリでうっかり言ってしまい、「誕生日おめでとう」と言う彼の声に思いきりカブってしまった。
「なんやおつかれさまて」
「あっゴメン…」
「誕生日過ぎとるからって、俺へのあてつけか?」
「違う違う。今、あの、ちょっと他のこと考えてて」
本当は何も考えてなかったけど。
「何を?」
「いいの。大したことじゃないから」
「俺が目の前におんのに、大したことやないこと考えてたんか?」
「…じゃあ…」
先ほどから気になってきていたことを口にした。
「何時に、ここ出るの?」
「ん?」
「これ、食べ終わったら帰るんでしょ?」私は壁の時計を見た。「もうすぐ4時だし…」
言葉が途切れると、鍋がグツグツ言う音と、チクタクと時を刻む時計の秒針の音が、不揃いな二重唱を奏でながら、夜明け前の静かな部屋に響いた。
「…とりあえず…先にこれ食うてからや…」
呟きにも近い彼の言葉に、私は黙って頷いて従った。

************************************

柔らかい起毛シーツの感触は、素肌に心地良くて、私はその肌触りを体全体で味わうように、ゆっくりと寝返りを打った。
フワフワのタオルケットが、体を包み込もうとするように巻きつく。
窓のレースのカーテンが、小春日和の柔らかな陽射しを受けて、淡い光の輪をいくつも作って輝いていた。

彼はいつ出て行ったんだろう。

狭いベッドの中で、彼が起きた気配すら感じなかったのだから、あれから自分でも意識しないうちに、深い眠りに落ちてしまったに違いない。


窓の外が明るみ始めた頃、時間まだある?と私は彼に聞いた。
まだ大丈夫なんちゃうかな、と答えた彼の腕の中で、私は寝物語に夢の話をした。
断崖絶壁で歌って踊っていたくだりと、腕が伸びた話が彼のツボにハマったらしく、笑いがなかなか止まらない。
「なんで『ほろりメロディー』やねん。しかもあの曲1人で歌うとかキツすぎるで」
「みんなのソロパートも歌ってたよ」
「おっそれやったら気分ええな。すばるのソロんとことかな」
「そっか、だから楽しそうに歌ってたんだ」
「楽しそうてゆうかアホやんけ。崖っぷちで踊ってんのやろ」
「あれね、30センチくらいの幅だったよ」
「そんな狭いとこでどうやって踊れんねん。物理的におっかしいやろ」
「だから夢なんやって」
「そっか、夢やから腕も伸びるんか。そんなん出来るの、この世でルフィと怪物くんくらいしかおらん思うてたわ」
彼はグーで腕を天井に向かって伸ばした。
「けど、腕伸びたらめっちゃおもろいやろな。村上のバコーンてツッコミが来る前に、俺の手がギューンて伸びて、先にあいつをバコーンて出来るやん」
想像しただけで可笑しいのか、体を震わせて笑っている。
そしてそのまま、夢の続きでネバーランドに行ったらという話になった。
彼はネバーランドにメンバーを総出演させてきた。
2人でメンバーの配役を考えては大笑いした。
そのあと、彼がパイレーツ・オブ・カリビアンもビックリの壮大なストーリーを熱く語っている間に、私は眠ってしまったようだ。
ストーリーの記憶が途中で切れている。

ところで今は何時なのだろう。
サイドテーブルの上の携帯に手を伸ばしかけて、赤いリボンが掛かった小さな箱が置いてあるのに気がついた。
もしかして誕生日プレゼント?

ベッドから体を起こして、床に落ちていたガウンを羽織った。
あらためて小箱を見ると、その下に紙が置いてあるので、メッセージか何かかと思ったら…

『おれ様が話してんのにねるとはええどきょうや』

思わず吹き出してしまった。
お世辞にも綺麗な、とは言えないが、彼らしいポップな字が紙の上で愉快に踊っている。

『おれ様』から『ええどきょう』した私へのプレゼント。
箱を軽く振ってみると、硬さのあるものが中で動いた感じがした。
が、重いものではない。
私はリボンを解いて、ドキドキしながら箱のふたを開けた。

中を見て、私は一瞬面食らった。
小箱の中に入っていたのは、ひとつの鍵だった。
ほかには何も入っていない。
でも、これが何の鍵なのか、私には分かった。

彼の部屋の合い鍵。

つき合い始めて間もなく、私は自分の部屋の合い鍵を彼に渡した。
彼のためにも、外で会うことは出来るだけ避けたかったし、彼の都合に私が合わせる方が支障がない上、彼がいつでも好きな時に来られるようにと思ったからだ。
だから、私の方から彼の部屋に行く、なんてことは、最初から考えになかった。

私は貴重品を取り扱うように、鍵を箱から取り出した。
値段がつけられないほど高価で大切なものを預かったような気分だった。
ステンレスか何かで出来た普通の自宅用の鍵なのに、見た目より何十倍も重く感じる。
本当に、これを受け取ってしまっていいんだろうか。

この鍵を使って彼の部屋へ・・・

ない。ありえない。
そういう選択は私の中にない。
たとえ、彼がいいよ、とはっきり言ってくれたとしても。

私は鍵を箱の中に戻して蓋をした。
これは彼の私に対する信頼の証。
どんな高価なプレゼントもかなわない、これほど心を打つ贈り物があるだろうか。
私はサイドテーブルの一番上の引き出しを開けると、一番奥にそれをしまった。


いつか

いつか、これを堂々と使える時が来るのだろうか。

ふと胸を過ぎった思い。
引き出しを閉じながら、それは自分の心の奥深くにしまいこんだ。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


さて。
今回は著者のバースデー記念(笑)ということで書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか。
久しぶりに、サクサク楽しく書けた作品でした
まあ、基本、妄想なんて楽しく書けて当たり前なんですけども(笑)

また、お気軽に感想をいただけたらと思います